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2006/12/31

2006年は、あらゆる事が「岐路」ではなかったか?!

いろいろありました2006年。

そういえば、21世紀になってから、間もなく7年目ということか!月日というか年月の経過は早いものですね。どうなんですかね?!

Usnationalflag_39確かな事は、「米国」の能力が著しく低下したことを露呈した一年だったことです。「米国」は冷戦の終了に伴い、この15年ほどは「我が世の春」でした。「我が世の春」の間に「ワガママ」の方も大きくなったように思います。

現在は、ブッシュJrが「イラク政策」の失敗を軸に叩かれていますが、この原因は、クリントン前大統領による「イラク政策」に行き着きます。しかし、もっと言えばPaPaブッシュの政権下も「イラク政策」で巧く舵取りができなかったこともあります。故レーガン元大統領も明確なビジョンを持っていたわけではありません。更に言えば、ジミー・カーター元大統領など脳天気のチャンプみたいな人物で、そもそも彼の「イラン政策」の失敗に端を発するわけですから、その意味で「米国」のアラブ中東政策は、基本的な理解を欠き続けていますから、生じている本質に迫り解決する能力はないと考えるべきなのです。

米国」の戦争は、「武力」で勝ち、「戦闘」では勝ちますが、「戦争(単に熱い戦争だけに限りません)」では確かに勝った例を見受けません。一時的(百年単位)には勝利しているかも知れませんが、何たって「米国」そのものが250年程度の「赤児」のような国ですから、米国政治に成熟した知恵がありません。ハッキリ言えば、その時に思いついたことを「大きな声」でのべつ幕なく喋り続けているだけで、周囲が迷惑顔だろうとなかろうと、自らを主張し続けるのです。聞いてくれそうな相手には、たっぷり「飴玉」を準備し撒き散らす。「飴玉」を口に入れた者を政権の中枢に据え従える方法で、「アメリカーナ」を押し広げてきました。

この姿は、東海岸から始まった「西部開拓史」と何ら変わる事がありません。従わないなら「スー族」に対した仕打ちと同じで、徹底的に破壊し尽くし、根絶やしにするために制圧方法を駆使し「抹殺」するわけです。そこには、「自分を絶対正義」とする思考があり、他は「蛮族」として口を極めてレッテル貼りし罵る思考に塗り固められています。

自ら(米国)が理解できない文化・社会の仕組み」は、「劣悪なモノ」として片づけられ「開明的に組み替えられる」べき対象に位置づけ、自らが認める方法と体系へ「組み替える」わけです。「組み替え」を拒否する側は、徹底的に悪であり抹殺すべき対象なのです。

Jpnationalflag_44Unflag_14日本」は「国連中心主義」という甘い言葉で、「国際社会」へ貢献すると、ほぼこの50年、世界へ向けて言い続けてきました。「日本」の場合、「国連中心主義」というのは「米国中心主義」ということです(でした)。

[最近は、「国連」の場でも「米国」の「ワガママ」が過ぎるということで、「米国」が「国連」の場で常に軸になる事は難しくなりつつあります。従って、「日本」は国連の安全保障理事会で常任理事国を目指し続けていますが、決定的に、支持を得られない要因にもなっています]

米国」のマッチョで幼稚な思考そのものが、既に「思考破綻傾向」を見せ始めています。それでも、「日本」は、地政学的、近代政治学的な事情もあり、マッチョで幼稚な思考力の「米国」と一体的な政治経済と社会体系を推し進めようとするわけで、どこまで従いていくのか、いかないのか、いずれにしても判断を迫られた「岐路」の年でした。

2007年、「日本」の前には、いまより更に難しい「困難」が、大西洋から隆起し、ピレネーからアルプスを経てアナトリア大地から連綿と続きイラン高原へ、そしてパミール、ヒマラヤ造山帯、雲南の山脈が、ユーラシアの大地を貫き、太平洋に落ちるように、実に長く厚く立ちはだかるのではないでしょうか。

太平洋か、ユーラシア大陸か、「日本」は、基本のスタンスを、どちらの側に置くのか、選ぶべきなのでしょうか?

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