社会保険庁は開設当初から、強奪と詐欺の集団だった?
コッラ!社会保険庁!仕事しない、仕事できないの典型集団!
このところ、次々と耳目を集めるデキゴトが集中発生しますから、有名ブログのように一日にブログを何本も掲出できればよいのですが、そう簡単に時間はとれません。
そこで、仕方なくチェックし温めておくしか方法がないというのが、正直なところです。
ということで、一瞬のバトル停止を利用し、今日は社会保険庁について考えます。
今日は、従来から、何度も「金を払え!金を払え!」と督促を受けてきた人の話です。
数年前に、収入の途を失った某さん(団塊世代)は、国民年金を支払うお金に事欠いていました。そのため、支払いができないまま2年程度をやり過ごしたと言います。
すると、(管轄区域の)社会保険事務所や(東京の)社会保険事務所(本部)から、督促状が届けられるようになりました。
文面には、直ちに「管轄区域の社会保険事務所へ連絡せよ!」との記載があり、電話番号が記されていました。
某さんは、極めて真面目な方で、それ故にコイズミ改革が吹き荒れる中で職を失ったのだろうと思い致します。
その某さん、一日に10回近く管轄の社会保険事務所へ電話を入れましたが、いつも話し中で電話が繋がりません。かれこれ、1ヶ月近い時間が経過し、さすがの某さんも社会保険事務所へ電話をすることを諦めました。また、忘れはしませんが、横に置いておくことにし、自らの職探しに時間を費やするようになりました。
数ヶ月後、社会保険事務所から、またもや「至急連絡せよ!」との文書通知を受けました。
真面目な某さんは、「数ヶ月前と、同じ事を繰り返しました」。それでも同じ事でした。
このような出来事が繰り返されました。
ある時、「コラコラコラム」主宰者へ、人を介し某さんから状況を知らせる連絡が届きました。
短絡的な思考と行動第一を旨とする「コラコラコラム」主宰者は、某さんと一緒に、管轄社会保険事務所へ足を運びました。
そこで見たものは、いま、与党が「この際官公労を潰してしまえ!」と息巻いている光景がありました。
職員はいますが、電話が鳴っても、誰一人手に取ろうという行為には及びません。放置しているのです。呆れてモノが言えません。
事務所の光景は、皆さん、黙々とPCに向かっているのですが、訪問者には画面が見えませんので、何をしているのか分かりません。
何よりも、カウンターの前に立ち「すみません!」と声をかけるのですが、誰も返事をしませんし無視されたままです。
仕方なく、大音響で「そこのオマエ!コッラ!聞こえないのか?!」ということになりました。
すると、イヤイヤ、愚鈍な動きで係の人物か何かが出てきたというわけです。
某さんは、自らのことを一頻り説明しましたが、「それでは、年金受給の対象になりませんよ!」とニベもなく木で鼻を括ったような対応でした。
まるで親切さというモノの一欠片も見えません。話にならないわけです。
真面目な、某さんはウロウロしてしいます。
横で見かねた、「コラコラコラム」主宰者は、その場で永田町の議員会館某代議士の事務所へ電話を入れ、巧い具合に代議士本人がいたこともあり、生じている事情を手短に説明し、電話を係に渡し代議士本人と話をさせました。
最初は、エラそうに意見を述べていましたが、どこかで厳しく注意されたのか、今度は一転、平身低頭口調になりました。
木っ端役人などの性根というモノは、国定忠治の昔から何ら変わるところがないのです。
これは水戸黄門のテレビじゃないんだぞぉ!って言ってやりたい心境でした。
現職の衆議院議員(割合大物)に、注意されたのか説諭されたのか、某さんへの対応は優しく親切になりましたが、本質が解決したわけではありません。
某さんは、今回の騒ぎの中で、自分の扱いはどのような状況になるのだろうか?と不安が消えません。「年金問題」は真面目にコツコツと生きてきた小市民からなけなしの金を国が合法的に取得し、それを公正に運用せず多額の損失を生じせしめ、ついには知らないと開き直るのでは、小市民は怒りの出し所がありません。
何年間かけなければ支払わない!という主張も分からないではありませんが、団塊世代は、あと僅かの期間かければよいところで、コイズミ改革に襲われ、仕事をなくし、その後の仕事にありつけない人が山のようにいるのです。
若年層も、学業を終えた適正時期に職を求めたものの、政策の無策から職にありつけず放浪状態へ追い込まれた人たちがたくさんいます。
国は、それにも「頬被りし、知らない」ではすまされないと考えます。
社会保険庁が、従来、どのような思考で対処してきたか、夕刊フジの記事で検証頂ければと希望します。
「年金安心フリーダイヤル」で対応しているのは、トランスコスモスが請け負う、素人かき集めのコールセンターだ!そんなところへ電話させて何をしようというのだ!アベカワモチも毒が全身に廻りウロがきているとしか言いようがない!
引用開始→ 腐れ社保庁OBの大放言…無責任対談本の中身とは (夕刊フジ)
当時から記録消滅予見も「見切り発車した」「厚生年金保険制度回顧録」の記述に憤慨する桜井議員
「年金資金はどんどん使え」「(職業や住所を変えた人の年金記録を統合する)通算なんてできるわけないが、見切り発車した」-。年金問題でパンドラの箱を開けたかのごとく、次々とデタラメが明るみに出ている社会保険庁だが、昭和中期に年金制度を設計した責任者たちがこんな無責任発言を繰り返す対談集が発掘された。自民党厚労族議員の重鎮すら「あれは悪名高い本なんだよ」とタメ息をつく、噴飯モノの中身とは-。「膨大な(年金)資金をどうするか。何十兆円もあるから、一流の銀行だってかなわない。これで財団とかを作って、その理事長というのは、日銀の総裁ぐらいの力がある。そうすると、厚生省の連中がOBになったときの勤め口に困らない」
「年金を支払うのは先のことだから、今のうち、どんどん使ってしまってもかまわない。先行き困るのではないかという声もあったけど、そんなことは問題ではない」
まさに「国民のカネは自分たちのもの」と聞こえるこの発言は、年金制度草創期の1943-45年に厚生省年金局年金課の課長だった花澤武夫氏(故人)によるもの。88年発刊の『厚生年金保険制度回顧録』(社会保険法規研究会)に記されているものだが、この本は年金制度草創期から時系列に、当時の担当者に社保庁OBらが話を聞く形でまとめられている。
12日の参院厚労委員会で、民主党の桜井充参院議員が同書について質問し、柳沢伯夫厚労相は「そういう考えの人がいたことは聞いたことがある。何ともいえない否定的な驚きを感じた」と答弁した。
さらに、この本には年金制度草創期の役人のふざけた考えが書かれているだけでなく、現在問題となっている(1)住所や職業を変えた人の年金記録が統合できていない(2)年金記録が消えていても、社会保険事務所は領収書がないと認めない-といった実務上の不備を予見しながら放置した実態が書かれているのだ。
例えば(1)については、当時の厚生省幹部が、すでに61年の国民年金制度創設に向けた議論のなかで、「(国民1人が払った年金保険料の)通算などはできるわけがないという議論もあった」と漏らし、「法律は59年に成立させる。61年までに(通算について)結論を出せばいいので、一応切り離していいのではないか、という決断をした。(中略)見切り発車だった」と、問題の先送りがあったことを認めている。
さらに「58年5月に総選挙があって、それが契機になった」と選挙目当ての側面があったことも付け加えている。
また(2)についても、「社会保険事務所と被保険者の意見が食い違っていた場合、誰が決定するのか。決定しないままでいれば、社会保険事務所のほうでは被保険者としては取り扱わないし、片方では被保険者だと言っている。決定する方法がない」と、すでに現在の国会でも争点となっている問題が指摘されているのだ。
桜井議員は「まったく進歩していないということ。社保庁にも、容認してきた政府にも大きな責任がある。社保庁は早く厚労省から切り離すべきだった」と憤る。
ちなみに、この本の編集は厚生省の外郭団体である財団法人「厚生団」(現・厚生年金事業振興団)が行っており、言ってしまえば身内による自慢話特集というわけだ。しかも価格は当時としては破格の4700円(税抜き)だが、「発行部数、主な販売先は不明」(厚生年金事業振興団)という。こうした「本」は「役所で買い取る場合が多い」(永田町事情通)だけに、税金で買われた可能性も捨てきれない。国民をバカにするにもほどがある。
ZAKZAK 2007/06/18 ←引用終わり
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