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2008/05/31

中国・四川巨大地震の救援活動支援に、政治的な思惑をつけない方がよい。

突然吹き出したというべきか、湧き出たというべきか「理解」し難いニュースだった「航空自衛隊」機材で、救援物資を中国へ運ぶ。

結果は、既に多くの方がご存知の始末となり「ナンとも締まりのない事」に成り果てた。今度は、どこの誰が「ネタをバラしたのか?」と犯人捜しに躍起なようだが、それで何が変わるというのだ!?

またもや、外務省の官僚のお粗末さに目を覆いたくなった。酷い話だ!実に酷い話だ!外務省は、「自衛隊」をナンだと考えているのか?テメーらのオモチャとでも考えているのか?これほどバカげた話はないだろう!これほど自国民をバカにした話はないし、同時に中国人をバカにし侮辱している。この件を強引に推し進めようとした外務省の官僚は断罪されるべきだ。まずは、北京駐在大使は解任召還に値する。

日中友好は、地政学的に、あるいは長い歴史を考えた際、当然にも維持されるべき最重要テーマである事は言を待たない。いかに中国を罵倒する事が好みの「コラコラコラム」でもこの点における基本理念で異論はないし変わらない。「罵り合い、口角泡を飛ばす」事と「友好関係」を構築しそれを維持する事は別である。近ければ近いだけ、双方の欠点が見えるからハラが立つ。しかし、それを指摘し言い合えないようでは、真実の友情は育たない。その点における「懐の深さ」が双方に求められるのだ。だから「コラコラコラム」は、日中間に生じる案件については勿論、中国国内であろうと、友人としての中国に遠慮する事はしない。当たり前の事だ。

それでも、「四川巨大地震」発生から、いまも、基本的な「中国批判」は展開していない。相手が予想もしなかった困難な事態に遭遇し、様々な批判や非難を一身に浴びても、その回復に懸命な取り組みをしている時に、相手を罵倒する事は「人」として許される事ではないからだ。むしろ、応援し支援できる方法を提供する事に力を注ぐ事が大切と考えている。

いま、胡錦涛が率いる中国は「瀬戸際」に立たされようとしている。対応を一歩でも間違えると、前からも後ろからも容赦なく「政治的に銃撃」されるだろう。譲れない、下がれない所へ追い込まれているのだ。胡錦涛が率いる中国は、ゲタ面の江沢民が率いた汚職まみれの中国より遥かにマシである。胡錦涛でなければ、実体を伴う「日中友好」の再確認は凡そ不可能である。胡錦涛が、この路線を既定のものとして、次の世代へも強力な楔を打ち込む事ができなければ、またぞろ「反日」が蔓延する事だろう。

日本は、長期にわたる、中国との真実の友好を考えるなら、胡錦涛を孤立させるような愚かな事をしてはならない。胡錦涛は、日中友好を一生懸命に構成し演出しようと取り組んでいる。その一環として「国賓訪日」を果たした。

帰国後、一夜明けたら、「四川巨大地震」に襲われた。「日中友好」をどう打ち出そうかと、おそらく考えていた足下で、この惨劇に襲われたのである。一方では「自業自得」とも言えるとの主張も聞こえてくる。

胡錦涛が指導し温家宝が率いる政府が考え決断した事は、①日本の国際緊急援助チームの受け入れであり、②医療チームの受け入れである。次に考えたのが、おそらく③自衛隊機による救援物資の輸送であろう。大挙して押し寄せる日本の報道陣をどう捌くか、どの地域に導入し成功を演出するか?この点は、中国では胡錦涛、日本では福田康夫が同じ糸の上で踊ろうと考えたのだろう。

しかし、情報管理がお粗末な日本政府のいずれかの機関から、この重大ネタがこぼれ落ち、両国で慎重な根回しが行われている中、日本で先行報道されてしまった。

予想どおり「日本」では「賛成」「反対」の均衡が崩れ、これを奇貨として「日中間のわだかまり一掃」へ舵を切る世論操作が巧妙に繰り広げられた。

「中国」でも、当初は期待どおり「賛成」が「反対」を上回る滑り出しに見えた。しかし、燎原を焼き尽くす野火のように「反対」意見が多数を占めるようになった。こうなると、温家宝や胡錦涛がいくら声明を出そうが出すまいが、「中国の世論が静まる事はない」。下手に対応すると胡錦涛の首が吹き飛ぶ事になる。

日本の外務省は、この点が読めない、この点を読む事ができなかったのである。その程度の「情報力」しか持たないのである。実に情けない話である。情報を冷静に分析する基本的な能力を欠いているのである。

この程度の情報分析能力で、中国政府(外交部)の尻を叩き、国際緊急援助チームの派遣受け入れを迫り、現地で統制のとれない「人民解放軍」や「武装警察隊」と充分な意思疎通も確保できず、「たらい回し」にされただけで終わった。次が緊急医療チームである。中国は何よりも面子を重んじる国である。自らの面子と派遣されてきた側の面子を天秤にかけ、成都の大学病院の庭先での治療行為提供を要請されるのである。これに対し派遣された医師やら看護師やらは、(日本での)予定どおり、皮肉も含めた一言を日本の報道陣を前にして語るのである。一方、中国の報道陣は、政府の命令を受け「日本の医療チーム」の奮闘ぶりを報じ、「日本への感謝の意志」喚起を求めるのである。

この流れを受け、その後ろに予定されたのが、「自衛隊機の派遣」であったと考える。このシナリオを描いたのは、おそらく北京駐在の日本大使館の外務官僚であろうと想定する。

提案を受けた、霞ヶ関の外務省はさぞかし驚いた事だろうが、そこは勝ち馬に乗りたがる尻軽官僚の例に漏れず、一気に、考えを推進すべく「提案に乗った」ワケで、首相官邸へ持ち込み一気に流れを構築しようとしたのだろう。首相官邸は、人気下降気味の支持率を一気に回復させられると判断し、推進を決意したのだろう。

外務省で、「ネタ漏れ」したのか、首相官邸で「ネタ漏れ」したのか知らないけれど、首相官邸が発表する前に報道各社が一斉に報じたワケで、日本政府は「親切の押し売りで、『歴史の超越』と『日中友好で得点稼ぎ』として」楽観していただろうけれど、中国の世論は沸騰してしまったワケである。

胡錦涛は、一歩対応を誤ると、自らの首が吹き飛ばされる恐怖に襲われた事だろう。

いまもなお、あの治世の一欠片もないゲタ面「江沢民」の一派が、「中国共産党の軍隊である『人民解放軍』を握っている事」を、日本の政治家や官僚は肝に銘じておくべきだ。

日本の政治家や官僚は、中国が困り果てている時に、その機に乗じたり、「それを奇貨として足下を見る」ような行動は厳に慎むべきである。それが本当の友人というものだ。中国もまた、巨大地震の被災に喘ぐ人民の救援を自国の能力を挙げて最大最優先すべきであり、政治的な思惑やそれを想定(予定)した行動をとるべきではない。

何よりも大切な事は、人民の生命を救援する事だ。そこで求められる事は政治的な立場や主義主張の違いを乗り越えた「人」としての行動が最優先事項だ。決して思惑を優先してはならない。

自衛隊の能力は、こんなドサクサまぎれに、中国で発揮するものではない。もっともっと、落ち着いた環境の下で、両国が互いに認め合う事から始めなければならない。それはそう遠くない時期に訪れる。

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