ベトナムでの「外貨交換」と「山猫ストライキ」の最新情報!
アクセス急増中のタイトル2点!
まず、『訪越旅行者への外貨交換は再開』されています!
最新レート(ハノイ・ノイバイ国際空港での)は、下記の通りです!
ハノイからのメールを、引用開始→
*昨日(6/20)時点でのノイバイ空港銀行各社の両替レート
:Viet Com Bankは1$=16800VND、100円=17200VND。
:Agriは1$=16700VND、100円=17000VND。
:Hebは1$=16700VND、100円=16900VND。今日のある人物の話では、金ショップで1$=20000に近い数字、100円=18500VNDと言っていました。
ハノイの素浪人 Hanoi,VietNam ←引用終わり
ベトナムへのご旅行をお考えの皆様、
「どうぞご心配なく、お出かけ下さい」。
ベトナムは、30%近い物価上昇の並に翻弄され、政府はこの悪質なインフレ抑制に対し、なりふり構わず状態である。
多くの投資資金の一部が投機資金に化け、土地やらマンションやら、まるでバブル経済そのものである。
自国通貨と押し寄せる外国通貨の関係を適正に整理しないと、経済そのものが破綻する瀬戸際へ追い込まれようとしている。
さて、もう一方のテーマ:
「山猫ストライキ」の件ですが、現在は沈静化しつつあるようです。
この件では、たくさんのコメントメールを頂戴しました。
しかし、その大半は「ベトナム」について「無知」から生じる内容が殆どでした。
中でも、最も多く目立った内容は、
ベトナムは→ベトナム共産党が→一党独裁で支配する国→だから労働組合はベトナム共産党の指示を受けて「ストライキ」をする。相関性を都合良く引き出し自らが決め付ける結論への因果関係として強引に展開する典型的な稚拙ステレオタイプのコメントでした。
ベトナム共産党は、すでに民族政党です「ベトナム国民党」でも「ベトナム市民党」等でもよいのです。
現在、最も重視して掲げる政策は、日本の各政党が掲げる中身と大きな差はありません。
8000万人の人民を統治し政策を進めるには、マルクス・レーニン主義に固執していては進められませんから、この点はハッキリ克服し総括し終えています。
但し「社会主義」が掲げてきた「中身」は、どの地域のどの国でも完全に達成された事はないと考えています。
とりわけ発展途上国が、その道を歩むにも、基本的な社会資本や生産手段を欠いているため、何よりも「人として本来、基本的に人らしく生き抜くための獲得を先行させる必要があります」から、その建設が何よりも優先される。
その上で、多くが望めば「人としての『人』らしい生き方を達成する手段として『社会主義』が成立するかも知れない」と考えているのであり、別に、それを大多数の人が望まなければ、敢えて『社会主義』の道を選択する必要はない、と考えています。
しかしながら、1975年4月30日の南部完全解放に至るまで強いられ続けた苦難の歴史とその経験は、少なくとも、「人が人として平等互恵に生きる」理念として、『社会主義』を選択し、1976年の国家統一に際し「ベトナム社会主義共和国」と理想を掲げ出発した歴史がある。「これを、いま捨て去る考えはない」のである。
従って、社会主義が目指す一つの究極点が「福祉国家」だと、仮にベトナム人民が望み規定するなら、それを実現すればよいと考えているのであり、別の観点による提案があれば、それを討論し採択すればよいと極めて柔軟に考えている。
ベトナム共産党は、「ベトナムの未来」の全ては「ベトナム人民」が規定する、と考えている。何よりも大切な事は、「主権国家として、自国民が他の主権者に隷属させられない事」が国家の基本である。
当たり前の事だ!
それを防衛する前衛と位置づけ「ベトナム共産党」は存立しているに過ぎないのである。
さて、ストライキだが、
ハノイからのメールの引用開始→
*ストライキ。ハノイ周辺では、
バクニンの中国系企業、韓国系企業で起きたのが発端で、日系の「住友電装」、ハイズオンの「ブラザー」にもといった所。
その後、タンロン工業団地にも飛び火し、「YAMAHA」では1000人位の工員が辞めたとの事。5社ほど遭遇したとの事、今はおさまっている。
ある会社の社長の弁:ウチはまだ募集している状態の新参者。人数も300人以下。
しかし、昼食は必ず日本人スタッフ4名を含めて工員と必ず一緒に食事している。
今、ストライキの兆候無しとの事です。
私も、これでなくては駄目だと思っています。その会社は、テト明けには給与を約20%上げたとの事です。このままではどのようになるのでしょうか?無知で何もわかりません。解り易く解説していただけませんか?
おっしゃるように、「日系企業には天罰が下った」と思い別に気にはしていませんが、ベトナム自体どのような方向に進んでいくのでしょうか。今、手を打つ政策とは外資の内45億$は証券市場+土地投機らしいです。それが、引き上げられたらバブルはじけて、土地、マンションは急激に下がりますか?
素人の私に、わかるように解説願います。お忙しいところすみません。ハノイの素浪人 Hanoi,VietNam ←引用終わり
ベトナムでの山猫スト続発は、今年のテト明の頃から年度初めに目立ち始めた。
読売新聞は4月末に、現地取材を踏まえた下記の報道を行った。限られた状況ではよく取材しているので、改めて引用紹介しておきたい。
引用開始→ ベトナムで違法スト頻発 (讀賣On Line)
労使交渉せず突然欠勤、外部に扇動者も
ハノイ近郊の日系工場で働く現地の従業員。
ベトナムでは物価の上昇で賃上げ圧力が高まっている
日本企業の進出ブームが続くベトナムで、賃上げを要求して違法なストライキが頻発し、政府が規制に乗り出した。足元のストはほぼ沈静化したが、背景にある急速なインフレは収まる気配がなく、外資系企業はストの再燃に神経をとがらせている。(実森出、写真も)
◆進出ラッシュ
住友商事は3月、ハノイ近郊で「第2タンロン工業団地」の起工式を行った。全体で220ヘクタールを整備する計画のうち、7月に約150ヘクタール分を販売する予定だ。
約30キロ・メートル離れた場所で2000年に開業したタンロン工業団地では、キヤノン、松下電器産業などの日本企業を中心に82社が操業している。ここから07年に輸出された製品はベトナムの輸出額全体の3・3%を占め、日系メーカーの存在感は高まっている。
安い労働力に着目し、中国や韓国、台湾企業の進出も相次いでおり、日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、ベトナムでは昨年9月時点で92か所の工業団地が整備され、62か所で開発が進められている。
◆「負」の側面
ただ、最近は投資環境の「負」の側面として、違法ストが深刻化してきた。
ベトナムでは外資を含む各企業に労働組合があるが、ストは労組を通じた正式な労使交渉などはせずに、従業員が突然欠勤するなどの違法な形が実態という。
こうしたストは06年ごろから増え始め、07年は530件、08年は1~3月で100件に達した。昨年までは韓国や台湾企業が中心だったが、08年に入って日本メーカーでも目立つようになり、ハノイの日本大使館によると被害は30~40社にのぼる。ストの頻発は、04年から続く物価の上昇が要因だ。最近の消費者物価指数は前年同月と比べた上昇率が20%を超え、労働者は賃金の実質的な目減りに不満を募らせている。
ベトナムでは、違法ストでも労働当局が「一方的に調停に乗り込んでくる」(日系企業)ケースが一般的だ。その結果、賃上げで決着する場合が多く、労働者からの成功報酬などを目当てに「ストをあおる外部の扇動者もいる」という。
実際、日系電機メーカーの工場では、2月に社外の人物が従業員4000人の出勤を妨げるなどしたため、数日間の生産停止に追い込まれた。関係者は「いきなりストに入られ、当初は交渉相手や要求内容がわからず、手の打ちようがなかった」と話す。調停の末、4月の定期昇給を数か月前倒しすることで収まった。
◆沈静化対策
日本経団連などの要請も踏まえ、ベトナム政府は1月、違法ストの参加者に最大で給料3か月分の賠償金を課すことを決めるなど、「スト退治」に乗り出した。放置すれば海外からの投資が鈍り、経済成長に影響する懸念があるからだ。
ホーチミンの日本商工会では、建物に落書きされるといったストの兆候を見分ける「違法争議対応マニュアル」を作り、会員企業に配布した。住友商事の岡素之会長は「正規のストを問題視しているわけではない。違法なストが問題なのだ」と強調する。
政府の対策などの効果もあり、現在、違法ストはほぼ影を潜めているが、急激なインフレが収まる気配はなく、賃上げを求める声は続くと予想される。スト再燃の恐れもあり、低賃金が魅力の一つだった日本企業のベトナム戦略に影響が出てくる可能性もある。
(2008年4月30日 読売新聞)
Copyright © The Yomiuri Shimbun. ←引用終わり
ベトナムは、1986年にドイモイ政策を採用し、1987年から対外開放政策へ転換し外国資本による投資受け入れを開始した。
それから20年。
今日に至るGDPが、ほぼ1000US$状況を得るまでになった。
ベトナムの経済成長は、中国の経済成長と一緒で、大枠は外資による経済成長である。
ベトナムも中国も、対外開放する前は圧倒的な「農業社会」である。
生産は「原始的家族工業」であり、国際経済の観点からは「幼稚産業」である。
グローバル化する経済の中で、米国の経済制裁を受け、孤立を強いられ続けたベトナムは米国でクリントン大統領の経済制裁解除を受け、米国資本がベトナム直接投資を始めた1994年以降、本格的に国際経済に位置を占めるべく頭角を顕し始めた。
ここから、1997年の「アジア通貨危機」まで、大量の資金が中国やASEAN各国へ投じられた。
とりわけASEANの優等生と呼ばれたタイやインドネシアあるいはマレーシアへ投じられた、その資金の多くは「短期資金」であり、明確な産業育成政策目標やら金融管理政策あるいは金融市場を適正に運用する能力を欠いた事もあり、アジア内における競争環境の変化に伴い「タイ」で始まった躓きが引き金となり、NIE'sの優等生をも巻き込む金融危機に発展し、ASEAN各国を初め周辺国をパニックへ陥れた。
救援するために米国とIMFは、「借り手の責任」追及を軸にした「救援を求める国への救済名目で厳しい国家経済の管理」を打ち出し、少しはモノゴトの道理を理解する国々から、その高圧的な姿勢に対し、「貸し手の責任」を追究する議論が提起され、米国やIMFが振りかざす論理は猛烈な反発を受けた。
当時の日本は、首相も務めた(当時の)宮澤大蔵大臣が果敢な決断で「緊急出動」し、ASEAN各国の経済破綻を救援した。
後に、「チェンマイ・イニシャティブ」として日・中・韓も加わり「アジア域内における最後の貸し手」として機構整備されるに至っている。
しかし、世界中に溢れ廻る「あぶれ資金(=ファンド・マネー)」は、金儲けのネタを求め先進工業国であろうと発展途上国であろうと、うまそうな獲物を求めて世界各国で跳梁跋扈し続けている。
勿論、ベトナムへも様々な形で直接間接を問わず「ファンドマネー」が流入している。
その多くが、「土地」へ向かっているのである。
21世紀を前にした頃、世界で最初にファンドマネーに洗われ、辛くも恩恵を受けたのは、ニューヨークではないか。
この街は、ファンドマネーを巧く取り入れ街と経済の再生に成功したようだが、全ての国の全ての都市でニューヨークの手法が効を奏するワケがない。
タイが経済破綻の淵に立たされた1997年は、「(外国からの)短期の借り入れ資金が、(国内で)長期資金として姿を変え土地投機に廻された。加えてその金利は変動金利であった」。
この状況では、経済の基本構造が、内的要因は勿論外的要因を受け、少しでも悪い方向へ変化すると一気に行き詰まる。
ベトナムは、元来、農業国であり工業製品の生産で自ら優位な競争力を保持するワケではない。しかし、2020年に一定水準の工業国への転換を目指す上から、政策目標を掲げ様々な政策誘導を施行する事で曲がりなりにも今日まで成長してきた。
その過程で、外国からの投資資本に群がろうとする人々を生んだ。
コネか、人脈ネットか、何が決定打か分からないが、とにかく外国から投資される資本との間で職業を得る、あるいは何らかの関係性を保つ方向へ舵を切る。
これは、人として自然な事だ。禁止する事はまず不可能だろう。
ベトナム中の人が、何らかの形で「外国」と接点を持つ事が、自らの幸福に繋がると巨大な幻想に包まれる。
世の中には、常に生産手段を持つ側に廻る者と、生産手段にされる者が出るのは、これまた避けられないのも事実である。
しかし、人が個別に持つ情報量は限られているし質も違う。
従って、情報による差が生じ拡大する事も避けられない。
しかし、人は、熱に浮かされたように「外国」へ接点を持とうとするのである。
これは「土地投機に向かう資金」も、「外国からの会社(工場)で働く場を確保する」のも同じ構造である。
適正な生活手段や生産手段を持たない側は、少しでも「有利な条件」を探し求め、翻弄され続けるのである。
ここに目を付けるワルが現れるのは場所も時間も待たないのである。
これに、より程度の高い情報を持つ者が、持たない者を支配する構造ができる。
何よりもこれが、ベトナム内での「労働者の低賃金(派遣労働による搾取構造)を生み出した」。元を正せば、先進工業国で展開された「非正規労働(短期派遣労働使い捨て)」を、発展途上国のベトナムへも持ち込み「制度化」してしまったワケである。
これは形を変えた「新しい労働搾取の構造」だ。
持ち込んだのは、日・中・韓のいずれの国からも進出した側である。
労働経済学を研究したテイラーが「夜警国家」と名付けた管理体制が、途上国労働者の無知と生産重視による国の政策譲歩で息を吹き返しているのである。
ベトナムを初め、発展途上国は常に搾取され続けなければならないのだろうか?
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