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2008/07/27

「論理的思考力」のない人へ、「大学院」は甘くないですよ!

漠然とした「イメージ」を追い続け、ご自身をバーチャルな世界に置いて「善い夢を見て」終わるのが関の山って人、多いですよ!

暑い、暑い毎日で、ウンザリさせられています。
しかし世の中には「儚い『博士』の夢を見る人」が山積している事実を避ける事ができないので、非難囂々を覚悟して記述しておきます。
K_img_render暑い夏を表徴するヒマワリを掲出しながら、気分は「暑中お見舞い」ってところかなぁ!

讀賣新聞が報じた、ポスト・ドクターへの措置は、いまに始まった事じゃないですからね。日本経済の拡大に伴う収入増加もあり、世間は何となく漠然としたイメージで、子供たちを進学させてきました。大学は、それを最大のチャンスと捉え、常に学部生の拡大と、それに伴い必要な教員の手当てに励んできたワケです。

大学の教員は、基本的に「大学院修了者(基本的には博士後期課程:修了)」の採用を前提としています。それは大学が好機到来とばかりに、いわゆる学部で学生を集めようとすれば、それに対応した教員数の確保が義務づけられている事もあり、勢い「大学院で博士過程を修了した者(できれば博士/つまり○号取得者って業界では言います)」を採用する方向へ舵を切るのは、けだし当然と言えます。
○号取得者とは、満期退学者の事じゃないですよ。業界での一般論としては、所定の過程を修え査読論文と博士論文の評価を受け認定された「Ph.D」の取得者って事だからね!

いくつもの背景があり、若年人口の進学気運の高まりという社会的要請を受けても、日本の文部科学行政は最初から無為無策が原則ですから、急増する頃に大学院の粗製濫造を始めるようなワケです。当然、一時的に急増する時には間に合いません。教員だけでなく収容施設も間に合いませんから、「臨時定員増」という窮余の策で逃げを図りました。

1995年前後をピークにした学生数急増は長く続きませんでした。人口動態を考えれば当たり前の事ですが、ここが行政官僚の不思議なところで、粗製濫造を始めるとどこまでもブレーキをかけずにアクセル全開で踏み続けますから、大学は756(2007年)、大学院を598(2007年)へ膨張させてしまったって事ですね。

だからってワケではないですが、ポスト・ドクターの余剰を各大学や研究機関で吸収させようとしても、そう簡単じゃないですよね。なぜって、そうでしょう!
もともと必要な総定員をはるかに上回る数の研究者を毎年まいねん大量生産しているワケですからね。吸収できるワケなんかないですよ!
人材の質という問題は別にしてですよ。まず、定性ではなく定量という観点で捉えて下さい。

加えて、日本は人口減社会ですしね、若年人口は減る一方じゃないですか。
それに加えて教えたい側は急増中なんだから、間尺にあってないでしょう!
誰が考えたって、すぐに分かる話じゃないですか。

でも、粗製濫造は続いているんですよ!

志願者も、実際に自らの基礎学力や論理的思考力を冷静に考える事もせず、「よく言うワイ、よく考えるワイ」って人も多いのですよ。ホントのところねぇ~!正直言ってビックリしちゃいますよ。
イロイロご託を並べる前に冷静に、①自己点検 ②自己採点 ③自己評価(次は相互評価)をされたらどうですか?って言いたくなります。ハイ!

これまで、散々、不思議な人に出会い、不思議な論理を多数聞かされました。
共通点は、自らの「次へのイメージを、バーチャルで都合良く描く人が多い」って事に尽きます。話には何らの客観性もありません。

自己増殖のためのイメージは自由に描けば良いのです。しかし、そこへ至るには、論理的な手順やそれを支える能力が不可欠でしょうが、そうじゃないですか?
そのためには何よりもご自身について「事実の確認」が必要ですよ。
次に、ご自身のどこに「問題の所在」があるかの把握が必要ですね。
それを欠いたまま、好き勝手に自己増殖イメージを展開し押し付けられてもねぇ~?

大学はNPOと一緒で、営利事業ではありませんが、従事する教員や職員の生活は保障しなければなりません。併せて、現在の施設の維持やメンテナンスに費用がかかります。加えて将来に対処できる自己資金も一定程度確保しておく必要があります。
従って、何でもイイってワケじゃありませんのでねぇ~!
大学は、決して営利事業じゃありません。しかし健全な経営を維持するためには、一定レベルの剰余資金を手元に残しておく必要があります。そのため冗費を節約する意味から不要不急の採用は行いません。
引用記事にもありますが、これを一番徹底させている大学は何を隠そう「立命館大学」です。基本的には「任期制」で人材を採用しています。継続を求めるには、任期内の一定の期間に必要な成果あるいは到達点を得ておく必要があります。

大学院で、漠然とした「夢見る人」は、現在、日本の大学が置かれている状況を全く知りません。未だに「国立大学」「公立大学」「私立大学」という枠組みで物事を考え、大学を序列化し「自身の研究領域もよく考えず、漠然と捉えている」ようです。見ようによれば微笑ましいとも言えますが究極の世間知らずと言い換えても過言ではないと思います。
既に、国公立大学とも各大学は「独立大学法人」としての自立を求められています。数年先には「国立大学」とか「公立大学」という過去の概念により整理分類される大学は伝統の上では残っても、経営上は関係なくなります。そうは言っても、まぁ、当面の間「補助金」は十分に手当てされるとは思いますが、それでも徐々に削除されやがて完全自立を求められる事になるでしょう。できない大学は「国・公・私」の区別なく自然に淘汰されます。

従って、大学が教員の採用で、より重視するポイントは「総合的な能力の見極め」が最優先って事になるでしょう。
現在、多くの大学は教員の採否に関する人事権を「教授会」が持っています。しかし、先に触れたように経営環境が激変していますから、「教学上と経営上での必要な競争力」を維持するためにも、早晩、踏み込んだ改革が成されるものと考えています。

その段階で、非常に細分化された「大学院の博士後期課程」修了者の使い途は果たして拡がるのでしょうか?大学は、できるだけ「突出した専門領域に加え、ややユニバーサルな能力」を保持する研究者を採用したがるのではないでしょうか。

大学院の粗製濫造って表現してしまいましたが、大学院の序列化は静かに進んでいるように見受けますが、実際には、その人物が何をどう研究したか、それが、採用する側の希望や条件に見合うかどうか」この難しい判断を下さざるを得ない事になるのでしょうね。

というワケで、暑熱の毎日ですが、ここは一番、冷静にご自身の「研究テーマ」をよぉ~く、よぉ~く、お考え頂いて、それでも道は拓けると、論理的裏付けの下で結論を得られお考えになれば、それはそれで善い事じゃないですかねぇ!でも、それはご自身の問題ですからねぇ・・・・・・・!

周囲の仲間からの非難も正々堂々と受け止めたいと思います!ホントの事だからね!

それでも、この現実を乗り越え「とにかく『Ph.D』へ挑戦」して貰いたいですね!

引用開始→ 「末は博士も就職難」、修了者の25%が「浪人」 (讀賣On Line)

2008072635300821nyomiuri大学院の博士課程を修了した若者たちの就職難が止まらない。

特に苦労しているのが文系の人たちだ。大学教員は狭き門。民間の受け入れ先も少ない。そんな中、面接のコツを教えたり、就職先を紹介したりする企業も登場している。(社会部 竹井陽平)

文部科学省の調査によると、昨年3月の博士課程修了者1万6801人のうち行き場のない人は4146人。実に25%が「浪人」を余儀なくされたのだ。しかも、この数字にアルバイトなどは含まれていない。

「この先どうなるんだろう」。早稲田大学大学院博士課程に在籍中の牛山美穂さん(28)は不安になる。文化人類学専攻。論文が完成したら複数の大学に送り、助教など研究職を探すつもりだ。が、周囲には博士号を取っても給料の安い非常勤講師をかけもちしなければ生活できない人が多く、牛山さんは「どこでもいいから正規の仕事を」と焦りを隠さない。

「高学歴ワーキングプア」(光文社新書)を著した水月(みづき)昭道さん(41)は「博士号を取っても、大学教員になれるのは数十人に一人」と語る。自身も博士。今は立命館大学の研究機関の研究員だが、2011年3月には任期が切れるため、また就職活動をしなければならない。「コンビニで働いている人もいる。今や大学院はフリーター生産工場だ」

民間企業も採用には消極的。博士課程の修了は最速27歳だが、留学などで30歳を過ぎ、企業の募集年齢を超えてしまう人も多いからだ。さらに企業側には「専門知識で頭はこちこち」「社会常識や協調性に欠ける」といった偏見が広がっているという。

大学院生専門の就職支援会社「D・F・S」(東京・渋谷)の林信長社長(33)は真っ向から反論する。「院生は優秀です。なにせ一つの研究をやり遂げた人たちだから。何もしなかった学生より能力は磨かれている」。同社は一昨年から受け入れ先の企業を開拓。大学院生の就職指導も手がけている。

院生自身が自分の能力に気づいていないケースもある。順天堂大学大学院の博士課程でスポーツ社会学を専攻した市川朋香さん(28)は当初、就職試験に落ちまくった。Jリーグが研究テーマだったため、サッカーチームの運営会社やマスコミを受験。面接では決まって研究成果を“発表”したが、採用担当者の反応は今ひとつだった。

市川さんは、林さんの会社でアドバイスを受けて目覚めたという。「研究を通して、自分には分析力、論理力、発表力が身についているのではないか」と。自己の適性に気づき、IT関連のデータ解析会社を受けた市川さんは、すんなり合格。この春から新入社員として元気に働いている。

バブル時代の教育政策で膨れあがった高学歴な人々が、迷路に入り込み、扉が開くのを待っている。

◆大学院生倍増計画 大学院生が増えた背景には、大学院生の数を倍にすべきとした1991年の大学審議会の答申がある。大学院を新設する大学への補助金が増額され、大学院が作られた。91年時点で320だった大学院の数は、昨年5月には598に。院生も約10万人から約26万人に増加した。
(2008年7月26日14時28分  読売新聞)
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