« 労働者の日雇い派遣をブッ潰す方向へ!自民党が舵を切る! | トップページ | 「サミット」は必要か!? 国際社会の多極分散化を見せられた! »

2008/07/10

阪神なんば線経由、姫路=奈良・伊勢(志摩)直通運転へ、そのうち名古屋へもか?

昔、むかし、その昔、夢みたいな話を聞いた事がある。
播州の田舎者には、「へぇ~、大人の人は、イロイロ考えるもんやなぁ!」程度の話に過ぎなかった。
なにぶん、引用記事に記載されているように、小学校の修学旅行は「奈良と伊勢」だった。

JR姫路駅へ周辺の学校の6年生が集められ、特別仕立ての列車に乗り込まされるのだ。
特別仕立ての列車と言えばとても聞こえがよいけれど、それは単に正規のダイヤ(表で見える)には「スジ」が記載されていないだけで、車両はオソマツの限りで「よぉ、こんな車両さがしてくるなぁ!」と変に感心させられる種類の代物だった。
オイルの染みついた板張りの床、背もたれも座席も板製で固い大人4人掛けの硬座席に、6人着座させられた記憶が生々しい。

その列車は、京都まで山陽本線と東海道本線を走り、京都から奈良線を利用し奈良へ向かうのである。
あるいは、草津から草津線で柘植へ抜け、関西本線と参宮線で伊勢へ先に行ったのか、定かな記憶は消え失せたけれど。
奈良では、東大寺の大仏殿へ行き、猿沢の池を廻り、今度は関西本線と参宮線で伊勢へ向かったのか、やっぱり奈良は帰りに立ち寄ったのか、どちらが先だったかについての記憶は本当に消去されてしまった。

印象は、草津線やら関西本線ではやたら「トンネル」が多く、その度に窓を閉める開けるを繰り返させられた。何を言おうと牽引するのは「蒸気機関車」なのである。

伊勢路へ入ると、隣接した線路を「近鉄の特急電車」がスマートに走っている。
相手は、誰が見ても、少なくともトンネルの出入りで「窓の開け閉め」は無さそうに見えるから、羨ましい限りだった。
だから伊勢についてのイメージは、
「ナンで、こんな難行苦行をさせられなアカンのや!」
という気持ちが先にあったから、あまり芳しい気持ちは持ち合わせていなかった。

何よりも、伊勢へ到着し、旅館街で耳にした事で衝撃を浴びた。
「大阪の学校はなぁ、さっき、よこ走っとった『近鉄の特急電車』で来とるらしいでぇ!」。
「ホンマかぇ、大阪はエエのぉ!」。
余計にハラが立った。無茶苦茶ハラが立った!許せないくらいハラが立った!いや許せなかった!誰を許せないというワケではないけれど、とにかくミンナ怒っていた。
「どうせ、山陽電車くらいしか走っとらへんさかいのぉ!」と小学生達は嘆いていた。
その時である、引率の先生(もう誰だったか忘れた)が、「オマエ等、いまはシャアないけど、もうチョッとしたら『山陽電車』と『阪神電車』が神戸で一緒の線路走るようになる、その後は、『阪神電車』が大阪市内で『近鉄電車』と一緒の線路を走るんや、と言う事はなぁ、『山陽電車』が『阪神電車』と『近鉄電車』の線路を使こて、姫路から神戸だけやナシに、大阪へも奈良へも伊勢へも、そのうち名古屋へも行くんや」と夢みたいな嘘みたいな話をしていた。
その引率教師の顔を眺めた播州の悪ガキドモは、「このオッサン、アホか!」と言い合ったのである。

その夢みたいな嘘みたいな話は、確か5年後に「神戸高速鉄道」が完成し、姫路から三宮まで乗り換え無しで往き来できるようになった。
その数年後には、近鉄難波駅が開業し、近鉄は上本町六丁目から難波へ延伸し念願の難波乗り入れを果たした。
残りは、阪神と近鉄の連絡線だけになった。

しかし、伊勢への修学旅行で、その時出会った大阪の小学生は光っていた!輝いていた!
羨ましいなあ!エエなぁ!ハラ立つなぁ!ワイらはショウもないのぉ!
とかなんとか言い合いながら、伊勢で「赤福」を口に頬張り播州の田舎へ戻って行った。
物凄く、貧乏な日本で、小学生の修学旅行が各地で展開された一コマに過ぎないのだが。

だから、伊勢でのイイ想い出も良いイメージもなかった。同じように奈良もだった。

それが、小学校の修学旅行から24年後、「歴史街道」のプロジェクトに関わる事になり、伊勢で様々なお世話をされる皆さんと一緒になり、初めて悪いイメージを払拭できた。
奈良も同じであった。
奈良の場合は、学部の学生の時にお世話になった方が、興福寺の学芸部門で高い能力を発揮しておられるにも関わらず、「赤児の魂、百まで」の例に漏れず、印象を転換するのに膨大な時間を必要とした。

それは、草津線と関西本線でトンネルを出入りする度に繰り返させられた「窓の開け閉め」に起因した、伊勢と奈良への難行苦行の印象が余りにも強かったからである。

だから、播州の田舎者には「近鉄特急」は光輝いていたのである。

先日、バンコクへ行く前に、研究学会が「奈良教育大学」で開催され、久々に奈良へ出向いた。雨の時期でもあり「奈良公園」の緑が美しかった。
眼に優しい緑が奈良の街、いにしえの「平城宮」を飾っていた。難波と奈良の往復は、来春から神戸三宮まで乗り入れてくる「近鉄の新型電車」を利用した。

間もなく、伊勢への修学旅行で引率された先生から夢みたいな嘘みたいな話を聞かされた事が実現するのかと、報道を見て感じさせられるところである。

その時、その日は、「エエじゃないか!エエじゃないか!エエじゃないか!」と、エネルギーが集約され、江戸時代には生涯一度の旅とされた「伊勢へのおかげまいり」でも始まるのかなぁ!それなら人生を閉じるまでに、もう一回くらい開通する新線を利用して子供の頃を思い浮かべ山陽電車の姫路駅から「伊勢神宮」へ行ってみるかなぁ!

引用開始→ 姫路と奈良・伊勢結ぶ 近鉄、山陽に乗り入れ計画 (神戸新聞NEWS)

01216393knp近畿日本鉄道は八日、二〇一〇年春を目標に、山陽電気鉄道に乗り入れる構想を明らかにした。〇九年春に阪神電気鉄道との相互乗り入れが始まり、阪神と直通運転している山陽とも線路がつながることから、両社と調整に入った。姫路と奈良、伊勢志摩を結ぶ計画で、世界文化遺産・国宝姫路城と古都・奈良、伊勢志摩を直結する新ルートは国内外の観光客を引きつけそうだ。(西井由比子)

近鉄の路線網は三重、愛知にまで及ぶが、ローカル線も抱え、鉄道収入の大きな伸びは期待しにくい。プロ野球や遊園地などレジャー・観光事業を大幅に整理する一方、テーマパーク「志摩スペイン村」や、小説「華麗なる一族」の舞台となった志摩観光ホテルなど自社系リゾート施設が多い伊勢志摩を最重点地域に、集客に努めている。

だが修学旅行や団体旅行が多い伊勢神宮は、兵庫県内と乗り換えなしで結ぶJRが使われる場合が多く、山陽への乗り入れで利用客を取り込む。さらにJRが走らない志摩へも呼び込みを図る。

特急や修学旅行専用電車を中心に運行する計画。一〇年以降には奈良の平城京遷都千三百年や伊勢神宮の式年遷宮など大型行事が控え、近鉄の野口満彦副社長は「兵庫から奈良や伊勢志摩を訪れやすくしたい」と話している。
(7/9 09:03)
Copyright(C) 2008 The Kobe Shimbun All Rights Reserved.  ←引用終わり

|

« 労働者の日雇い派遣をブッ潰す方向へ!自民党が舵を切る! | トップページ | 「サミット」は必要か!? 国際社会の多極分散化を見せられた! »

コメント

コメントを頂戴しありがとうございます。
興味深い提案のようですが、まず何よりも阪神・近鉄と南海は軌道の幅が異なりますよね。何よりも南海にそれだけの体力はないでしょう(車両長の統一、電圧調整、列車運行システムの調整などなど)、神戸・尼崎方面と関西空港を結ぶ鉄道輸送は投資に見合う利用者はないでしょう。南海は汐見橋駅をそう遠くない時期に廃止するでしょう。
何よりも、姫路・神戸・尼崎方面と和歌山を直通で結ぶ経済面での必要性は沿線人口や産業構造、観光資源から考えても事業として成立する要素がありません。(話としては面白いですが)
中之島線の西九条延伸は今後の課題です。京阪と阪神は軌道幅が同じ標準軌ですから。姫路・神戸と京都・大津を私鉄で繋ぐ事業は沿線人口や観光資源を考えても事業としての可能性があります。

投稿: とらえもん | 2008/09/28 12:49

南海汐見橋と阪神桜川で線路を繋いで相互乗入はどうでしょうか?。和歌山・三宮・姫路が直通でいけます。また三宮・尼崎から関空直通便ができるメリットもあります。阪神・山陽電鉄線に近鉄・南海が乗り入れて4社連合を作り、姫路・三宮・なんば・関空・奈良・賢島を結ぶネットワークを形成すればJRとかなり上手に戦えると思います。なにわ筋線の着工を待つより現実的だと思います。将来的に京阪中之島線が阪神西九条まで延伸すれば和歌山・なんば・西九条・京都の路線ができ、この方面でもJRと戦えます。是非ご検討下さい。

投稿: ツシマ | 2008/09/27 23:35

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 労働者の日雇い派遣をブッ潰す方向へ!自民党が舵を切る! | トップページ | 「サミット」は必要か!? 国際社会の多極分散化を見せられた! »