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2008/09/15

JALのジャンボ機、完全引退かぁ!? 時代を感じさせるなぁ~!

最初に搭乗した飛行機は全日空のB727だった。
大阪/伊丹から東京/羽田への短い旅だった。
着座席を示すチップが貼られた搭乗券を手にして機上の人になった。
40分ほどで羽田へ着いた。
何か機内サービスがあったのかどうか確かな記憶は消え失せた。
しかし、到着した羽田で手にしていた搭乗券がどこかへ消えてしまい大いに慌てた。
飛行機の旅も、列車の旅と同じで、出口でチケット代わりの搭乗券の回収があると考えていたので、エライ事になったと一瞬青ざめた。

幸いな事にというか当然の事に、飛行機の旅は搭乗口ではチケット(搭乗券)のチェックはあるけれど、降機後はチケット(搭乗券)のチェックはない事を知った。
(一安心した記憶だけは鮮明だ)

その程度の事も最初は分からなかった。
以後(と言っても)、社会で仕事に就いてからは頻繁に飛行機のお世話になった。
国内線と国際線を合わせて1500回はお世話になってきた。
飛行距離はどれくらいだろうか?
おそらく合計すれば355万キロメートル程度は飛んでいるだろうなぁ~!
という事は地球を88周程度したって事かなぁ!

一番お世話になったのは、多分B747だろうなぁ!
記憶にある搭乗機材は、
B727、DC-8、B707、B747、B737、Concord、DC-10、YS-11、L10-11、MD-9、MD-11、ATR-7、CRJ、A300、A318、A320、A321、Fokker、SAAB、B767、B777、いろいろあったなぁ。

大陸間移動の仕事で一番お世話になったのはやはりB747だろうなぁ。
国際線の最初はDC-8だった。
国内線で搭乗チャンスが多かったのはJALのジャンボで、事故を起こすまではJA8119で、次がJA8124だった。(自らのフライトログから)

羽田から成田へ国際線が移転するまで、羽田にはPANAMのB747-Clipper(短躯ながら翼長は通常のジャンボと同じ長さだから不思議なバランスの機材)が羽を休めていた。羽田からニューヨーク(NYC-JFK)までノンストップ飛行できる事がウリだった。(あれに乗ると到着地はニューヨークかと考えた)
*B747クリッパーはイラン航空がPANAMと同じ頃に導入していたがいまもなお保有しているそうである。

最初の米国行きは、とにかく羽田からサンフランシスコまでJL2便JALのジャンボで太平洋を越えた。
あの頃は、ファーストクラスとエコノミークラスしかなかった。
ワクワクしながらのフライトだった。

次の時は、NW機材のB747で、成田からシアトル経由のニューヨークだった。
この時、初めてロッキー山脈を上空からシゲシゲと眺めた記憶が残っている。
このフライトは悲しい思いが詰まっている。
日本へ仮上陸し米国を目指すベトナムからの難民と一緒にシアトルまで移動した。
シアトルで分かれる際に、涙泪の悲しみに包まれた。(この話題はまた別に)

それ以後、エアインディア、英国航空、エールフランス、パキスタン航空、タイ国際航空、シンガポール航空、ルフトハンザドイツ航空、中華航空、キャセイパシフィック航空、アメリカン航空、ユナイテッド航空、中国航空公司(現・中国国際航空)、日本航空と全日空以外でB747のお世話になった航空会社はこの程度だったっけ!?

B777が導入されたとき、時代の節目を感じた。変わるのだなぁと!
更に次代を担うB787は、ボーイング労組のストライキで大幅に納期遅れだとか!?

とうとうB747も退役するのか? 残念だなぁ~! 自らも本質的には第一線を退いているのと同じなのだから、まぁ、仕方がない事かも知れないなぁ!
しかし、というか、やはりというか、赤紺ストライプと鶴が描かれたJAL機材は以前にも触れたけど、何とも言えない気品が漂っているよねぇ~。

自らの生命が終焉を迎えるまでに地球100周分の飛行をしたいなぁ!
ほぼ12周だから、48万キロメートルか? なんとか達成できそうかなぁ?

退役するJALのジャンボに感謝と親愛の情を込め、このスレッドを掲出しておきます。

引用開始→ <クラシック・ジャンボ>名機引退へ 最後の日航機が来年度  (毎日JP)
2008年9月11日(木)16時56分配信 毎日新聞

Jl_classicjumboja日航が使うボーイング747型=米国で1970年、出版写真部撮影 [拡大]

初期型のボーイング747「クラシック・ジャンボ」が、09年度で国内の航空会社から姿を消す。大阪万博が開催された70年に就航し、世界の距離を一気に縮めた航空史に残る名機だ。日本航空所有の10機のうち1機が12日まで最後の大規模整備中で、退役までのフライトの安全に向け作業が進められている。【窪田弘由記】

747は70年1月、米航空会社で1号機が就航し、日本では日航が同7月に導入した。500人以上の輸送能力と、途中給油なしに世界の都市と直結できる航続距離の長さから、当時主力のDC8型機から主役の座を奪った。ジャンボジェットの愛称で親しまれ、前方が膨らむ流麗な機体は空港の華だ。

クラシック・ジャンボは747-300型までを指す。コックピットにはアナログ計器が並ぶため航空機関士が必要で、機長、副操縦士の3人で運航する。後継機の747-400型は電気信号で機体を制御し、複数の計器を液晶パネルで一括表示する「ハイテク・ジャンボ」だ。

69年に日航に入社した整備出身の佐藤信博・JAL航空機整備東京社長は当時、格納庫に頭しか入らない機体の大きさに圧倒された。多くの整備士が仕事のイロハを学んだという。73年の日本赤軍ハイジャック事件では、リビアで燃える映像に衝撃を受けたが「火の怖さを知り機内持ち込み禁止の徹底の必要性を感じた」と振り返る。

工東信朗・日航整備本部技術部副部長は「古い機体と思われがちだが、現在でも改良を続けている」と話す。多くの整備士が手をかけ、ケーブルの張り具合など耳や手の感覚を使う。「手間はかかるが電子制御機にはない分かりやすさがある」

現在、国内に残るクラシック機は日航の10機だけ。燃費の悪さが退役を加速させた。最後の大規模整備を見守る志戸譲・主席領収検査員は「85年の御巣鷹山墜落事故を思い身が引き締まる。退役の日までトラブルがないよう万全の状態に仕上げる」と話す。
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