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2008/09/20

自民党は、無責任悪徳官僚に政権を打倒される!自業自得か?

「政・官・財の癒着構造」って、もう何だか苔が生えたような懐かしい響きを感じる言葉ですが。

日本の政治は、サイテーの奈落を彷徨う状態ですね。
本当に、日本の官僚は無責任だし悪徳だし、その点を指摘されると「反省するどころか、開き直り、市民社会を脅迫する」事に忙しいようで、全く手に負えないや。

無謀にも世界へ挑んだ第二次世界大戦を企画した「軍部」という化け物があった。
「陸軍省」に「海軍省」それを統括するのが「大本営」という得体の知れない超然たる組織があり、「内務省(総務省・国土交通省・警察庁など)」が、彼らの顔色を窺いながら内政では圧政を振るうという状況だったワケで、こんな状況じゃ市民は堪ったモノではないよね。

まぁ、無謀な戦争は、悲惨な敗戦を招き、これまた市民へ襲いかかり、戦後、何を基軸に国家の再建を図るべきかという事で、一つは日本人の精神的支柱をどこに求めるかで「象徴天皇制」が創出されひとまず落着。

政治の組織化は、やはり「官僚組織」が大切だという事で、東京帝国大学改め東京大学は、これまた官僚育成大学の役割を担う事になった。
爾来、本郷赤門大学は年間予算でも抱える人材でも日本の大学教育の頂点に君臨する。なにせ英文表記は「The University of Tokyo」である。いやはや大したモノである。

この官僚組織に対抗する形で組織されたのが「全日本労働組合総評議会」いわゆる「総評」である。公務員の労働組合を完全に収容し中核組織に据えた。興隆する産業で労働者の組織化にも大企業を中心に組織化を成功させ、日本の大企業労働組合もほぼ抑え込んでいた。

この頃の、日本共産党は、暴力革命を目指し「東大細胞」を軸に武力闘争を仕掛け続けて挙げ句は敗退。この頃の有力党員に「讀賣新聞主筆を自称する渡辺恒雄、もと西武流通(セゾン)代表の堤清二(ペンネーム・辻井喬)」などを揃えていた。

「総評」の組織力を背景に、日本社会党は勢力を維持し、経済団体連合会(当時の経団連)と日本経営者連盟(日経連:当時)と対峙した。
経営者側は「自由経済、資本主義」の維持を目的に、「自由党」+「民主党」(いずれも当時)とタッグを組み、日本の経済力(工業化)を拡大する方向へ共同戦線を張った。

「総評」と「社会党」は「総労働」を代表し、「総資本」を代表する「経団連」+「日経連」への攻撃を緩めなかった。日本もイヨイヨ社会主義革命かと考えざるを得ない頃、「自由党」と「民主党」は合同し「自由民主党」になった。このため「社会党」は衆議院の比較多数から常に「自民党議席」の「二分の一政党(議席)」で定着(いわゆる1955年体制が確定)した。

しかし、ここから「政治の談合」が始まるワケで、「産業界」は工業化政策を推進させたい。「労働界」はオイシイ生活を実現したい。それなら、双方の顔が立つ方法を国会の場とは異なる場で協議しようって事で「与野党の政治談合」が始まるワケだ。
しかし、「総評」は自らの裏切りを隠すため、いろいろダダを捏ね、予定のシナリオの中で極めつけのゴネドクを得るように動く。
そこで揶揄された言葉が「ムカシ陸軍、イマ総評」だった。ゴネドクを得るまで粘る姿が、そのように見えたワケだ。

政治の落とし所や方法が決まれば、後は「官僚に政策を作らせ、形だけ国会で審議して決議すれば、官僚に行政執行させるとよい」という構図ができた。
この方法で、日本は1960年代から1980年代前半に、世界でも驚異的な経済成長を果たしたのである。その倍率は、皆さんがご覧のとおり、体験されるとおりである。

日本は、表面上「総労働」と「総資本」が直接対峙する激しい労働運動を何度か経験した。1970年代前半三木内閣のときに、「総評」に指揮された「官公労」が一週間にわたり「スト権スト」を打ち抜き、日本中の公共交通を麻痺させたが、それに対する市民の猛烈な反発で頓挫し、全身創痍の「総評」は解体への途を余儀なくされ、いまの「連合」へ暖簾を付け替え衣替えしている。多少は、宗旨替えもしたようだ。

しかし、1955年に形成された、「政治と官僚」+「資本と労働」の「談合システム」はいまも残滓のように維持されている。
これに風穴を開けようとした一人に、狂犬コイズミドン・イチロォがいる!

しかしながら、声高に主張するコイズミドン・イチロォそのものが「アタマ空カラ空っけつ」で、口先は勇ましくっても、中身のない事おびただしく、空かさず実際の政治権力を握ってしまったのがタケチン・ヘェクセェゾォである。ドンイチロォの無能をいち早く見抜いたタケチン・ヘェクセェゾォは矢継ぎ早に、自らが温め続けた「売国政策」の実現を図るべく満身のエネルギーを注ぎ込み、ボリックスのジューシー・ミヤウチを受け皿にした究極の犯市民政策と売国政策を展開した。
だから、ドンイチロォの政権で一番オイシイ事を実現できたのは、ボリックスのジューシー・ミヤウチただ一人である。
ドンイチロォは、厚化粧のオイケ・ポチャコさえ侍らしてればよかったのである。

自称改革者のコイズミドン・イチロォも政策はそっちのけだったワケである。

では、政策の調査と立案、政策のとりまとめ、政策の説明、政策の実行(施策)は誰が担うのか?それは霞ヶ関に陣取る官僚という事になる。
官僚の中には、基本的に立派な人が大勢いる(これは事実だ)。
しかし、中には「無責任悪徳官僚」も数多い。また、仕事をするフリだけの「無能官僚」も数多い。「悪徳官僚と無能官僚」に共通するのは、国家国民のために自らの業務を位置づけるワケではなく、テメーのポケットを増やすために貢がせるエチゴヤを探す事に精進する点だ。タカリである。タカル相手を巧妙に探すのである。
利権官庁は、これらの官僚が三分の二席を占めている事実を知るべきである。
利権に遠そうな文部科学省でも同じだ。バカ官僚の天下り先を必死に求め探すのである。無能な大学やら財団法人が付き合わされて犠牲になるのである。
視察にきて、接待ゴルフ三昧に喜々とする文部科学省のクソ官僚もいるのが事実である。勿論、それとなく「ねだる」のである。

このような形で「政治と官僚」の関係、「資本と労働」の相互依存関係は強固に固められているのである。いまや、官僚組織以上に官僚化した「労働組合」に縁のない市井の市民は、このバカげた構造の暴走に手を拱きながら「アングリグチ」で見守らされるしか方法がないのである。

ジブントォもミンチトォも、既存の政党は全てが、実は市井の市民の政党ではないのである。幻想を持たない事である。期待しない事である。もっと民主的で汚れのない有効な方法を考えるべき時である。トツベン・オザワの恐喝紛いのバラマキ無策に期待しない事である。アッソォ・タロォの口先欺しに乗らない事である。厚化粧オイケ・ポチャコの華麗なウソを見破る事である。
「政・官・財(労)」の癒着構造が強化される中で、市井の市民はいつも切り捨てられ、打ち捨てられる事、見向きもされない事が、今回の「事故米流通の顛末記」で明らかになったじゃないか。
日本は、本当に中国を笑えるのか?

ジブントォは、官僚任せの政治を謳歌してきたツケが一気に押し寄せてきた。
ジブントォは、無責任悪徳官僚の不正の連鎖で、政権を打倒されようとしている!
でも、その事実に、誰も気づいていない!ここがジブントォの無能なところだ!

実は、日本が壊され潰されているのである!この先に待ち受けるのは「塗炭の苦しみ」である。それのみが市井の市民に襲いかかるのである。

代わるミンチトォも、その本質においてジブントォと何ら変わるところがない。
マスゴミは、いずれでもよいのである。選挙報道で「テレビ」の「視聴率」が稼げ、「新聞」が「売れる」とよいだけである。

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