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2009/07/20

宇宙ステーション実験棟「きぼう」完成!日本の宇宙開発技術の進化を考える

第二次世界大戦後、連合国に翼を取り上げられた「日本の航空宇宙技術」。
聞かされた伝説によると、糸川先生が細々とした研究と実験で、全ての技術を失う事がないように「ペンシルロケット」で地道な努力を重ねていたと、教えられたのでそのように考えている。

一方、木村先生が、その後の国産航空機「YS-11」に繋がる、研究開発と基盤技術の流出防止に取り組んでこられたとか。

あるいは、新幹線技術の素になる基盤技術の研究維持は国鉄技師の島先生が、その地道な研究で維持されたとか、いくつかの伝説を聞かされてきた。

いつの頃だったか、日本もそのうち「宇宙ロケット」を打ち上げる日が来るのだと、ユメみたいなハナシを聞かされ、
「ヘェ~、そんな日が来るのか?!」と、とってもとっても貧乏だった日本で、
「オトナは、ユメみたいな、ウソ八百を並べても生きていけるのか」ととても懐疑的だった。

そのうち、あの伝説の「日本万国博覧会(EXPO'70)」が、大阪は千里丘陵で開催され7000万人のヒトが押し寄せたとか押し寄せなかったとか、日本が燃えていた頃、ナンと米国は「アポロ計画」を着実に実行し、ヒトを月面着陸させ、宇宙船を率いたアームストロング船長が「月の石」を持ち帰り、千里丘陵に構築した巨大な米国館に展示した。
「見せてやるぞ!見たければ、そこへ並べ!」と、
日本人は、延々、長蛇の列を毎日まいにち繰り広げ、握り拳ほどにしか見えない「月の石」をありがたく観賞させて貰うために、真夏の炎天下で5時間近く行列をしていたという。
(全くバカげたハナシだ!)

ロシア(当時のソ連邦)は、人類初の宇宙飛行士「ガガーリン少佐」を送り出し、「地球は青かった」との言葉を全世界へ流布し、ソ連邦の技術水準を自慢気に誇っていた。

宇宙開発では、この先進二ヵ国と日本との差は巨大な開きであった。
幼稚園児でも球技もできるかな? というのに比べ、先を行く「米・ソ」二ヵ国は、あらゆる点で体格からしても技能からしても眩しいまでの「プロ中のプロ」であった。

そんな日本も、1970年代も終わりに近づいた頃、自前のロケット、今の「H2」に至る「H型」を使い、宇宙空間への挑戦を果敢に続けるまでに「宇宙開発技術」を進化させてきた。
何度か挑戦し、何度か失敗を繰り広げながら、学習効果を高め、21世紀に入る頃には、自力で一定の宇宙衛星を浮かべるまでの存在になった。
最も一般的に知られた観測衛星「ひまわり」のお陰で、テレビで観測画面を見る事ができるようになってから、天気の変化を市井の市民も間違いなく判断できるようになった。

そんなこんなで沸いている隙を突くように、中国は「神舟」と銘打つ「有人宇宙衛星」打ち上げるようになった。
この有人宇宙船へ乗り込んだ「飛行士の宇宙服」開発を担当した李先生の招きを受け、昨年、上海の東華大学大学院へ訪問し、いくつかの学術交流を行った。
普段は、中国の事について、決して高い評価を与えない "とらえもん" も、李先生との話は大いに盛り上がり、個人的には友情も形成される事態を迎えている。
李先生いわく「米国やソ連邦ができる事なら、中国だってできる」と考えていたとの事だった。

吾が方は、生産拠点としての中国市場を販売拠点としての中国市場へ、位置づけを変えたいとの考えを根底に置いたハナシなのだから、「宇宙服開発」とは相容れない点が多いのだが、それはそれで、李先生のハナシは面白かった。

まぁ、そんなハナシはどうでもよくって、
日本は、月探査衛星「かぐや」を打ち上げ、月面の高低差を厳密な測量を行い「月面GIS(地球情報システムの月面版)」とでもいうか、大きな成果を世界へ配信し続けた事を忘れてはならない。
与えられた任務を果たした「かぐや」は、過日、予め予定した月面へ着陸(衝突)する事で、その役割を終えた。

その日本は、米国と組み、NASAの力量による支援を受けつつ、日本人飛行士もスペースシャトルでの宇宙往還を繰り広げ、宇宙技量の高度化に努めたワケだ。

その地道な成果が、この度の「きぼう」に結びついたと考えるべきなのだろう。

若田光一さんは、フロンティア精神に満ちた、しかし冷静沈着な素晴らしい人材のようだ!

どこかお近くの腐りきった狂いきった国の自画自賛主張ではなく、「宇宙空間」の平和的な開発に国際社会が共に手を結び挑戦できる事の素晴らしさを考えるべきである。
その意味からも「きぼう」とは、実に素晴らしい名称だといえる。
日本の技術陣(市井の市民)の地道な努力を称えたい。
そして、「無限空間」の「宇宙空間」に、大きな「きぼう」を持ち続けたい。

引用開始→【きぼう】ついに完成 日本初の有人宇宙施設
(産経MSN 2009.7.19 12:10)

国際宇宙ステーション(ISS)に建設中だった日本実験棟「きぼう」が19日午前(日本時間)、完成した。ISSに滞在している若田光一さん(45)らが最後の構成要素である船外実験施設の設置に成功。構想から四半世紀を経て、日本初の有人宇宙施設の建設が完了した。

若田さんらは18日深夜、米スペースシャトル「エンデバー」から船外実験施設を取り出す作業を開始。ISSとシャトルのロボットアームを使ってバトンリレーのように受け渡しながら、約9時間かけてきぼうの船内実験室の側面に設置した。

19日午前11時半ごろ、宇宙航空研究開発機構(JAXA)筑波宇宙センター(茨城県)からの指令で同施設が無事に起動すると、関係者は拍手をしながら喜び合った。

日本は米国が1984年に提唱した宇宙基地計画に翌年から参加し、きぼうの構想に着手。無重力を利用した科学実験などを行う有人拠点として、開発費や関連費用を含め約7600億円を投じてきた。

建設は3回に分けて行われ、昨年3月に土井隆雄さん(54)が船内保管室、同6月に星出彰彦さん(40)が船内実験室をそれぞれ設置。同8月から実験が始まった。

今回設置した船外施設は「船外実験プラットホーム」と呼ばれ、側面に計10台の装置を付けることができ、真空の宇宙空間にさらした状態で実験や観測を行う。今月23、24日には材料実験やX線観測などの装置を取り付け、早ければ8月中に運用が始まる。←引用終わり
Copyright 2009 The Sankei Shimbun & Sankei Digital

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