民主党・小澤の選挙戦は、想定どおりのシナリオで、東京12区から逃げる!
本当に、オオカミ老年というかトツベン・オザワ、東京12区へ転出しろよ!
騒ぐだけ騒いで、言うだけ言って、話に一貫性も正当性も何もあったモンじゃない!
"とらえもん" が予測し指摘したとおり "想定どおり" じゃないか。
選挙をナメ切ったトツベン・オザワらしいと言やぁ、実にそのとおりだねぇ~!
この一事をしても「民主党」は、甘い・アマイ・あま~~ぃ、大アマちゃんちゃらの集合体だよ!
当初、民主党の代表だったトツベン・オザワはナンと言ったか?
「公明党の太田代表の選挙区、東京12区へ鞍替え出馬し、太田代表と雌雄を決する」と高らかに宣言したのだよ!
それを機に、談合マスゴミの報道を、テメーらに都合よく誘導してさぁ、結局は「民主党」の広報報道っていうか、世論操作っていうか、宣伝材料にしちゃっただけだよ。
つまり「カゼ」を創り出しただけだね。
この程度のオツムに乗せられる、談合マスゴミも「知性」の一欠片もナイ酷い代物だけどね。
それで、右往左往させられてた、自民党もバッカみたいな話だよ。
当の公明党は、「来るなら来い!」って事で身構えてたよね。
でもでも、民主党はトツベン・オザワ、現状を包む空気やカゼは「民主党を利する風」だから、もうビッグマウスのニュースは要らないって事だ。
何よりも、東京都議選、自民党は大惨敗したけれど、公明党は選挙前議席にプラス1なワケだから、「侮れない」って、流石のトツベン・オザワも考えを改めざるを得ない要因になった事だろう。
東京12区で勝てなきゃ、政界引退だからねぇ~!
公明党は、トツベンオザワに良いようにされた事もあるし、積年の恨みもあるから、東京12区へトツベン・オザワが選挙区替えしてきたら「叩き落としてやる!」と手ぐすね引いて待ちかまえてるんだから、永田町の不動産屋コト、流石のトツベン・オザワも腰が退けちゃったって事だよ。
第一、トツベンオザワが得意とするゼネコンやら土木の業界は、いまや、公明党の強力支持母体のオヒト達が主軸を形成しつつある状況もあるワケだしねぇ~!
何よりも、社民党のオムライスより、公明党の方が考え方は近いんだから、決定的にケンカしちゃうと、もう縒りを戻せ無くなっちゃうからねぇ!
そこは計算高いんだよ!トツベン・オザワってぇのはさぁ!
どうでもよい、しかしオザワ・チルドレンを人身御供に、ブッ立てて、当面の茶を濁す途を選んだってワケだよ。
所詮、青木なんてぇのを、使い捨てたところで、正面切ってトツベン・オザワに文句を言って来るようなタマじゃぁないし、適度なお払い箱にもできるから、まぁ「都合の良いオンナ」って事だなぁ!
この程度の野郎が、日本の政治に口を挟み続けている事、そのものが日本の不幸だと考えますね。
トツベン・オザワが、自民党の幹事長をやってた頃、ロクな政策しなかったじゃぁないか?
「談合マスゴミ」は、どうして検証しないんだ?!
日本新党の細川を担ぎ、自民党に代わって政権を担った時、陰でゴソゴソしたあのザマはナンだ?!
醜態を曝しただけで、結局、日本の政治を大混乱に陥れたに過ぎないじゃないか。
その事には、スッカリ「頬被り」しちゃって、都合の悪い事を質問されると、トツベン・オザワは「ダンマリ」を決め込むだけじゃないか。
トツベンオザワは突然「私は貝になります」ってんじゃぁ、周りはやってらんないよ!
都合の悪い事は、徹底的に隠す!これがトツベン・オザワの本質だ!
引用開始→ 大田代表への刺客は青木愛参院議員…東京12区
(2009年07月25日08時15分 / 提供:スポーツ報知)民主党の小沢一郎代表代行(67)は24日午後、都内で記者会見し、公明党の太田昭宏代表(63)の地元・東京12区への自身の国替えを見送り、同党の青木愛参院議員(43)=比例代表=を擁立すると発表した。政権交代の象徴として、散々注目を集めた太田氏の刺客選びだったが、その“正体”はかつてテレビ朝日「トゥナイト2」のリポーターも務めた女性参院議員。衆院選後の連携を見据え、「公明党に気を使った人選」との指摘も出ている。
“3時のあなた”は、青木氏だった。「フジテレビのキャスターらしい」「世田谷の美人区議らしい」などと怪情報が乱れ飛び、迎えた定刻の午後3時。小沢氏に伴われ、北区内の会見場に登場。小沢氏は「東京12区で立候補することに決まりました、参議院議員の青木愛さんです」と紹介。青木氏は緊張した面持ちで「私で役に立つことがあればと決意に至りました」と表明した。
青木氏は2003年の衆院選で初当選。当初から小沢氏に傾倒した“チルドレン”の1人だ。千葉大学出身で、07年の参院選で比例代表で出馬するまでは、千葉12区が地盤。今回の出馬は落下傘となる。
しかし会見では「墨田区生まれ」を強調。北区や足立区の一部からなる新天地を「ここ1、2日、自分なりに歩いてみたが、墨田区と違うという雰囲気は持たなかった」と、やや苦しいながらも「下町つながり」をアピールした。
打診の時期については小沢氏が「この方と思った人は1、2いた」「そんなに前の話ではない」と言葉を濁した。ならばと記者が青木氏に尋ねると、2人は顔を見合わせてヒソヒソ話。
青木氏「日にちの話、していいですか?」
小沢氏「さっきの言った通りでいいじゃん」
青木氏が「17日にお話を伺いまして…」と語り、困ったような笑顔で小沢氏をじっと見つめると、小沢氏も「そうだったかな。いや、いい、いい。オレ忘れちゃったから」と笑顔を見せ、何やら濃厚なムードが漂った。
言葉に詰まり、記者から「それは2人の秘密か」と質問されると、青木氏は「そう言うわけではないんですが」と照れ笑い。ちなみに打診を受けた際「迷わなかった」という。「選挙戦が厳しいのは覚悟の上だ」と青木氏。小沢氏は「当初から私自身の出馬を検討していたが、諸般の状況で、私に代わる、必ず勝利出来る候補者をと探していた」と語った。しかしなぜ国替えを見送ったのか?については「総選挙全般を見渡した判断だ」としか語らなかった。
「太田さんはそんなに強い候補だとは思いません」「公明党と、選挙後に連携することは考えてない」とも。しかし政治アナリストの伊藤惇夫氏は「仮に小沢氏が出たりすれば、公明党との全面対決となり、選挙後の選択肢が1つ減る」と指摘。それなりに知名度がありながら、太田氏相手では未知数の青木氏擁立は「ただのファイティングポーズ」と分析する。
「(比例優遇など)特別なことは考えていない。断固小選挙区で勝つ」と宣言した小沢氏。会見中は何度も「んふふ」と笑い声を上げ、相好を崩していた。
◆青木 愛(あおき・あい)1965年8月18日、東京・墨田区生まれ。43歳。千葉県内で育ち、高校は県立安房高でX JAPANのYOSHIKI、TOSHIと同窓。千葉大教育学部から同大大学院へ。シンガー・ソングライターやテレビリポーター、保育士などを経て、2003年、千葉12区から衆院選出馬。比例南関東ブロックで当選。05年は落選。07年参院選は比例代表で当選。←引用終わり
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