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2009/08/08

死去したマクナマラ(元・米国国防長官)とベトナム

ロバート・マクナマラ氏が逝去したとの報道に際し、「コラコラコラム」の主宰者である "とらえもん" は、何らかの見解を述べるべきかについて躊躇した。
しかしながら、ベトナムが殊更なにも表しない事を受け止め、「コラコラコラム」も別段取り立てて何かを述べる事はしないまま過ごしてきた。

"とらえもん" の立場を振り返ると、実際には「何もない事はない」のである。
しかし、当事者のベトナムが殊更なにかを述べるワケでもないなら、それはそれで仕方がないか?であった。
引用記事にも触れられているが、ベトナム政府の立場は「安らかに眠ることを祈る」(外務省報道官)のようだ。
このコメントを述べたのが、誰か、およそ理解する "とらえもん" としては、それでよいのかな、とする立場だ。

しかし、産経の紙面で、旧知のジャーナリスト鈴木真さんがトピックとして扱い、署名入りで報じた興味深い内容を読み、少しだけ、"とらえもん" の所感を述べておきたい。

ベトナムの民族解放戦争を日本で受け止め、その戦線に連帯する途を選んだ一人の者として、国としての戦争指揮官であったロバート・マクナマラは「許容しがたい『敵』であった」。完璧にその身の安全を守られた立場から、民族自決権に基づく民族解放闘争を国際戦争に吊り上げ不条理な闘いを強制し続けた事は断じて許容できるモノではない。
ベトナムの前線で長く指揮を執ったウエストモーランド司令官と共に、「人として」基本的に許せない、許す事のできない対象である。

何よりも、マクナマラの戦争は、「人類が恒久的に保持する基本的生存権を否定する」事への挑戦だったと捉え位置付けている。
米国は、「自由・平等・博愛」を掲げるフランスとも「独立戦争」を闘い「自由と独立と人権」を勝ち取り「アメリカ合衆国」を打ち立てた。
その、フランスとアメリカは、ベトナムが求める「独立・自由・幸福」を全否定し、ジェノサイド(皆殺し)と呼ばれる「ベトナム戦争」を強いたのである。

裸足で闘う者に対し、絨毯爆撃と呼ばれる空からの戦略爆撃を繰り広げると共に、肥沃なジャングルへ枯れ葉剤を徹底散布したのである。
これにより、ベトナムの側で凡そ300万人の尊い生命が無惨にも失われたのである。
ベトナムの地で、使用されなかったのは「核兵器」だけである。

ついでに言えば、日本の高度経済成長は、戦争に勢力を取られた米国の生産力を補う方法、つまり「ベトナムの(戦争)犠牲」により成し遂げたと言っても過言ではないのである。

1975年4月30日に、ベトナムでの「熱い戦争」は幕を降ろしたが、その日から1994年2月まで、米国主導の「経済制裁」という「冷たい戦争」を強制されたのである。

ベトナムが、ほぼ正常な形で国際社会へ復帰したのは、どちらかといえば1995年以降である。その2年後には「アジア通貨危機」がベトナムにも間接的に襲いかかってきた。
ベトナムが、国家として人民の生活として、これらを基本的に克服し何とか「独立・自由・幸福」を実感できるようになる出発点は、10年前といっても過言ではない。

未来を指向するベトナムの立場では、この間にベトナムを襲い続けた数々の困難は「想い出したくもない」事柄であると考える。
あるいは「過去に拘り続けても『未来』は拓かれない」と考える立場もある。
現在の「越米関係」は、基本的にはスムースで安定した相互信頼に支えられている。

現在は、1975年4月30日以降、難民としてベトナムの地を捨て、米国での生活を強要された「在米ベトナム人(難民)」に対する、ベトナム政府の政策転換を受け、自由に帰国し自由に投資し、難民達の母国ベトナムの国家形成へ、恩讐を超えた良い関係が形成されつつある。
何よりも「ベトナム人は、世界のどの国に住もうと "ベトナム人" である事実に変わりはない」とする思考の下に、「ベトナム以外の国籍を持つ『ベトナム人』に、"ベトナム社会主義共和国国籍" の取得を認める政策へ転換」した事実は何よりも重い。

それでも、ベトナムの戦場とは遠く離れた日本で、ベトナムの民族解放闘争に連帯し支援する側に立ち位置を得た一人の者として、ロバート・マクナマラは受け入れ難い「強力な敵」であった。
従って、マクナマラの死を耳にし、一つの時代が完全に幕を降ろした事を認識した。

「独立・自由・幸福」を追究し実現を目指す、ベトナムの政策に連帯し、できる事を応援しようと改めて決意している。

引用開始→ マクナマラ氏死去、ベトナムの「沈黙」の裏にあるもの
(産経MSN 2009.8.6 22:24)

Amr0908062226010n1sankei死去したロバート・マクナマラ氏(2005年5月撮影)

米国のケネディ、ジョンソン両政権で国防長官を務めたマクナマラ氏が先月、死去した。フォード社長、世界銀行総裁なども歴任したが、この人が歴史に名を残したのは何と言ってもベトナム戦争の遂行者としてだった。しかし、当のベトナムは奇妙なことに旧敵の死にほとんど沈黙を貫いた。

ベトナム戦争は「マクナマラの戦争」と言われた。本人もそれを容認し、「勝つために、できることはすべてする」と豪語した。冷徹な頭脳による分析力と理解力には定評があった。敵の死者数と爆弾の投下量などに基づく「科学的手法」で情勢を判断し、戦争拡大政策を推進した。

しかし米軍の増派と北ベトナム爆撃の強化にもかかわらず、戦況は好転しなかった。戦争の泥沼化とともに米国内では反戦運動が激化した。マクナマラ氏の息子も参加者の一人だった。自室には「敵」の解放戦線の旗を飾り、父とは何年も口を利かなかったという。

当初の氏の自信は疑問に変わっていく。政治解決重視への政策転換を試みたが果たせず、在任7年後の1968年に国防長官を辞した。その後はベトナムについて沈黙を貫き、95年に出版した回想録の中で初めて自らと米国の「ひどい過ち」を公に認めた。

氏の死去を受けて米メディアにはさまざまなマクナマラ論があふれた。あるものは「もっと早く疑問を公にし、政策転換を促していれば犠牲を減らせたはずだ」と長い沈黙を告発した。一方で、遅れたとはいえ自ら過ちを告白した勇気を評価する声もあった。

対照的だったのは相手のベトナム側である。筆者の知る限り、公式の反応は外国通信社の求めに応じて出した外務省報道官の談話だけだった。「安らかに眠ることを祈る」。英語でわずか5語である。共産党の統制下にあるメディアにも、論評や寄稿などは見かけなかった。米国との間で余計な波風を立てたくないという共産党の判断だろう。

ベトナム側のおそらく唯一の論評を掲載したのは米ニューズウイーク誌である。戦争中、外務省米国局で情報分析を担当したという筆者は寄稿の中で「マクナマラ氏にあまり怒りは感じない。(中略)戦争の遂行が氏の職務だった」と理解を示し、過去に拘泥しない姿勢を強調している。

ホーチミン市の国際空港から市内に入る幹線道路には戦争中、マクナマラ氏暗殺未遂の罪で処刑された解放戦線工作員の名前が付いている。しかし、同じ市内の戦争証跡博物館を2年前に訪れた際に目にしたのは「ひどい過ち」を告白した氏の回想録である。悔い改めた氏をベトナムは評価する。氏は95年に訪越し、抗米戦を指導したボー・グエン・ザップ将軍に面会したが、敵意の無さに驚いたと氏は後で語っている。

ベトナムの寛容な姿勢はマクナマラ氏だけに限らない。米国の戦争責任の厳しい追及をベトナムは避けてきた。戦後復興のためには国交正常化を優先させる必要があったという事情がある。抑制した対応は中国、フランス、日本と繰り返し外国の支配を受けてきた歴史に由来するという見方もある。

しかし、抗米戦でベトナムは300万人以上ものおびただしい犠牲者を出した。国民の間には「寛容」や「未来志向」だけではくくりきれないさまざまな思いが米国やマクナマラ氏に対し、あるはずだ。

思いだすのは94年2月に米国が対越経済制裁を解除した際のハノイでの経験である。戦後20年近く続いたベトナム敵視政策の大転換とあって、公式の反応は歓迎一色だった。庶民の感想を知ろうと街中で何人かに話を聞いたが、その中に戦死した2人の息子を持つ72歳の老父がいた。2人は遺骨さえ見つかっていないという。口から出たのは「子を殺された親の気持ちがわかるか。アメリカ人を憎み続けてやる」という涙声だった。

南北ベトナムを隔てた軍事境界線はかつてマクナマラ・ラインと呼ばれた。氏が死去した日とその2日前にはこの線の南北で不発弾の暴発事故があり、計6人が命を落とした。不発弾や地雷による戦後の犠牲者は42000人にのぼるという。枯れ葉剤の被害も深刻だ。「マクナマラの戦争」はまだ終わっていない。

マクナマラ氏は晩年、自らの反省を踏まえてあの戦争の実相を客観的に見つめ直そうとベトナム側との対話に取り組んだ。沈黙や建前の裏に、自分に対するどんな思いがベトナム側に隠れているのか。氏自身もそれを知りたかったに違いない。(在バンコク・ジャーナリスト 鈴木真)←引用終わり
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