大型開発事業では、八ッ場ダムに限らず「建設も中止も」対象の地域住民は、いつも無視される!
こんな無茶苦茶なハナシはない。
民主党が掲げるマニフェスト(政権公約)にも一理ある。
しかし、そのマニフェストは、対象地(この場合は「八ッ場ダム」地域の住民)との話し合いを経た上で採択したのかどうか?
ここが最大の問題ではないか?
「民主党」を支持し、投票した人達は、「八ッ場ダム」についてどこまでの理解があったのだろう?
何よりも、それを自らの問題として捉えていたのだろうか?
税金の無駄使いは厳に止めて貰いたい。
それを放置できない事は誰の目にも明らかだ。
しかし、その決定過程で「対象地の住民」との話し合いや意志は反映される事がないのである。
国土交通大臣が、現地へ足を運び、「詫び」るからと言って、それで物事の本質が根源から解決されるワケではない。
「成田空港建設」も同じ事ではなかったか?
ある日突然、、国(政府)が三里塚に国際空港を建設すると言って「強制的に土地収用」を始めた事で多くの血が流された。
「長良川の可動堰」という、いまひとつ意味を理解しかねる案件もあった。
何よりも、
「有明海」に面した諫早湾を干拓すると、突然決定し、農地にするのだと「意を尽くさず」に事業を強行したあの姿勢と、完成時に報じられた映像は国民全体が共有している。
だから、「八ッ場ダム」の建設では、50年の歳月をかけて意を尽くしたというのが、建設決定から今日まで膨大な時間を費やす原因になったとも言われている。
その間に、首都圏の「水需要」が根本的に変化した事もあり、「八ッ場ダム」は無駄な大型公共事業の象徴のように扱われ、扱き下ろされ続けたワケで、そして「巨大ダム建設」を敵視する勢力(民主党の一部+田中康夫)により、民主党のマニフェストで「八ッ場ダムの建設中止」が掲げられたワケである。
この間、民主党で「八ッ場ダム建設中止」を主張する関係者は、対象地(地元)の直接関係者とどこまで話をし共感し合っていたのか、実に不思議な事情が透けて見え始めている。
①何事も議論するには「事実の確認」が先決だろう。
②その上で「問題の所在/問題点の整理」が求められるだろう。
③それらを経て「解決への処方箋」が平板に議論されるべきだろう。
しかしながら、民主党で「八ッ場ダム」の中止を主張する議員が、どこまで対象地域へ入り込み関係の住民と「事実の確認」を行ったのかどうか、甚だ疑問な実態が浮かび上がりつつある。
ヌクヌクと、東京で「抽象的に書生の議論をした」だけではないのか?
そして、本当に「建設中止を決定」せざるを得ない現実に直面し、大慌てで狼狽しているというのが、「真実の姿」であるように見受ける。
民主党の体質というか本質が透けて見えるなぁ~!
国土交通省に限らず一部の官僚が酷い代物である事は事実だし、その点で反論する事は無い。
もっともっと糾弾しろ!
利権漁り悪徳官僚や売国奴官僚は「縛り首」にしろと「コラコラコラム」は過激に主張したいほど腹立たしいのである。
その点で、民主党が掲げる公共事業の見直しは基本的に賛成である。
しかし、「八ッ場ダム」についての根は深い。
「民主党」は「八ッ場ダム」の建設中止で「現地詳細調査」をしたワケでもなければ、この案件を正しく提起する目的で、現地と首都圏自治体議員の選挙で「政策の争点」にした事もない。あるいは広範な「街頭闘争」を現地と首都圏で問題提起したワケでもない。
永田町の議員会館で涼しい顔して、
「大型公共事業は無駄だな」。
「そうだそうだ!無駄の象徴だ!」。
「差し詰め、『八ッ場ダム』は建設中止だ!」。
というような、実に無責任な流れで議論(雑談)したに過ぎないのではないか?
それを「政権公約」に載せてしまったって事だろう?!
マスゴミが注目して騒ぐから、「困ったな!前原に任せて、『中止』させよう」って流れじゃないか。
だから、任された前原国土交通大臣は、地元の理解を得るまでは「関係法律の執行停止」の措置はとらない、というのがやっとだろうが。
そのうち、4年の月日が流れるのを待つ作戦だろう。
ヒドイ話じゃないか?!
対象地の住民は「政治に弄ばれ」ちゃうワケだから堪らないよ。
「人の血が通う温かい政治」を民主党の政権に期待できるのかどうか?
正念場になろうとしているよね。
長野原町は団結して、再び国と対峙させられ闘う事を強要されるってワケだ。
仮にも民主主義を掲げる国でこんなヒドイ話はあり得ない。
引用開始→ 国交相、八ツ場ダム予定地を視察
(asahi.com 2009年9月23日15時17分)前原誠司国土交通相は23日、民主党のマニフェスト(政権公約)通りに、中止を明言した八ツ場ダムの建設予定地(群馬県長野原町)を視察した。ダム本体の工事に必要な仮排水トンネルに続き、水没する地区の代替地を訪れ、国交省の担当者から説明を受けた。
同相は就任直後に同ダムの建設を中止すると表明。負担金を出している関係自治体や、建設推進の立場の地元住民は中止撤回を要請したが、同相は方針は変わらないとの姿勢で、さらに全国143のダム・導水路事業についても見直す方針を示している。
同日午後には長野原町内で地元住民と意見交換する予定。同相は中止を決定した経緯などについて説明する意向だが、住民側は「中止を白紙に戻さなければ出席しない」と強く反発しており、参加拒否の構えを見せている。
意見交換に先立ち同相は、大沢正明群馬県知事や地元の高山欣也長野原町長、茂木伸一東吾妻町長らと面会。大沢知事らはこの場で改めて中止を撤回するよう求めるとみられる。(時事)←引用終わり
(朝日新聞asahi.com)
引用開始→ 八ッ場ダム中止の問題、他のダム問題とここが違う
(2009年09月23日06時00分 / 提供:PJ)最近連日テレビに出てくる群馬・八ッ場(やんば)ダム中止の問題だが、他のダムの問題と違う点を考える必要がある。地元の住民が中止に反対してるのである。
ダム建設工事は大金が動くので、その恩恵にあやかれる人は賛成する。ダムを造って得するのは、やはりその建設のかかわる建設土木関係の会社とそれらの会社と関係がある政治家だろう。
一方反対するのは、そのダムで家や畑やお店など生活の基盤となる土地を奪われる人たちだ。奪われると言っても、何の補償もなく追い出されるわけではなく、それに十分に見合った補償を受け取り移転する事になるが、この「十分」と言うのは、主に行政側が勝手に決めた「十分」であり、住民側から見れば「不当に安い金額」と言う事もめずらしくない。このように一般的には、工事会社・政治家・行政が賛成、地元住民は反対、と言うのがよくある話だ。
しかし、今回の八ッ場ダムの中止に反対してる人たちは、このような話とはまったく違う。立ち退きの対象になってる地元住民が中止に反対と言ってるのである。なぜそんな事になってるのか。
八ッ場ダムは、ダム本体こそ工事が始まってないが、ダム建設に伴ういろいろな工事がかなり完成に近づいている。重要な事は、既に引っ越して新しい土地で生活をしてる人もいる点である。新しい土地に引っ越した人は、まだ鉄道が山の上の方に通ってないので、電車が来るまでは従来より不便を強いられる。道路も鉄道も近いうちに山の上を通るようになる予定である。
今ダムが中止になっても、もう戻れる土地は工事でなくなってしまい、今では見ても元の場所がどこだかもよくわからなくなってる所もある。山の上に新築住宅を建てたばかりで、いまさら谷(地形的には谷であるが、この谷が長年普通に生活してた普通の場所)に戻る事もできない。戻れる場所はない。
一方まだ引っ越してない人は、ダムが中止になったら、わざわざ住み慣れた土地を離れ、山の上に引っ越す理由はない。無駄な費用をかけてわざわざ今から山の上に新築の家を建てる事はない。
そうすると、谷と山と両方に人々の生活の場がこれからずっと分断されたままの状態になってしまう。地図や空から見れば一見近いように見える所もあるが、かなりの高低差があり、日常生活で何度も行き来するのは現実的ではない。近所相手の商売は、ある程度以上の人口のまとまりがないと、商売として成り立たなくなってしまう。やはり谷か山かどちらかに人が集まらないと社会が成り立たない。
ダム建設をすると儲(もう)かる会社が中止に反対してるのではなく、元は反対だった住民が、「ここまで来てしまったから、やめられたら困る」と言ってるのである。
民主党は「補償する」と言うが、この状況に対してどのような補償をするのだろうか。従来の生活の利便性を、費用をまったく無視して考えるなら、谷と山と両方に鉄道を運行し、両方に道路を整備し、さらに谷と山をつなぐ交通機関(エスカレーター・ケーブルカー)を随所に作らなければならない。当然あり得ない話だろう。
私は無駄なダムは反対だし、今の民主党の考え全般は基本的に支持する。しかし、ここまで工事や引っ越しが進んでしまい、生活の場が分断した状況で、ダムを中止するのはとても支持できない。今から前言を撤回し、中止する事をやめても、その内容をよく説明すれば、誰も「公約違反だ」とは非難しないだろう。むしろ「公約だから」と言って、地元の状況を無視して、名目だけの公約実行を推し進めるようなら、その方がかえって非難される事になる。
何かひとつの事業を目立たせて政権の実行力の象徴にするのはよくある手段だが、そのためにその地の人の生活を犠牲にするような事があれば、それこそ本末転倒である。生活を重視する党ならば、今まさに生活がかかってる人の声を聞いて正しい選択をしてもらいたい。【了】←引用終わり
【PJニュース 2009年9月23日】
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引用開始→ 国交相、八ツ場ダム中止を重ねて表明 地元反発、問題長期化も
(日経NET 2009/09/23. 21:03)前原誠司国土交通相は23日、八ツ場ダム(群馬県)を視察し、事業中止の方針を重ねて表明した。地元自治体の首長は「建設中止をいったん白紙に戻してほしい」(大沢正明群馬県知事)などと反発、予定した住民との意見交換会も開けなかった。国交相は地元の理解を得るまで中止手続きを始めない方針で、八ツ場ダムの問題は長期化する可能性が出てきた。
国交相はダムの建設予定地や住民の移転が進む代替地などを視察した後、知事や高山欣也群馬県長野原町長らと会談した。知事は「中止を表明する前に地元の声に耳を傾けてほしかった」などと国交相を批判。八ツ場ダムを巡って国と自治体との協議機関を設置するように求めた。
国交相は「配慮に欠けていた面が多々あった」などと謝罪したが、中止の方針そのものは堅持する考えを強調。「できるだけダムに頼らない治水・利水対策をやっていきたい」と説明した。中止になった場合は地元住民への新たな補償措置を検討する考えを表明したほか、工事中の道路や橋は完成させる方針も明らかにした。←引用終わり
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コメント
「政策」はバカでも考える事ができますが、「政治」はバカでは担えません。
日本人は、なぜ「成田空港」の建設強行で、あれだけの血が流れ、尊い人命が失われたのかについて、真摯に振り返り反省する事が求められます。
あるいはその反動としての「関西空港」では、血は流れませんでした尊い人命も失われませんでしたが、膨大な「カネ」が流出し続け「瀕死の空港」になっています。
いずれも、国際社会で最も有名な「日本の政策無策」を象徴するテーマとして認識されています。
地元で関係する「住民(市民)」の意志を問うことなく無視し一方的に「全てを決定」し「錦の御旗」を掲げて強引に進める「政策決定」の有り様が問題視され検証されるべきです。
関係の皆さんの「あらゆるモノ」を取り上げ、建設を始める一方で、反対勢力が多数を占めたから「中止」では、論理的で合理的な説明になりません。
何よりも、多数を得たとする勢力は、関係の地元で、直接関わる「自治体議会選挙」、「首長選挙」で正面から「八ッ場ダム」の建設についてその是非を問う事は一度もしなかった。
この点を、重視すべきです。
何となく「政権交代という空気」みたいな状況を創出し、全国で得票し多数を得たから、「八ッ場ダム」は一方的に中止では「政策」かも知れませんが、それは「政治」ではありません。
常に、政治的弱者を一方的に踏みにじる「政治」を許していては世の中の「正義」は消滅してしまいます。
投稿: とらえもん | 2009/09/30 08:38
はじめまして、私は水没地区の両親を持つ(実際には移転済み)者です。
このブログを拝見致しまして、素晴らしい方もいらっしゃるるんだなと感心を致しました。当事者では無いと思いますがここまで勉強をなされ、現況の把握、将来の展望、住民の気持ち等を把握なさっているのは本当に素晴らしいです。
今、話題の事業で賛否両論がありますが、ほとんどの意見は税金の無駄遣いと言うマスメディアの意見を鵜呑みにした、浅はかな連中ばかりです。社会の無駄、矛盾を全て八ツ場ダムだけと捉えているようですが、他にも数多くの事案があるのに理解できない、無能な連中ばかりです。
そんな中で貴方様の記事を拝見させて頂いた時、こう言うきちんと理解をして下さる方もいらっしゃるんだなと思い、投稿させて頂きました。
何だか嬉しいです。ありがとうございました。
投稿: 転出住民 | 2009/09/30 02:18