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2010/05/17

改めてタイ・バンコクの内戦状態について

日本の某社のバンコク駐在勤務に就く友人が帰国した。
時々、現地ではお世話になっている。
東京でビジネス上のお付き合いができ、バンコクへ赴任された後は現地でビジネスネタの情報交換を仰いでいる。
某社のバンコクでのビジネスを強化したいとの事で、日本へ留学していた学生の就職先にと紹介した事で、より一層信頼関係を強めビジネス情報を効果的に交換している。

今回の帰国は、内戦状態の騒擾とは直接的に関係はない。
3月決算に伴う決算役員会に出席するための帰国である。

日曜日の午後を充て、友人とタイの情勢について意見交換してみた。

Thainfl構造的には、タイの支配層(都市中間層を含む)とタイ農村部(被支配階層)の間に生じたある意味での「階級闘争」である。
都市と農村に生じた「膨大な格差」。
都市内に生じている「巨大な格差」。
限りない農村部の疲弊。

新興工業国の経済政策(開発経済の推進)が引き起こした、工業への労働力投入(労働力移動)により農村部は疲弊が進行する。
一方では、都市域内部で生じる労働分配の不均衡。
これらが、1997年にタイを震源にアジア地域を襲った通貨危機以降、この傾向が一層強まった。
タイの輸出産業は、基本的に「組立工業」である。
いわば、「労働の汗」を輸出し「労働の汗」により生活賃金を得る構造だ。
従って、お世辞にも「付加価値生産力」があるとは言えない。
ASEAN全体を見渡しても、ベトナム、カンボジア、ラオスと、タイより低い賃金で「組立工業」を担う国が出てきた。
タイの「組立工業」が優位性を保つためには、「ローエンド製品」から「ハイエンド製品」の組立へシフトアップする程度しかない。
大きな賃金を得るには、「長時間労働」に従事する以外に方法がない。
タイが抱え込んだ膨大な負債は、輸出ドライブをかけ貿易で稼ぎ出し返済する以外の方法はない。
勢い、「(輸出用の)工業生産」に傾斜した政策を採用する以外に方法はない。

しかし輸出産業の本質は「汗の労働」の集大成で「付加価値生産」を伴わない「組立工業」でしかない。
タイの労働力は、農村部から都市域へ移動し「労働の汗」を吸い取られ、農村部は疲弊するばかりである。
一方、都市域内における「格差」も進行し大きくなった。

つまり「社会不安」のというか「社会の安全」を浸食する要素の多くが醸成され続けたのである。

タクシン元首相は、この環境の中で「首相」に選出された人物である。
彼が、推進した政策は、「輸出ドライブを維持」する傍ら、農村部へ開発資金を投入する事で、都市域と農村部の経済を均衡させる方法であった。
この政策は、農村部で歓迎されタクシン元首相は人望を集めた。

しかしながら、政府の予算には限りがあるため、都市域の不満を招く直接原因となった。
とりわけ、バンコクの中間層以上の市民には不人気だった。

やがて、タクシン元首相は海外出張中にクーデターにより首相の座を追われ、亡命の日々を続ける羽目になった。しかしながら、タイ国会の多数を握るタクシン派は後継首相を自派及び有効勢力の中から選び内閣を組織する事で、タクシン派と呼ばれる側に有利な政策を継続させる事に成功した。
これに反対するバンコク首都圏を中心にする中間所得層以上の市民団体は、2008年春から政権打倒の行動に出る。その象徴は11月に始めた国際空港と国内空港の占拠であった。
外国人旅行者を人質に取り、遂にタクシン派の内閣を崩壊させ、現在のアシピットを首班とした内閣を樹立する事に成功した。

バンコクを追い払われたタクシン派は、2009年ASEAN首脳サミット会場へ大規模なデモをかけ会場を占拠し流会に追い込む事で、アシッピット政権の正当性を内外に問う行動に出た。
アシッピット政権は、とりあえず混乱を収拾し内外に対し体面を保つ事に取り組んではみたが、2010年が明けるとともに今回の騒擾というか内戦に繋がるタクシン派の蜂起が始まった。

遂に、「微笑みの国タイ」で「天使の都バンコク」で、流血の事態となり多くの死者を生み出す事態を招いてしまった。

韓国は1970年代後半から1980年代を通じて、新興工業国として現在の国(社会経済体制)を打ち立てるまで、激しい闘争と激しい抵抗を経験し乗り越える過程で多くの恨みと怨念を産み続け、克服し和解を得るまで多大な犠牲を強いられている。

タイは、いま、試練の際に立たされている。知恵を出しタイに相応しい平和的な方法で克服して欲しい。ただただ、それを日本から願っている。

引用開始→ タイ衝突「これはもう戦争」 混乱収拾兆しなく
(毎日新聞 2010年5月16日 東京朝刊)

◇やまぬ銃声、デモ隊「徹底抗戦」
タイの首都バンコク中心部を占拠するタクシン元首相派「反独裁民主戦線」(UDD)と軍・治安部隊は15日も衝突を続けた。占拠解除に向け圧力を強める政府に対し、UDDは徹底抗戦の構えを崩しておらず、止まらぬ流血の事態に住民からは「これはもう戦争だ」との声も。政府とUDDの対立に加え、UDD内部でも路線対立が深刻化しており、混乱収拾の見通しは全く立っていない。【バンコク西尾英之】

バンコクを東西に貫く幹線道路「ラマ4世通り」。15日午前、UDDの放火で炎上するゴミ収集車をカメラで撮影しようと踏み出した途端、「パーン」という乾いた銃声が響いた。

現場は数百メートルの距離を置いてにらみ合う軍とUDDのほぼ中間地点で、兵士が記者に向かって威嚇発砲したようだ。「通りに人影があると撃ってくる。これはもう戦争だ」。付近のアパートに住む男性は表情をひきつらせて話した。都心部を走る地下鉄や高架鉄道も全面運休に追い込まれた。

軍がUDD占拠地域の包囲を開始した13日以降、衝突はこれで3日連続となる。投石や火炎瓶などで攻撃するUDDに対し、軍は実弾で応戦しているとみられ、UDD側に多数の死傷者が出ている。

AFP通信によると、付近にある日本大使館は14日夜、激しい衝突で職員が外出できず、タイ外務省に救援を要請。兵士の護衛を受けて、大使館から脱出したという。

衝突のほとんどは占拠地域を包囲する約3キロ四方の軍の封鎖線の外側付近で起きている。外部から占拠地域に入ろうとするUDDの市民を軍が制止。これに対し、占拠地域から応援に駆けつけたUDDの自警団員らが加わり、激しい市街戦の様相を呈している。

一方、伊勢丹デパートなどがある都心部繁華街の占拠地域中心部は、緊張感は増しているものの、比較的平穏な状態を保っている。

幹部らが演説するステージ周辺に設置されたテント内には、女性グループや家族連れが目立つ。政府は軍の実力行使で女性や高齢者などに死傷者が出る事態を恐れ、「(武器を持った)テロリストグループに、人間の盾として利用される恐れがある」と携帯電話の電子メールなどで退去するよう呼びかけてきた。

しかし、既に2週間近く占拠地域内で寝泊まりしているという女性(44)は「軍が来ても怖くない。政府が(下院早期解散などの)要求をのむまで家には帰らない」と強調した。

◇タクシン派、内部で対立も 和解案白紙、強硬派主導権握る
タイ情勢は、アピシット首相が今月3日、事態収拾に向けた和解案を提示し、正常化への期待が高まったが、再び流血の事態に逆戻りした。背景には、UDD内の「路線対立」がある。

UDD穏健派のウィーラ議長は、「11月14日の総選挙実施」を含む和解案の受け入れを決め、政府側と水面下の交渉で「10日夕までの占拠解除」でいったん合意した。これをひっくり返した中心人物が、13日夜に何者かに銃撃されたタクシン派内の最過激派、カティヤ陸軍少将(停職中)だ。少将はUDDから「破門」状態にあるが、今も強い影響力を保持しており、「政府と交渉したUDD現指導部に対し、タクシン氏が不信感を抱き、新指導部の発足を指示した」などと内部で揺さぶりをかけた。

UDD強硬派が占拠解除に反対するのは、テロ容疑などで逮捕状が出ている自分たちの身柄の扱いについて、政府から刑事免責などの保証を得たいとの思惑からとの見方が強い。

UDDは幹部会議を開いて連日協議したが、10日を過ぎても結論を出せず、政府は「占拠解除の合意が守られなかった」として和解案を白紙に戻した。

ウィーラ氏は強硬派を抑えられなかった責任を取り議長を辞任したとされ、この数日、占拠地域に姿を見せていない。UDDは事実上、強硬派が主導権を握った形で、政府との話し合いによる解決は困難になったとみられる。一方、後ろ盾のカティヤ少将が銃撃で意識不明となったことで、強硬派の立場が微妙になったとの見方もあり、UDDの今後の動きは不透明感を増している。

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最近のバンコク情勢

◇3月
12日    反独裁民主戦線(UDD)がデモを開始

14日    UDDが10万人規模の集会、政府に下院即時解散を要求

15日    アピシット首相が解散要求を拒否

28、29日 政府とUDDの直接交渉が決裂

◇4月
 3日 UDDが都心部を占拠

 7日 政府が首都圏に非常事態宣言

10日 軍とUDDが衝突し、日本人カメラマンら25人が死亡、800人以上が負傷

22日 占拠地域に砲弾、1人死亡

28日 衝突で兵士1人死亡

◇5月
 3日 首相が事態収拾に向け和解案と11月総選挙実施を表明

13日 占拠を続けるUDDに対し、首相が11月総選挙を撤回。タクシン派のカティヤ少将が銃撃される。衝突で1人死亡

14日 衝突で16人死亡 ←引用終わり
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