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2010/07/11

駅の燕と庭の鶯

ネタ切れというワケではないけど、たまには「閑話休題」ってことにして、まずは例年触れてきた郊外駅に巣を作った燕の話だ。

実は、この夏も5月1日に駅の巣に燕が帰ってきた(のに気がついた)。

しばらく、巣を確かめ「巣ごもり」していたのだが、狭いのかどうかよく分からないまま、巣を放棄したようで、近くにもっと確かな巣を見つけたのか作ったのか、舞飛ぶ姿は目にしても「駅の巣」には定着しなかった。
従って、「雛」を見る事ができない状態のまま、7月も10日を過ぎてしまった。

隣の駅の巣には、例年どおり燕が居着き「営巣」しているようだ。一度見に出かけようと思う。
今年は、駅の近隣に残された僅かな水田の田植えも1週間~10日遅れだったように記憶している。
最初は、遂に今年は「耕作放棄」かなと思ったのだが、6月末にいきなり「水」が満たされ、翌日にはしっかり苗が植えられていた。

少し、田植えが遅かったように思う。
燕には堪えた事だろう。

いずれにしても、燕が飛び交う姿はよいモノだ。

次の、話のテーマは「燕」から「鶯」だ。
「鶯」は、「梅に鶯」って言われるように、「鶯」と言えば「春」という印象が強い。
今年も、「鶯」が初めて庭の木の枝に姿を見せたのは、月暦の正月も明けた2月の終わりだったと記憶する。

以後、何度も立ち寄る「鶯」が届けてくれる「ホォー、ホケキョ」という鳴き声に心和まされ春を愛でた。
昨日、その「鶯」が庭の木の枝で遊び長い時間いた「ホォー、ホケキョ」と鳴きながら。見ると二羽いた。カップルなのだろうか。
木々の緑に映える「夏の鶯」もなかなかだった。
「ホォー、ホケキョ」と夏に聞くのも、それはそれで味わい深い趣があった。

都心で、毎日まいにち「けたたましく喧しい」だけの「ウグイス嬢」の大音声に辟易させられていた側としては、自然の恵みともいえる「夏の庭で聞く『鶯』の鳴き声」は一服の清涼剤だった。

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