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2011/08/16

きょうの京都は「大文字」五山の送り火 心を込めて静かに「お祈り」を

被災地、陸前高田の松を「大文字」の送り火で燃やすか、いや燃やさないか、外野は随分と喧しかった。

「送り火」があるからには「迎え火」もあるワケだが、こちらの方は地味なため話題にもならず、16日に執り行われる五山の「送り火」だけが注目を集めている。
特に、今年の「送り火」は、東日本大震災の被災地の一つ「陸前高田」の被災松を燃やすかどうかで大揺れに揺れた。

最初に企案した人があり、働きかけた人があり、賛同した人があり、実現に向けて動いた人があり、という状況だったと思う。

しかし、どこかで「被災地の松」は「危険」と、異議を唱える人があり、それを聞き話を拡げた人があり、反対表明をする人があり、反対行動を採る人があり、反対圧力をかける人があり、遂に「無念断念」に立ち至り、
大文字保存会と京都市は「受け入れ中止」を表明する事になった。

それを聞いた推進希望者の人は、怒り沸騰で、受け入れ推進を様々な方法で強く求める動きに出た。

大文字保存会と京都市は、再び「受け入れ」を表明する仕儀となった。
そして、届けられた陸前高田の被災松にセシウムが付着していたとの事で、もう一度「受け入れ断念」を表明する事に。

この結果、「百家争鳴」に立ち至った事はまことに残念だ。
全ては、「協議不足」、「準備不足」、「功を焦った」結果と考えている。
それ振り返ることなく、大文字保存会に対し一方的に責任転嫁したように見受ける。
アイデアは良かったが、「協議不足」、「準備不足」であった事が混乱を大きくしたのではないか。
一方的に「大文字保存会」へ全責任をなすりつけるかのような世論の喚起が生じた事は、本当に慚愧に堪えない乱暴な話だと考える。

アイデアの良さだけを頼りに「協議不足」「準備不足」を検証もせず突っ走った事が、本来は静かな「送り火」の行事が、「被災地を思う心」と「過度に放射性物質を恐れる心」が、正面からぶつかり合う展開となり、実に騒がしい事へ陥れてしまった。
とても残念で悲しい思いがしてならない。

しかし、京都の冷静な知恵が働いたというか、冷静な知恵を働かせたというか、被災地の願いを届ける形に知恵をまとめたというべきだろうか、それなりの方法を見出した事を評価したい。
そして、きょう16日の夜半に、静かな「送り火」の行事として、伝統的な方法で執り行われる事をただただ希望している。

本当に、「五山の送り火」を静かに見守りたい。
送り火が終わると、京都には秋が訪れる。

引用開始→ 被災地マツのメッセージ、護摩木に書き写し 大文字保存会
【 京都新聞 2011年08月15日 15時30分 】

大文字保存会(京都市左京区)は14日までに、当初の受け入れ計画を中止した岩手県陸前高田市のマツ約350本に書かれていたメッセージを、約千本の護摩木に書き写す作業を終えた。16日夜の送り火で燃やす。

マツは8日夜に「迎え火」として燃やされた。保存会の松原公太郎理事長が現地で燃やす前に写真撮影し、若手を中心に会員らが書き写した。

府内産の護摩木には「パパへ♡いつまでも三人一緒だよ」「父さん母さんもっと親孝行したかったよ」などの思いが記された。「復興の灯火燃やす京の夏」と詠んだものもあった。

14日には、陸前高田市で計画に協力した鈴木繁治さん(66)から保存会に野菜が届いた。お礼の電話に「みなさんで食べてください」と答えていたという。松原理事長は「しっかりたくことで、一部だが約束を果たしたい」と話した。無病息災を願い家で飾る消し炭を陸前高田へ届けることも検討している。←引用終わり
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