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2011/09/13

米国社会は、9・11の追悼式典で気高く誇り高かった杉山太一君を、忘れないだろう

13歳の杉山太一君に大役が廻された。
13歳の杉山太一君はその大役を恙無く終えた。
見事だったと手放しで褒め称えたい。

NYCの市民は、杉山太一君を忘れないだろう。
米国の社会は、杉山太一君を忘れないだろう。

仮に、失念したヒトがいても、2001.9・11で父を失い、
2011.9・11の追悼式典で、犠牲者の名を読み上げた一人の少年である事を話すと、普通の米国市民は記憶が鮮明になり、失念していたことを真摯に詫びる事だろう。

"とらえもん" は、杉山太一君に感動している。
岳父の陽一さんを失った事を知ったのは、おそらく3歳である。
固定的な記憶が始まる頃であったろう。
楽しい人生が始まる頃であったろう。

父と母に囲まれ、NYCの近く、市内か、近い州内か、ハドソン川の対岸ニュージャージーかで、幸せに包まれた生活をおくっていた事だろう。
ある日、2001年9月11日にナンの理由もなく、WTCビルで勤務していた父を失った。
定かな事情を正確に理解する前に、岳父は太一君の元へ元気な姿で戻る事はなかった。

家族の愛情に包まれ育てられた杉山太一君が、10年後にグランドゼロでの追悼式典で主要な役割を気高く終えた。
静かに「涙の拍手」を贈りたい。

米国社会は決して杉山太一君を忘れないだろう。
NYCの市民は決して杉山太一君を忘れないだろう。

杉山太一君が、岳父の残された「人生」を成功裏に実現される日を温かく見守りたい。

引用開始→ 米同時多発テロ:13歳・杉山太一さん、犠牲者名読み上げ
(毎日新聞 2011年9月12日 東京夕刊)

「9・11」追悼式典 ◇亡父へ「ブーチャ、今までありがとう」 そして「今こそ頑張ろう日本」

【ニューヨーク共同】米ニューヨークの世界貿易センタービル跡地(グラウンド・ゼロ)で11日開かれた米同時多発テロ10年の追悼式典で、銀行員だった父親、杉山陽一さん(当時34歳)を亡くした太一さん(13)=中学2年=が遺族として犠牲者の名前を読み上げる一人に加わった。太一さんは壇上で亡父に「今までありがとうございました」と日本語で話しかけ「そして今こそ頑張ろう日本」と付け加えた。

犠牲者名の読み上げは遺族ら334人が2人1組で行った。太一さんはきょうだいを亡くしたジェラルド・サリバンさんと壇上に上がり、犠牲者18人の名を2人で交互に読み上げたのに続き、最後に父、陽一さんの名を呼んだ。

登壇者はそれぞれ自分の読み上げを終えると壇上から一言話すことになっており、太一さんは父をそう呼んでいたという「ブーチャ」というあだ名で呼び掛け「今までありがとうございました。そしてこれからもよろしく」と言って少し空を見た。「頑張ろう日本」に続き、最後に英語で「日本のため祈って」と聴衆に言うと、かすかなどよめきが起きた。←引用終わり
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