« 「大津 中2自死事件」大津警察署も世論に叩かれ、告訴状を受理 | トップページ | 鳩山由紀夫、毀れているぞ「原発反対」首相官邸包囲デモに ノォ~テンキ参加したとか »

2012/07/19

「原発擁護」は非国民か? 産経抄 の指摘は当を得ている

日本は、少しばかり、冷静さを欠いているのではないか?
「脱原発」は「反原発」に変わり、「容原発」とでも言えば、袋叩きに遭う。
これは、いささかオカシイと思わないのだろうか。
いまや「反原発」とさえ口にすれば、時のヒトである。

一方的である!
独善的である!
抑圧的である!
自由な民主主義を唱える側が、自由な民主主義に基づく発言を許さない。認めない。
これってオカシイのではないか。

この無茶苦茶な「空気」、無茶苦茶な「論理のドグマ」、これを不思議に思わない。

その昔、
「鬼畜英米」
「欲しがりません勝つまでは」
「一億、火の玉」
「一億、総玉砕」
こんな、スローガンを主張し、太平洋戦争(第二次世界大戦)を遂行し、国家と国民の生活を破壊し、塗炭の苦しみを与えたのは、得体の知れない「空気」だった。

その反省を胸に、日本は、戦後民主主義という、これまた理解不能な点が多い制度を形成し、その下で「自由な言論」を曲がり形にも保障してきた。
この下でも、過剰ともいえる「言葉狩り」もあった。
しかし、それなりに「自由な言論空間や表現の自由」を共有し合えた。

だが、「原発」についてはどうだ!?
全く「容原発」の側に立つ発言は許されない状況じゃないか。
「言葉狩り」ではなく「思考狩り」が罷り通り、ウッカリ「容原発」発言でもしようものなら、取り囲まれ激しく詰め寄られ糾弾される羽目に合う。

先日も、とある街中で「ガレキ処理の受け容れ反対!」を主張する団体の署名活動に遭遇した。関わり合いになりたくなかったので、避けて通過しようとしたのだが、多勢に無勢というか、署名簿を持つ人物が前に立ちはだかり、署名を強要した。
「署名する考えは毛頭ない」とし、「急いでいるので前を空けて貰いたい」と言った。
そしたら
「ガレキ処理の受け容れに賛成なのか」ときた。
「賛成である」と答えたところ、
「ここに、ガレキ処理受け容れ賛成のヒトがいる」と大声で周りへ知らせた。
すると、如何にものヒトたちが、
「ナンでなの?」と取り囲み始めた。
「道路上の署名活動は、一定の許可条件で成立している。『自らの主張に賛成か反対か』の別なく、通行を妨害してはならない」と諭した。
それには怯んだようだが、しつこく付いてきた。
「賛成なのですか」と言いながら。

気の弱いヒトなら、押し切られてしまう事だろう。
そんな状況も「空気」を形成している。

暴力的なファシズムに支配された社会と同じではないか。
全ての日本人は、この現実に、一人ひとりが冷静に向き合わなければならない。
異なる意見を圧殺するのではなく、平板な条件の下で「同じように議論」する場を保障しなければならない。
いつから、ここまでヒステリックなまでに余裕のない社会というか「空気」を創り出したのか?

しかも、「反原発」を過剰なまでに主張する側は、戦後民主主義が産み出した「空気」で育てられた「民主派」のハズである。
それが「反対の立場の意見を一切認めない」というのは、彼らが擁護してきた「戦後民主主義」というものが、どの程度のモノだったかを顕している。

引用開始→「小さな声」でも、原発擁護を口にすれば…
(産経MSN 2012.7.19 03:05 [産経抄])

〈原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた〉〈原子力は魔女ではないが彼女とは疲れる(運命とたたかふみたいに)〉。歌人の岡井隆さんが、「3・11」の後、原発事故について詠んだ作品だ。

▼岡井さんは、反原発を主張する東京新聞に「けさのことば」という連載を持つ。今年2月、その東京新聞のインタビューに、元医師でもある岡井さんは、「ぼくは原子力容認派」と答えていた。勇気ある発言に驚いたものだ。

▼「日本中の新聞で原発擁護を書いたのは岡井さん一人。袋だたきに遭いますよ」と周りから言われるそうだ。歌壇の大御所でさえ、このありさまである。まして、電力会社の社員に、発言の自由はないらしい。将来のエネルギー政策に関して、国民からの意見を聴取する会に、東北電力の幹部や中部電力の関係者が発言者として出席していたことに、批判が広がっている。

▼「個人的な意見として、原発をなくせば経済や消費が落ち込み、日本が衰退する」「(福島第1原発事故では)放射能の直接的な影響で亡くなった人は一人もいない」。小欄にはもっともな意見に聞こえるが、会場は騒然となり、テレビのコメンテーターは「信じられない」と罵(ののし)っていた。政府は今後、電力関係者を排除するという。

▼16日に東京都渋谷区の代々木公園で開かれた「さようなら原発10万人集会」は、主催者発表で約17万人、警視庁によれば約7万5千人と、大変なにぎわいだったらしい。作家の落合恵子さんは、「今日ここに来ているのが、国民であり市民」と言い切った。

▼「小さな声」でも、原発擁護を口にすれば国民とは認められない。そんな日が来るとしたら、放射能より恐ろしい。←引用終わり
© 2012 The Sankei Shimbun & Sankei Digital

|

« 「大津 中2自死事件」大津警察署も世論に叩かれ、告訴状を受理 | トップページ | 鳩山由紀夫、毀れているぞ「原発反対」首相官邸包囲デモに ノォ~テンキ参加したとか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「大津 中2自死事件」大津警察署も世論に叩かれ、告訴状を受理 | トップページ | 鳩山由紀夫、毀れているぞ「原発反対」首相官邸包囲デモに ノォ~テンキ参加したとか »