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2013/08/28

藤圭子は伝説の歌姫になるだろう それでイイじゃないか!

藤圭子は薄幸な人生だったという人も居る。
藤圭子は自由に自らの人生を歩み、そして自ら閉じた。

圭子の夢は夜ひらき
圭子の夢は朝とじた  のだった。

波瀾万丈だった、
彗星の如く現れ、停滞して離れ姿を隠し、復帰し、また姿を隠し・・・
時々目にしたポスターも見る事がなくなり・・・

様々な噂が飛び交い、時にスキャンダルになり、世間を騒がせ・・・
それが話題になり、やがて忘れられ・・・

本当に、波瀾万丈の生涯だった。
一人の女が人生を消した。
それは記憶に残る一人の歌姫で、
天性の才能を保つと言われる一人の歌姫の母でもあった。

周囲に人生を弄ばれ、自らが自らの人生を弄び、翻弄され続け・・・

まことに「不思議」に包まれた一人の女が、自ら人生を閉じた。

引用開始→【おまきが行く】歌を忘れた薄幸の歌姫、藤圭子さん「私、夢なんてない…」
(産経MSN2013.08.28)

残暑の日本列島に衝撃を与えた藤圭子さん(享年62)の飛び降り自殺。26日には、娘の宇多田ヒカルが母を苦しめた病気とその闘病、そして母への思いをつづったコメントを公表した。

あのショッキングなニュースを聞いてから、私の脳裏には、デビュー直後の藤さんの記憶が駆け巡っている。

1969年、私は新人アナウンサーで、藤さんはデビュー曲「新宿の女」のキャンペーン中だった。彼女はデビューまもない18歳。黒髪で目に憂いが宿り、日本人形みたいな美しさ。「貧しくて学校にも行けず、難しい話はできません。質問は、デビューまでの話と一番うれしいこと。あまり時間もないので…」と念を押されていた。

きゃしゃで、少し背をかがめ気味の少女は、時々上目遣いで寂しげ。そこに気を引かれたが、それ以上に、歌声にひき付けられた。事前に決められたことだけを話して「後は歌を聞いてください」としか語らず、またお会いしましょうと約束して終わった。

藤さんは時代の寵児(ちょうじ)となり、20歳で前川清と結婚するも1年後に離婚。その直後、広島公演に来た藤さんと再会した。デビュー当時とは別人の、冗舌で、ケラケラと笑いながらズバズバ話す藤さんに、私はぶっ飛んだ。

「デビューの時は薄幸の歌姫がキャッチフレーズ。笑わないこと、話さないこと。暗い。あれはイメージ作り。私の本当の姿はこれですよ」と高笑いしていた。

デビューから10年で引退発表。私も広島の局アナウンサーを辞めてテレビリポーターになった。

再び会えるかと期待したのは、娘のヒカルが衝撃デビューを飾ったとき。しかし、藤さんは表に出てくることはなかった。家族との金銭トラブルなどでメディアに出てくるたびに、歌を忘れたカナリアはどこに羽ばたいていくのだろうかと、気になっていた。

藤さんの人生は、マンションの13階から身を投げて終わった。彼女の言葉を思い出す。「私、夢なんてない。60、70歳まで歌っているはずないし、こう生きようなんて考えたことない。今まで行き当たりばったりの人生。これ変わらない。明日もどうなるか」。その自虐的な言葉が、私の頭の中を走り回る。

「歌手・藤圭子」を捨てたころから、彼女は家族も、大事なものも、すべてを捨ててしまったのか…。

薄幸の歌姫に「天才なの」と自慢された娘・ヒカル。コメントには、心の病を患っていた母に翻弄されながら、悲しい結末ながら自ら選んだ人生の幕引きによってその病から解放されたんだと分かっている娘の心中が垣間見える。娘も、悩み、苦しんできた…。つらく、悲しい母子関係の終焉(しゅうえん)だった。

■武藤まき子 中国放送(広島)アナウンサーを経て、フジテレビ「おはよう!ナイスディ」のリポーターに。現在、フジの『情報プレゼンター とくダネ!』、関西テレビ『ハピくるっ!』に出演中。芸能、歌舞伎、皇室を主に担当する。著書にリポーター人生を綴ったエッセイ『つたえびと』(扶桑社刊)←引用終わり
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引用開始→ 藤圭子さん「もう2000万円くらいしかない」と知人に話していた
(産経MSN2013.08.27)

飛び降りたマンションのベランダには、歌手の藤圭子さんがはいていたはずのスリッパの片方が残されていたという。

「この部屋の主は藤さんの知人である30代男性。この男性とは夜の街で知り合ったようで、部屋からは遺書なども見つかっていない。どうやら突発的な自殺のようだ」(捜査関係者)

突然の死が報じられるまで、藤さんの消息は関係者の間でもとされていた。芸能関係者がいう。

「今年3月、“藤圭子”の名付け親であり『圭子の夢は夜ひらく』など数々の代表曲を作曲した石坂まさを氏が亡くなった。しかし通夜・告別式に藤の姿は最後まで見えなかった。その時、誰も藤と連絡がとれず“一体どこにいるのか”と心配する声も多かった」

最後に藤の動向が世間の話題となったのは2006年ごろ。ちょうどニューヨークのJFK空港での「現金押収事件」が報じられた時期だった。手荷物検査で発見された藤さんの所持金は、なんと約42万ドル。当時のレートで5000万円にも上る大金だった。

藤さんはその年に出演したテレビ番組で「5000万円はカジノで使うためのお金だった」と主張。その頃すでに世界中を旅していてほとんど日本にはおらず、ファーストクラスの航空運賃やホテル滞在費などで「5年間で5億円は使った」とも打ち明けている。

藤さんの娘は、日本が誇る歌姫・宇多田ヒカル(30)である。宇多田はCDや楽曲配信などによって年間10億円を下らない額をコンスタントに稼ぎ出しているともいわれ、家族事務所の役員だった藤さんにも、相当の収入があったと見られている。ちなみに藤の2004年の納税額は5966万円、推定年収は1億6800万円だった。

しかし藤さんの浪費癖はその資産を食いつぶすほどエスカレートしていたという。藤を知る音楽関係者の話。

「彼女の金遣いの荒さは業界でも有名。海外ではカジノ三昧だし、東京・新宿のホストクラブでは目が飛び出る額の高級シャンパンやワインをどんどん開けていたという噂も聞いた。近年はロスに借りていた超高級マンションの家賃の振り込みも滞ることがあり、東京に戻ってきていたらしい。ある知人には“今はもう2000万円くらいしか持っていない”と話していたようだ。カネが尽きるのは時間の問題だった」←引用終わり

※週刊ポスト2013年9月6日号
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