トルコ共和国での軍事クーデター未遂で思い考える事
何れの国にも「不平不満分子」は形成される。
現実の政治は「妥協の産物」だからで、それは「私企業の経営」もまた同じだ。
特異なのは「イスラーム」がいわゆる多数派を占める国では「教義」の「解釈」を聖職者が示す事により、「正義」は一転して「邪義」に変わる事である。
この引用記事によると、トルコ政界では「イスラーム」が強い影響を持っている。
それは他宗の側には、無知ゆえに奇っ怪にしか見えない事もある。
「イスラーム」はムハンマドの予言の解釈で規範が決まる。
どう解釈するかは「イスラーム聖職者」の考えである。
その解釈に異議を差し挟むのは勇気があっても難しい。
例えば「世俗」の評価で「原理」をどう捉えるか、「緩やかに」捉えるか「厳密に」捉えるか、これだけでも激しく対立する。
他者への「暴力」を禁じているともされる「ムハンマドの予言」は、無視され「暴力」が推奨され「聖戦」とさえ唱えれば「テロ」も「戦争」も赦されるようにしか見えない。
大半の「イスラーム」を信じる「ムスリム」は「平穏な人達」であると喧伝される。
しかし一部分であろうとも「聖戦」を主張し「他者への攻撃」を厭わない「狂信者」もあり、それらに世界は掻き回されており決して安全な環境とは云えない。
「クーデター」は、その一端でもあるワケだ。
トルコの軍の一部によるクーデターで、明らかになりつつある事は、宗教指導者が率いる「教団」に依るグループが引き起こしたと報じられている。
引用開始→ トルコ、軍の非主流派が決起か 大統領に不満 排除を察知
(日本経済新聞2016/7/17 0:50)【ベイルート=岐部秀光】トルコ軍の一部はなぜ、このタイミングでクーデターを企てたのか。理由を読み解く鍵になるのが、8月に迫っていた軍の大佐クラス以上の人事を決定する「高等軍事評議会」の存在だ。
今年の評議会ではエルドアン大統領の盟友から政敵に転じた米国在住のイスラム教指導者、ギュレン師に近いとみられる軍幹部の排除が確実視されていた。
シンクタンク「ジャーマン・マーシャル・ファンド」の研究者でトルコの外交安保政策に詳しいオズギュル・ウンルヒサルジュクル氏は今回のクーデター未遂劇を「ギュレン系の軍幹部が力を失う前に権力奪取を試みた可能性が高い」と指摘する。
クーデターを試みた勢力は議会への爆撃や群衆への発砲など、従来の軍の行動規範からかけ離れた行動に出た。軍が一丸となった過去のクーデターとは異なり、非主流派による蜂起だったとの見方を裏付ける。
一方、軍トップの参謀総長を拘束し、国際空港を閉鎖。戦闘機やヘリコプターを確保するなど、作戦は包括的で周到に準備されていた。高位の軍幹部の関与がなければ実現は難しかったとの見方も根強い。
イスラムのカリフ制を敷く政教一致のオスマン帝国崩壊で建国したトルコは政教分離を国是としてきた。初代大統領のムスタファ・ケマルはカリフ制を廃し世俗主義を推し進めた。軍はそうした体制の守護者を自任してきた。しかし近年はエルドアン大統領率いる与党の公正発展党(AKP)がイスラム主義色の色濃い政策を打ち出していた。
軍の一部は不満を強めたが、エルドアン氏は欧州連合(EU)の外圧を使い意に沿わない軍幹部を追放し、軍の影響力を弱めてきた。
テロ対策でもエルドアン氏の対応に軍の不満がくすぶっていたもようだ。政府は少数民族クルド人の非合法武装組織クルド労働者党(PKK)に対する掃討作戦を進めている。しかし、PKKに対する強硬な対応が支持者を追い込み、かえって激しい報復テロを招いているとの説がある。掃討作戦にともなう兵士の犠牲も膨らんでいた。
エルドアン大統領の強権批判は軍以外にも広がる。2013年にはイスタンブールでエルドアン氏を批判する大規模なデモが発生した。その後、政府は与党の政策に批判的な人物への締め付けを強め、政府に批判的なメディアへの弾圧も強めた。エルドアン氏は5月には新憲法制定に慎重だったダウトオール首相を辞任表明に追い込んだ。
クーデターを阻止したことで、エルドアン大統領は軍の影響力を弱める方針をさらに進め、反政府勢力に対しても一段と強硬な対応をするとみられる。大統領権限を強化する新憲法制定の必要性を訴えるのは確実で、強権的な統治手法に一段と傾斜する可能性がある。←引用終わり
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