「%」が理解できない大学生がいると「東洋経済」は嘆いてみせるが
この記事が提起する問題は深刻な日本の現実だ。
自身が、論講担当した大学では、学群や分野もあり、この問題は経験しなかった。
しかしながら、専門学校では日々「直面」させられ続けた。
学校教育法 第1条に規定する「学校」ではない、いわゆる「専門学校」ならではの事と考え、半ば諦め「電卓」を利用しても「%」の理解を求めた。
しかし、ある年に経済系の大学へ出講した際、学生の一部に、いわゆる「専門学校」の学生と同じく「分からない」受講者がいる事を知った。
日本の大学生が「%」を理解できなくなった理由 約2割が「2億円は50億円の何%か」解けない
偏差値は単に集合分布に過ぎない事で、それを「人」の評価やポジション付けには用いず、重視しないと公言しているが、データとして眺めると背景には「一定の基本」がある事を理解した。
私立大学の文系と、分類される学群へ進学する学生の多くは、科目としての「高校数学」は履修しても「数Ⅰ」程度(それも覚束ないが)で「数Ⅲ」は固より「数Ⅱ」も学べていないのだった。
受験科目に「数学」が免除されているからに他ならないし、AO(アドミッション)入試などは、瞬発的な学力すら量らないし・・・・・
(高校の程度を、どう評価するかだけで・・・・・・・)
結構、深刻な問題だと考えた。
かく言う自身も「数Ⅱ」「数Ⅲ」には手を焼き、殆ど学生を批判したり批評できる代物ではナイのは当然の事だった。
しかしながら、経済分野に取り組むには、現実のデータを検証し分析しなければ語れない現実を前に、方程式と格闘させられたが、最初の基本を理解していなかったので、チンプンカンプンで手を焼いた。
その悔しさから、恥を承知で「中三」の数学と向き合い、「数Ⅰ」「数Ⅱ」「数Ⅲ」の理解に取り組んだ。
理学部を卒え、大学院で理系の過程を経済学へ切り替え転じた師匠には、何度も驚かれ、匙を投げられながらも、自分用に必要なデータ解析の方程式をようやく理解した時の喜びは・・・・・・
ではあったが、
この記事が指摘しているのは、「数学」と言えば「数学」だが、それは小学校(高学年)の「算数」であり、九九算、九九算を学んだ上での「かけ算」であり「割り算」に過ぎないのだ。
高度な「数学」ではなく、実務の「算数」に過ぎないのだ。
世の中を「形成」する全ての形は「〇」と「△」と「□」なのだから・・・・・
以前、SNSに「√」キーのついた「電卓」が少なくなったと投稿した際、公認会計士を目指し挑戦中の人物から「√」キーなんて、何に使うのか? と、手痛く批判された。
例えば「面積から長辺長と底辺長を一発で知る事ができ」概要を理解できると、応じたが、その批判は少々ショックだった記憶がある。
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