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2019/10/15

ダボハゼ、強欲だけがウリの「セブン&アイ」は、アハハァ~のハだ! 早く消えて問題なし!

「7&I」は、子会社に収めた「西武・そごう」5店舗の閉鎖を発表し、残余の店舗で収益力のない店は縮小へ。次に「711」も1000店舗の閉鎖を発表、どれも見境なくダボハゼの如く出店競争した結果だ、ワハハと笑う!


記憶を辿り、想えば1960年代半ばから「流通の覇者」を目指し、中内功氏が率いる「ダイエー」が全国制覇を目指し、何処でも出店しチェーン化を急いでいた。これを東京で迎え撃ったのが「イトーヨーカ堂」と堤清二氏が率いる「西武」+「西友」だった。
その後、堤清二氏は「西武」+「西友」で全国展開を始め、スーパーでは中内功氏の「ダイエー」と、百貨店では1970年代に「そごう」を全国展開しようとした水島廣雄氏と鎬を削り合っていた。
水島廣雄氏が率いる「そごう」は、その名の「十合」に相応しく大都市に「10店舗」を掲げ、次には「20店舗(ダブルそごう)」を目指し、さらに海外店舗も含めた「トリプルそごう」掲げ、堤清二氏の「生活文化百貨店構想」で全国の消費者に文化的な満足を届けると激しく競い合った。

何れも巨額の「借入金」に依存し、次々に手当たり次第、まるで「ダボハゼ」の如くであった。
日本の経済が「中進国」からの脱却を目指し上昇中の間は、支払い利息を上回る利益を得ることができたが、狭い日本の市場限界を前に足踏みが始まり、ほぼ先進工業国の位置を得た事もあり、緩やかな政策転換と共に、巨額の支払い利息を営業利益で賄えなくなった時に、ほぼ同時期に前後して経営破綻した。


それを機に、ダイエーの再建スポンサーに、かつて見下していた「イオン」が就き、ダイエーは店舗の統廃合を含む大リストラを受ける事になった。


西武は、西友を切り放し売却させられた。
その後、再建スポンサーを得られない「そごう」に目を付け「経営統合」を打診し藁にも縋る思いの「そごう」の諒解の下に「ミレニアムリテーリング」として出発したが、所詮は「負け犬」同士の経営統合は続かず「破綻」の縁に立たされた。


「イトーヨーカ堂」の子会社に過ぎなかった「セブンイレブン」が親を呑み込み威勢がよく、そもそも「イトーヨーカ堂」が百貨店を欲しがり「伊勢丹」の買い占めを図り頓挫した経験を受け、「ロビンソン百貨店」なる珍奇な事をしていたが、そこに「西武・そごう」が落ちてきたので有無を言わせず、ダボハゼらしく喰えると考え「子会社」に加えた。
しかし、図体だけが大きな「中身カラッポ」連合は、口は立ち理屈は凄いが躰も手も足も動かず、稼がずで最初から「カネ喰い虫」は当然だった。


でぇ「そごう神戸店」と「高槻西武」は「H2Oリテーリング(阪急+阪神)」へ売却し引き取って貰った。
しかし「セット販売」を試みた「西神そごう」は引き取りを拒否され、営業継続してみたが敢えなく頓挫し、この度の閉鎖5店舗の1つに輝いた。


一緒に閉鎖する「大津西武」は、堤清二氏が、先代(堤康二郎)の顔を立てようと「故郷に錦」を飾る店を狙い「大津パルコ」とセットで、(異母弟の)堤義明氏は「大津プリンスホテル」と「瀬田ゴルフコース」をセットし、びわ湖畔の「におの浜」に口先(元)参議院議員の河本嘉久蔵の手招きで進出したが、バブル経済が弾けると共に「故郷に綿」へ転じ、流通部門は遂に「故郷の綿」も朽ち果てたか!?


「大津プリンスホテル」と「瀬田ゴルフコース」は名声を博し、未亡人のアパート経営に過ぎぬと堤義明さんは言っていたが、第一勧銀(みずほ銀行)から再建に送り込まれた「後藤高志」の手で「綿」にもならず「錦」のまま維持されている。
マチバで口に生きる者としては、切った貼ったでロマンだけの流通業より、「未亡人のアパート経営」の方が、大津も、軽井沢も、東京も、堤兄弟には向いていた事が結果を示したと言いたいですナ。


その流通「西武・そごう」を買い叩いた「7&I」は成り上がりの欲深い小金持ちに過ぎず、勢いだけで資金補給とFC搾り上げが続く間だけの「仇花」に過ぎぬワケで、規模がでかくなれば「官僚型」で身動きできないグウタラを抱え込むだけで外見だけの事業に過ぎぬワケだった。

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