中曽根康弘 元首相のご逝去を深甚よりお悼み申し上げます。
今日まで1世紀を生き抜かれ、数々の局面で巧みな指導力を発揮され、
敗戦後の日本に一区切りを打たれましたご功績は実に大きく、
ある意味で敗戦後の日本(人)を覚醒させられたと思い致します。
とりわけ今日に至る国際政治の場で、日本を称揚されたご功績は真に大きく、多くの日本人に自信を与え、飛躍と活躍の場を提供されました。
政治は、口先ではなく、実行し実現を図るものであるとの強く固い信念は立ちはだかる岩石をも貫き通すものでした。
大勲位菊花大綬章の故人には、見果てぬ夢となりましたが、生涯にわたり主張されました「自主憲法」の制定に向けた歩みは、遺された者達の課題として「思考停止」に明確な終止符を打ち、そのご意志を受け嗣ぐ者達として、真の実現を図りたく存じます。
お安らかに・・・・・・・
日本人は、日本国に誇りを保とう!
日本と日本人に「思考停止」を強要する「マッカーサーの現憲法」を、日本人の手で責任を持ち改正し、しっかり自立した「日本国」を確立しよう。
売国一途と教条主義の思考停止に毒されたサヨク・リベ珍思想を葬り去ろう!
引用開始→ 春秋
(日本経済新聞2019/11/30付)●(歌記号)この憲法のある限り 無条件降伏続くなり マック憲法守れとは マ元帥の下僕なり――。きのう亡くなった中曽根康弘元首相が作詞して、1956年に発表した「憲法改正の歌」である。マックはGHQ(連合国軍総司令部)の最高司令官、マッカーサーのことだ。
▼「高崎の材木屋のヤッちゃん」を自称することもあった中曽根さんだが、若いころから権力の頂点を意識し、揺るぎない信念を固めていたふうである。日本国憲法を「押しつけられた」と力説する姿は当時、青年将校とも呼ばれた。風見鶏と皮肉られつつ、三角大福中のアンカーとして首相に就き、改革の手綱をさばいた。
▼戦後政治の総決算を掲げ、電電公社や国鉄の民営化、さらに臨時教育審議会の設置、日米関係の強化にも踏み込んでいる。奥多摩の山荘で米大統領とちゃんちゃんこ姿でホラ貝を吹くなど、パフォーマンスも重んじる手法は今に受け継がれていよう。政治的なスタンスに賛否はあろうが、実行力は誰もが認めざるをえまい。
▼政権の末期には、後継を指名する余力さえ残した。歴代宰相の最後にとくと学んだ永田町の処世術からだろうか。政界引退は本意でなかったようだが、最晩年まで信条をまげず、生き証人として取材を求められるなど枯れない一面も見せていた。首相のころのギラギラした雰囲気は今の政治家にない。良いのか、悪いのか。←引用終わり
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