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2020/12/22

コロナ・ウィルスは変異を繰り返し感染させ新たな「宿主」を見出し生き延びるために「COVID-19」も必死なようで、相互に信頼構築し共に克服を!

コロナウィルスは、日々、変異を繰り返し自ら発展させながら、新たな「宿主」を得ようと生き抜くために変異変転させながら「ウィルス」の生命力を繋いでいる。
英国で「COVUD-19」の変異種が発見され、70%程度「感染率」が高まると発表され、英国の感染拡大に警戒が強まっている最中に「新変異種」が発見(報告)された事で、欧州社会はまたぞろパニックに襲われ、英国は「外出禁止」に。各国は英国発の航空機を乗り入れ禁止措置を採り、港湾もドーバー海峡を「ユーロトンネル」で結ぶ国境を全て閉鎖し、感染拡大を阻止しようと身構えている。


しかしながら、コロナ・ウィルスは日々変化を重ねているため、国境を閉鎖し人の交流を止めたからと言って安心できるとは思わない。


政府が政治権力を発揮し政策を実行すれば、野党とメディアは批判勢力を抱き込み、様々な手段を用いて批判し非難し抵抗する。


それは折り込み済みの事で、明確な旗を立て、それを排し突破し政策を実行し実現するのが政治で政府の努めだ。何をしても批判される事を懼れるな!


日本/日本人は、「コロナ禍」に右往左往せず、右顧左眄せず、もっと「信頼」を高め、
国の政策に文句ばかり言わず、批判し非難する事なく、もっと信頼しよう!


「感染症2級指定」を外せとか、
病院は「私益」追究を止め、コロナ禍への対処病床を増やせと、半島ヅラの
シンボタマランは、イッショケンメイに「知ったバカぶり」を発揮し、医療機関や医師会を批判し非難しているが、
生活の為にとは言え、自慢と売名に賭けるのは、本当に「ミットモアブナイ」だけだ・・・・・
日本は、本当に無責任なまま、個人が「自由」に言い合える国だ。


引用開始→ フランス人が日本に戻って心底感じた「自由」
同じコロナ禍でもフランスとは様子が違う
(東洋経済新報社2020/12/20 7:00)
ドラ・トーザン : 国際ジャーナリスト、エッセイスト

かつて日本がこんなに「自由」だと感じたことがあったでしょうか――。

やっと日本に"帰って"来ることができました。日本は、25年以上前、初めて来てから私が自然と受け入れることができた国(それとも私を受け入れてくれた国と言ったほうがいいでしょうか)です。それなのに、今年3月にフランスに発ってからというもの、ここ何カ月も日本に戻って来たくても、なかなかそれがかないませんでした。なぜなら日本は永住権を持っている、私のような外国人にさえ門戸を閉ざしてしまっていたからです。

これではまるで鎖国をしていた江戸時代と同じ。やはり日本は島国だったのだ……と思ったのもつかの間、11月にさまざまな手続きを経て、ようやく日本に戻ってくることができました。そして、とても奇妙なことに、ここ日本でこれまでにないほどの自由を感じているのです。

どうやって入国したか
その前に、どうやって日本に入国できたのかをお話ししましょう。まずはフランスを発つ前にパリでPCR検査を受け(出発の72時間前以内)、関西国際空港についてからも医療スタッフによる検査を再度受診(今度は唾液検査)。その結果が出るまで45分待ち、陰性の場合は入国手続きを行います。このとき、さらに厳重に検査結果を調べるほか、パスポートや搭乗券も通常時より厳しくチェック。

やっと終わったと思って前に進もうとすると、入国審査官から「ダブルチェック!」と呼び止められました。この時、人生で初めて入国できるか不安に。でも辛抱強く待っていると、ようやく最終的なOKが出ました。

パリから関西国際空港の機内には40人(400席のうち)ほどしか乗っていませんでしたが、この日がボジョレーヌーヴォーの正式な解禁日ということもあり、飛行機はワインでいっぱいでした。搭乗前に預けていた荷物を受け取ろうと、コンベアを見ると私のスーツケースがぽつん、と置いてあるだけでした。もちろん私は公共交通機関を利用することが許されなかったので、大阪に住む知人が空港まで迎えに来てくれました。

それから、私は友人の自宅で2週間の自己隔離を行いました。入国するのにあれだけ厳しかったので、入国管理局などからこの間、連絡があるのではないか、と思っていましたが、一旦入国してからはとくに追跡調査はありませんでした。

ただし、隔離されているとはいえ、やっと息ができるような気がしました。道行く人たち、お店やレストランが開いている様子、友人たちの多くがいつものように忙しく仕事をしているのを見るだけで生きている心地がしました。社会的、経済的活動がほぼストップしているフランスとは正反対です。

フランス政府の新型コロナウイルスへの対応は、あらゆるレベルで最初から悲劇的なものだったと私は思っています。エマニュエル・マクロン大統領は、連日ように、まるで王様ように国民に話しかけます。私たちが小さな子どもであるかのように。彼は非常に厳しいアナウンスをし、それから首相や関係大臣を登場させ、これから起こることを詳しく説明させます。何がもう「許されない」のか、何が閉鎖されるのか、何が中止されるのか……。

今やフランスはひどい官僚主義と中央集権、そして国民の政府への信頼性の欠如により、恐怖に基づいたシステムができてしまいました。国民を守る代わりに、国民を脅し、「規則」を守らなければ罰を与えられる。何とも気が滅入ってしまう話です。

書店すら規制の「標的」に
3月10日にフランスに到着したとき、街でマスクをしているのは私だけでした(「コロナ禍「フランス」は1週間で様変わりした」2020年3月24日配信)。そのとき、多くの人は私のことを病気か、危ない人か、という目で見ていました。当時、政府は、私たちはマスクをする必要はないとアナウンスしていました(が、数カ月後、これは覆されました)。

二度にわたるロックダウン(都市封鎖)期間中は、外出するためには、戦時中のように外出理由を記載した「証明書」が必要となりました。これを持っていないと、罰金を科せられます。仕事はすべてテレワーク、レストランやバーも(論理的な説明もなく)現時点で2月まで閉鎖されることになっています。

確かにフランスでは、人口が日本の半分なのにもかかわらず、コロナによる死亡者がすでに5万5000人に達しています。(もしここ数年の間、政府が病院の予算をこれほど削減していなければ、こうした問題は起きなかったかもしれません)。とはいえ、社会的、経済的、心理的影響を政府はあまり考えているようには見えません。

実際、フランス政府の政策には首を傾げたくなるものが少なくありません。例えば、ロックダウン時の書店をめぐる規制です。夏の間、多くの書店は人数制限を行ったり、顧客間の距離を保つなど感染予防対策を取りながら、店を開けていました。実際、家にいる時間が長い今、本は心の健康を保つ重要な役割を果たしていました。ところが、二度目のロックダウンの際、政府は、書籍は生活必要な必需品に当たらないとして、書店の閉鎖を決めました。

これに対して書店の経営者が、スーパーや大型店では本の販売ができるのになぜ個店を対象にするのか、と抗議すると、政府は大型店などでの本の販売を禁止しました。次に「問題」になったのがアマゾンですが、なんとフランス政府はどうしたらフランス人がアマゾンで書籍を購入できないようになるか、を考えたのです。こんな馬鹿げだことがあるでしょうか。

外出規制についても同じです。二度目のロックダウンが始まったとき、フランス政府は「散歩は1時間以内なら可能、ただし1キロ以内」という決定をしました。これには何の根拠もありません。これに対してフランス人が抗議を行った結果、1日に外出できる時間は3時間に、移動できる距離は20キロにまで増えました。ただし、なぜこの数字になったのかはいまだにわかりません。

日本とフランスの違いは?
日本では、賛否両論があるものの、「GoTo」キャンペーンが実施され、多くのお店がオープンし、人々は今までとほぼ同じように仕事をし、子どもたちは公園で遊び、サッカーの試合を観戦しています。日本に帰ってきて日本の「エネルギー」に大きな感銘を受けました。日本では「ワーケーション」のように、コロナ禍でも新しいアイデアを取り入れていることも素晴らしいと思います。

私がこうした点を称賛すると、日本人の友人たちは日本の習慣が感染拡大の抑制につながっていると話します。家に上がる前に靴を脱ぐ、挨拶の際にキスや握手をしない、人との距離を自然と保つ、マスクを着用すること慣れている、そして手を洗う習慣がある(あるいはおしぼりを利用する)、ことなどです。そして、何より日本人には自制心があるように見えます。警察にチェックされなくても、多くの飲食店は要請されれば、夜10時には閉店するのですから。

日本で最も重要なのは、他人の目にどう映るか、人が自分たちをどう見るか、世間や社会が自分たちをどう見るかということです。これは罰金よりはるかに強力です。

私から見ると、日本人のこうした態度はコロナと「共に(with)」(あるいはコロナ「後に(post)」)生きるというもので、コロナに「対抗する」というものではありません。ヨーロッパでは、ウイルスと「闘う(fight)」や「戦争(war)」という言葉が使われています。これは神道や仏教の影響かもしれません。人間は自然の一部であり、欧米人のように自然は戦う相手ではないのです。

私はいつも何よりも自由に重きを置いています。そして、フランス人にとって最も重要な原則は「liberte」(自由)だと思ってきました。それなのに今のフランスには自由がなく、人々は罰を恐れるようになってしまいました。今回日本に到着したときに感じたこの信じられないほどの開放感と安堵感を私はこれから先も忘れることはないでしょう。自己隔離中でさえ、フランスに比べれば天国だったのですから……。←引用終わり

引用開始→ コロナで最も変わった国はフランスではないか あんなに個人の自由を重んじる国だったのに (東洋経済新報社2020/04/08 5:10) レジス・アルノー : 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員

第1次および2次世界大戦の開戦時、フランス政府は壊滅状態に陥ったものの、最終的には戦勝国となった。これは、フランス政府がお粗末な初動を経て今では新型コロナウイルスとの戦いにおいて他国にリードしている、と願うフランスのジャーナリストたちがこのところよく使う比喩だ。

フランスのメディアプロダクション会社Hikariの代表を務めるアンソニー・デュフォ氏は、「コロナという疫病に対するエマニュエル・マクロン大統領の最初の反応は人種差別主義と傲慢が混じったものだった。アジアで14年間暮らした後、4年前にフランスに帰国したことを後悔したのは今回が初めてだ。中国政府ですらコロナウイルスへの対応においてミスがあったと認めたのだ。フランスではなくてね」と不満をもらす。

180度の政策転換を迫られている
フランス政府の当初の反応は、コロナウイルスに効果的に対処してきたアジア諸国を口汚く非難することだった。人の移動を制限したり、市民を追跡するシンガポールや韓国、台湾は「Liberty-cide(自由を殺すこと)」を行っていると主張し、自由を重んじるフランスではこういった過激な対策はとれないとした。マスク着用はウィルスの感染拡大防止にはならず、韓国の徹底的なテスト実施方針は無意味だと切り捨てた。

マクロン大統領曰く「ウィルスにパスポートがあるわけではない」ことから、国境のコントロールは無駄だと断言した。

フランス政府はその後、自らの発言の1つひとつを否定するかのように痛みを伴う180度の政策転換を強いられている。北東アジア諸国を息のつまるような独裁主義と形容したフランスは、これらの国のどこよりも踏み込んだ手段をとることになった。国内全土での外出禁止だ。

3月17日以来、フランス市民は外出できない。これは新たに通知が出るまで続く。外出できるのは食料品の買い出し、医師による受診、若干のエクササイズ(近所のみ)、犬の散歩、仕事(在宅勤務が絶対にできない人のみ)というごく限られた場合だけだ。

外出時には自宅でダウンロードできるフォームに記入し、呼び止められた場合は警察にそれを提示しなければならない。軽率に外出する人には135ユーロ(1万6000円)の罰金が科せられる。クリストフ・カスタネル内務大臣は4月1日、「外出禁止が始まってから580万回の検問が実施され、35万9000件のレポートが作成された」と語っている。

今では10万人の警察官が犯罪の取り締まりではなく、外出禁止令の徹底にあたっている。この間、薬物ディーラーや泥棒をはじめとした犯罪者が街中に野放しにされているのに、だ。

外出禁止のため、親は自宅で仕事をしている。フランスの学校はZoomなどのビデオ会議システムを使って「バーチャル教室」を立ち上げて授業を続けている。試験は延期された。

「マスク」に対する姿勢も一変した
同様の取り組みを行っている東京にあるインターナショナルスクールの教師は「子どもたちは総じてうまく対応している。課題を定期的に送っており、彼らを信頼すれば、彼らはそれに答えてくれる」と話す。

ところが、フランスでは教育大臣が「児童の8%が途方に暮れた状態だ」と主張する。平時から親に放任されたてきた子どもたちに大人の目が行き届かないのだ。

ウイルス検査に対する姿勢もちぐはぐな状態が続いている。政府は当初、日本同様、徹底的な検査は必要ないとしていた。今では1日で1万2000件の検査能力があるが、それでも1日あたりの実施件数は5000件程度にとどまっている。4月末までには1日3万件、5月末までには5万件、6月末までには10万件のテストを実施できるようになるとしているが、実施数が増えるかは未知数だ。同時に、感染者を受け入られる病床数も5000床から1万4000床へと急ピッチで増している。

マスクに対する姿勢も一変した。政府は一般市民がマスクを着用する必要はない、と数週間にわたって言い続けてきたが、ここへ来て血眼になってマスクを探し、公的資金を投入して国内でのマスク生産を支援している。フランスは10億枚のマスクを注文し、「空中の橋」、つまりフランスと中国の間でマスクを運ぶ恒久的な空輸を設けた。

フランスはマスク前線において大きく出遅れており、医療従事者の間ですらマスクが不足している。「私が暮らすリールの街では、地元政府が市民に対してマスクを作って病院に送るよう呼びかけるキャンペーンを始めた。これでも先進国だろうか」と、住民のアンソニー・デュフォ氏は首をかしげる。

表現の自由にも影響が及んでいる。3月17日、フランス全土のロックダウンを宣言した国民に向けたドラマチックな演説の中で、マクロン大統領は6回にわたって同国がコロナウイルスとの「戦争状態にある」と発言した。

国の結束という名のもと、大統領はいま、果敢にも自身の行動を批判する人々を「無責任」と糾弾している。もちろん言論の自由を攻撃する法律はどこにもないのだが、フランスのメディアは静まり返っている。

一方、フランス人ビジネスマンたちは、企業救済策は疫病そのものの対策よりも格段にいいと感じている。

緊急じゃない緊急事態に突入
フランスと日本で複数のレストランを運営するLe Bretagn創業者でCEOのベルトラン・ラーシェ氏は、「一時的な事情によって従業員を休職させなければならないことを労働省に示すことができれば、実質賃金の84%が返金される。賃金は6927ユーロ、またはフランスの最低賃金の4.5倍を超えてはらない。これは大きな財政努力だ」と話す。

そして「この仕組みのおかげで従業員を解雇せずに済み、従業員も失業を避けられる。会社も働き手を維持できる。レストラン業界では人材が重要。従業員なしではビジネスが成り立たない。フランス政府はまた、企業のために5年間の融資制度を設けた。これは企業が銀行から最大で自社の四半期売上高を初年度は0%、以降の4年間は1%の金利で借り入れられるという制度だ」と続ける。

また、この数週間でフランス人の電子マネー利用率が増えた。まだ幼かった頃、母はよく私に「お金はいろんな人が触っていて汚いでしょ」と言っていたが、現金を介した感染への恐怖が、電子マネーの利用が進む理由の1つになっている。フランスで早くからクレジットカードが普及したのも、この国には泥棒が多かったからだった。

日本がここ2週間のフランスのような状況を避けられることを願っている。多くの人々がもがきながら死んでいく。感染の恐れがあることから家族は見舞いにも行けず、電話でしか最後の別れができない。お葬式で死を悼むこともできない。

安倍晋三首相は4月7日、緊急事態宣言ついに発効した。だが、休業補償が不確か中、一部の飲食店などは今後も営業を継続する見通しと、曖昧な状態にある。日本はまさに、緊急ではない、緊急事態に突入したのである。←引用終わり

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