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2021/02/03

ミャンマーの軍事クーデターは、背後に控える中国がASEANと米国を嵌めるため「ミャンマーの中国支配」へ向けシナリオを書き実行させた!

ミャンマーの軍事クーデター:


これは中国が、ASEANと米国に仕掛けた巧妙な「罠」だ!
米国は得意気に「経済制裁」を課すと空元気だが・・・・・
ASEANは、内政不干渉の原則から「批判」も「非難」も控え、ひたすら見守るだろう。


米国が業を煮やし、それではと制裁発動に出ると、
中国は待ってましたとばかりに、再び囲い込みへ向けた経済援助に出るだろう。
ミャンマーを「自治領国家」にでも仕上げれば一挙両得というワケだ。

中国は、タイを完全に従えるために「マレー半島のタイ領」に運河を建設し、その利権を手にタイ経済を完全従属させようとタクラマカン捌くらしい。
既に、タイの社会には20%を超える「華人」が居住し、タイの伝統的な名を名乗るも、既に経済を差配し「華人経済」がタイを支配している。


ミャンマーは、いろいろ難しい社会構造だけれど、インド洋を完全支配するためには、不可欠の地だから基本的に諦める事などあり得ない。
米国は、長い歴史や時空間概念の捉え方が異なるから、いつまで経っても理解できないだろう。


引用開始→ ミャンマー軍のクーデター、米が認定 ヤンゴンで大規模抗議デモ
(ロイター 2021年2月3日4:50)


[ワシントン/ニューヨーク 2日 ロイター] - 国務省高官は2日、ミャンマー国軍による権力掌握を軍事クーデターと認定し、同国への対外援助を「抜本的に」見直すと発表した。こうした中、2日夜にはクーデターを受け、ミャンマー最大都市ヤンゴンで大規模な抗議デモが行われた。

米政府はイスラム教徒少数民族ロヒンギャ向けなどの人道的支援は継続するとした。

さらに、ミャンマー国軍の指導部や関連企業への制裁を見直す方針も明らかにした。

バイデン米政権は、ミャンマーに対する制裁復活の可能性を示唆していた。

米軍のマーク・ミリー統合参謀本部議長はミャンマー軍に接触を試みたが、電話はつながらなかった。

拘束されたアウン・サン・スー・チー国家顧問が率いる国民民主連盟(NLD)は、国軍に対し、スー・チー氏やウィン・ミン大統領らを解放し、NLDが勝利した昨年11月の総選挙結果を承認するよう求めている。

国軍は総選挙の結果を受け入れず、選挙で不正があったと主張。クーデターでNLDの指導者らを拘束し、ミン・アウン・フライン国軍司令官が国家権限を掌握したとし、1年間の非常事態宣言を全土に発令している。

国連安全保障理事会は2日、ミャンマー情勢を巡る非公開の緊急会合を開いた。国連ミャンマー担当特使のクリスティン・バーゲナー氏は、安保理全体で「軍による行動を強く非難し、ミャンマーの民主化を支持するという明確なシグナルを送る」べきと促した。

外交官によると、安保理の会合では英国が作成したクーデターを非難する声明について討議された。声明は全会一致で採択される必要がある。

中国の国連代表部の外交筋は、声明草案でコンセンサスに達するのは難しいとの見解を示した。

<スー・チー氏の健康状態は良好>

NLDの高官Kyi Toe氏は2日、スー・チー氏の健康状態は良好で、国軍がクーデターを起こした際に拘束された場所にとどめられていると明らかにした。別の場所に移送される計画はないという。フェイスブックへの投稿で述べた。

これより前の投稿では、スー・チー氏が首都ネピドーで自宅軟禁されているとしていた。ロイターは同高官から確認が取れていない。←引用終わり

引用開始→ 焦点:ミャンマーのクーデター、米政権は制裁へ複数の選択肢 (ロイター2021年2月2日5:50)


[ワシントン 2日 ロイター] - ミャンマー国軍が軍事クーデターで政権を掌握したことを受け、バイデン米大統領は就任後初めて大きな国際危機に直面している。民主化回帰に向け圧力を加えるため、新たな制裁プログラムの発動や援助削減、軍高官や軍系企業を対象とする措置などを打ち出す可能性がある。

バイデン大統領は外交政策で人権を再び中心に置き、同盟国とより密接に協力するという2つの約束を示しており、政権の対応が早くも試されることになる。

バイデン大統領は1日、ミャンマーで発生した軍事クーデターを受け、米国が「適切な行動」を取ると表明し、ミャンマーに対する制裁復活の可能性を示唆。米国がこれまでに「ミャンマーの民主化に向けた進展を踏まえ制裁を解除してきた」とし、「こうした進展の反転を受け、制裁を巡る規則や権限を直ちに見直す必要が生じ、適切な行動が伴う」と声明で言明した。

米財務省で制裁担当シニアアドバイザーを務めていたピーター・クチック氏は、ミャンマー情勢に関して国家非常事態を宣言する大統領令によりバイデン氏がミャンマーに対する新たな制裁プログラムを構築する可能性があるとみる。

クチック氏によると、こうすることによってバイデン政権は「クーデターに対する見方や要望」を示し、結果的に圧力をかけることができるようになる。バイデン氏は国際緊急経済権限法(IEEPA)の下でこうした大統領令を発する幅広い権限を持つという。

ミャンマーとの開放的な経済関係を維持したいと考える一部企業はこうしたアプローチに反対するとみられる。ミャンマーでの米企業活動を担当するある関係者が安全面の理由で匿名で明らかにした。この関係者によると、新政権は非合法とのシグナルを送ることになるクーデター主導者や権力掌握後に軍によって指名された高官に対する的を絞った制裁を、投資家は支持する見通し。

ただ権力を掌握した軍高官に対する米国の影響力は限られるとの見方もある。ミャンマーの軍高官は地元企業と強力なつながりを持つが、金融制裁によって影響を受ける可能性がある海外での権益をほとんど持っていない。←引用終わり

引用開始→ アングル:追い詰められた野心の軍人、全権握ったミャンマー司令官 (ロイター2021年2月2日6:30 Antoni Slodkowski)


[1日 ロイター] - 昨年11月の総選挙後、ミャンマー国軍トップは近日中の引退を迫られていた。国軍が支持する政党は劣勢に追い込まれ、国際社会からは、ムスリム系ロヒンギャに対する戦争犯罪の責任を問う声が高まっていた。

今月1日、ミン・アウン・フライン総司令官は、クーデターにより民主的選挙を経た指導者アウン・サン・スー・チー氏を拘束し、全権を握った。アウン・サン・スー・チー氏は、数十年続いた軍政への抵抗に対する評価に支えられ、再び選挙で地滑り的大勝を収めていた。

国軍によるクーデターは総選挙に不正があったことを理由にしているが、選挙管理委員会は否定的だ。国軍は、状況が是正されれば公正な選挙を行い、勝者に権限を委譲すると述べている。

ヤンゴンで活動する外交官は、ミン・アウン・フライン氏の動機は個人的な利害だと指摘する。

匿名を条件に取材に応じたこの外交官は、「憲法に定める方法では、彼がこの政権で主導権を握る道は存在しなかった」と語る。

ミン・アウン・フライン氏も国軍も、クーデターに個人的な野心が影響した点については何もコメントしていない。ミャンマーはロヒンギャをめぐる戦争犯罪の告発を否認しており、国軍の行動はテロとの戦いの一環だったと述べている。

小柄な体格のミン・アウン・フライン氏は、丸い縁なしメガネを掛けていることが多く、東南アジア有数の常備軍の司令官というよりは事務員を思わせる風貌である。

軍人よりも政治家と見られることを望んでいた兆候なのか、彼はフェイスブックを愛用しており、選挙運動に励む政治家のように仏教寺院への寄付も重ねていた。

一部の評論家のあいだでは、これまでスー・チー氏率いる与党・国民民主同盟(NLD)が握っていた大統領のポストを同氏が狙うのではないかという観測もあった。

だが、国軍寄りの政党は11月の総選挙でNLDに大敗を喫し、ミン・アウン・フライン氏自身も、2016年に5年間延長された総司令官の任期切れが迫り、引退が目前となっていた。

バンコクで活動するヒューマン・ライツ・ウォッチのフィル・ロバートソン氏は今回のクーデターについて、総選挙で「これほど分かりやすい敗北を喫した」ことに対する国軍の焦りがきっかけになっている、と指摘する。

「蚊を殺すのにハンマーを取り出すようなものだ。自分たちに都合良く動かないのであれば民主主義の実験に乗る気などない、ということを国軍はこの上なく極端な形で示してしまった」とロバートソン氏は言う。

<ゆっくりと着実な昇進>

ミン・アウン・フライン氏は1956年にミャンマー南部で生まれた。1970年代にヤンゴン大学で法律を学んだが、当時広がっていた政治運動には近づかなかった。

2016年にロイターの取材に応じた当時のクラスメートは、「口数が少なく、ふだんは目立たない男だった」と評する。

周囲の学生たちはデモに参加している頃、ミン・アウン・フライン氏は毎年、国軍系大学トップである国軍士官学校(DSA)に志願し、3回めとなる1974年に入学を許可された。

DSAのクラスメートによれば、彼は士官候補生としては平凡で、「ゆっくりとだが定期的に昇進していった」という。

ミン・アウン・フライン氏の軍歴が花開くのは、ミャンマー東部国境での作戦を担当した後である。ここで同氏は2007年、燃料価格の高騰に反発する僧侶主導の抗議行動「サフラン革命」に対する流血の鎮圧を支援した。

同氏は1年後、20年にわたる休戦状態を破棄してミャンマー東部の飛び地から武装反体制勢力を排除する作戦を指揮し、約3万7000人を中国領内に追いやった。

国軍に詳しい識者によれば、同氏が2011年に軍司令官に昇進した背景には、この作戦の成功があったという。この年、ミャンマーは民政移行を開始し、2015年のスー・チー氏の勝利をもたらした自由で公正な選挙へと至る道が開けた。

<政界への大きな影響力>

だが、ミン・アウン・フライン氏は政治においても有力者であり続けた。

同氏は2016年、次のように述べている。「タトマダウ(軍を表わすミャンマー語)は、国内政治における主役として存在しなければならない」

国会の議席の4分の1は選挙の洗礼を受けない軍将校に割り当てられており、ミン・アウン・フライン氏は、国軍に強い政治権限を与える憲法の改正を阻止できる立場にある。

国軍が3つの有力省庁を統括していることから、同氏はミャンマーの官僚機構にもしっかりした足場を持っている。また彼は国軍総司令官として、緊急事態においては「国家主権を掌握し行使する」権利を留保している。

2017年に国軍が開始した弾圧により、73万人以上のロヒンギャがバングラデシュに逃れ、人道的危機が発生し、世界最大の難民キャンプが生まれた。ミン・アウン・フライン氏は、この攻撃を象徴する人物となった。

同氏はロヒンギャを指す蔑称を使いつつ、「ベンガル人問題は、未解決のままとなっていた長年の課題だ」と述べている。

国連の調査団は、この攻撃は大量虐殺や集団レイプ、広範囲での放火を伴うもので、「ジェノサイドの意図」で行われたと述べており、国軍の関与を告発しているが、国軍はこれを否定している。

この調査を受けて、国連は2019年、ミン・アウン・フライン氏他3人の国軍指導者を制裁対象とした。国際司法裁判所を含め、さまざまな国際法廷において複数の裁判が進行している。←引用終わり
(翻訳:エァクレーレン)

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