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2021/04/19

故・高田賢三さんの遺品は、パリでオークションにかけられるのだそうで

それも一つの流れでしょうね。


パリを才能発揮の場として選び活躍し名を馳せ。
パリで多くのファンを掴み、世界にファンを拡げ。
パリを目指す、後進に多くの刺激を与え、ヒントを提供し。
パリで多くの人から尊敬され。
それは、ファッションを介しコスモポリタンを目指した賢三さんらしい。


「時間は有限で、人生も有限だが、クリエイティブは無限だ」と!
「アイデアを、ヒラメキを、ご自身の才能を大切にされ、大輪の華を開かせ。
ファッションは、幅広い知識と感性(センス)を、紐解き、絢い、編み、縫い、組合せ、挑み続け、終わる事のない、楽しい仕事だ」と。


「遺品」を欲しがる人は多いだろう。
日本へ持ち帰る事などは不要で、
コスモポリタンを目指し、ファッションのメトロポリタン「パリ」や「フランス」にあってパリから世界へこそが相応しい。


卓越した収集家の元で「大切」に維持される事を、大きな刺激を受けた、大兄を尊敬し続ける一人の者として希みます。


引用開始→ フランスに愛されたKENZOこと高田賢三の遺品
「パリジャン」と称された日本人の遺品はすべてオークションに

(日本ビジネスプレス 2021.4.17(土)永末 アコ)

 2020年10月、世界に名を馳せたKENZOの創業者で、ファッションデザイナーの高田賢三氏がフランスで逝去した。享年81歳。長年パリコレのトップデザイナーとして活躍し、フランス人のリスペクトを集めた高田賢三氏の功績は世界に名を馳せたどんな日本人にも勝るとも劣らないものだ。高田賢三氏の遺品を扱うオークションが始まるのを前に、フランスと世界に残した功績を振り返る。
(永末 アコ:在仏ジャーナリスト)

「フランスのイメージは?」と聞かれたら、多くの人が「アート、美食、ファッション」を挙げるのではないだろうか。それは単なるイメージではなく真っ赤な“事実”。煙立つ元に火が赤々と燃えている。

 フランス人はフランスのアートや美食、ファッションを評価し、誇りにしている。しかも、ただ放っておくのではなく、守り、価値をさらに高める努力を惜しまない。

 例えば国は、アートや美食、ファッションに対する補助金やコンクールの開催、援助などでそのイニシアチブをとる。人々はこれらに、お金を費やすというより人生の栄養、歓びとして日常的に触れる。

 アートや美食、ファッションに触れることは決してハイソサエティなことではない。その例を挙げ始めると長く切りがないが、毎朝誰もが目を通す日々の情報源である国民的大手新聞、フランスのフィガロ誌やルモンド誌のネット版にある毎日の記事やコラムが、日本の朝日や読売のそれとはまったく比べ物にならない数と内容の深さで人々を刺激し思考させ、愉しませていることからも明確だろう。現コロナ下では少し特別な様相をしているがそれは例外としても。

 とはいえアートと美食については、日本だって歴史的にも世界的にも誇れる独自なものを持っていると日本人は自負している。我が国が生んだアート(=芸術)と美食に触れる時、私たちは心身が心地よく高揚する。そしてアートや美食に携わるエキスパートたちを私たちは心から尊敬する。

 しかし、ファッションとなるとどうだろう。日本のファッションに対する価値観は、我が国のファッションデザイナーたちが生み出すそのクオリティーやセンスには値するものではないような気がする。

 日本ではファッションが、絵画や建築などと肩を並べる“学び”に値する気高い芸術文化の一片という位置付けにはないようだ。洋服が日本を起源にするものではないからか、ファッションとはうわべだけのものという既成概念か。「日本にはファッションデザイナーを生み出す国立の学院が存在していない」とフランス人は驚く。

 日本では「衣食住」と言って、最初に「衣」がくるほど、大切なものであるのに。人間が生まれてすぐ、必要なことは「衣」に包まれることだ。

マクロン大統領夫妻が出した追悼文の中身
 2020年10月、世界中に名を馳せたKENZOの創立者で、ファッションデザイナーの高田賢三氏がフランスで逝去した。享年81歳。1939年に姫路の茶屋に生まれ、文化服装学院でファッションを学んだ氏は、20代で渡仏し、パリで初コレクションを発表するや否や輝かしい未来が約束され、世界に名を馳せるファッションデザイナーとなった。

 生涯の地にフランスを選び、日本の倍の年月に当たる50余年をフランスでの創作にかけたが、国籍は変えず日本のままだった。そして生み出される作品たちは、世界の誰もが言うように和の雰囲気を漂わすものが圧倒的に多かった。生まれ落ち、育ち、学んだ地の記憶は決して失われず、五感全部に強く刻まれるものなのだろう。

 長い間パリコレのトップデザイナーといえばイブ・サンローラン、カール・ラガーフェルド、そしてケンゾーだった。世界中でKENZOといえば、日本の伝統とフランスのエレガンスでダイナミックかつ優雅なマリアージュ(混ざり合い)を意味した。そんな彼の功績を、日本ではどこまで知られているだろうか。

 氏の他界を、フランスでは様々なメディアが大きく扱った。それだけではない。フランスのエマニュエル・マクロン大統領はブリジット夫人と共に、大統領官邸エリゼ宮のサイトに長い追悼の文を捧げた。タイトルは「日本、そしてフランスで最も有名なファッションデザイナーであったケンゾー・タカダ。フランスを彼の国とし創造の地とした氏が、日曜日に息を引き取りました」。続く文章も温かく、ファッションデザイナー高田賢三氏の偉大さを、日本人の私たちは再認識しないではいられない。

「多くの偉大なファッションデザイナーたちが、姓をブランド名にします。彼は名を使いました。それは世界中で、エレガント、愉快、開花、カラフルと同義語になりました」から始まる追悼文は、7人兄弟の5番目、ファッションショーの舞台や華々しさとは遠い大阪の近くの小さな町で生まれ育ったこと、両親が茶屋を経営していたこと、東京の文化服装学院で初の男子生徒として学んだこと──など氏の生い立ちを伝え、1965年にファッションの都市パリに渡ってからの彼の人生を敬意をもってまとめている。

 そして、「1970年に幸福感に満ちた陽気な初コレクションを開いた。コレクションはいつでも大胆でエネルギーに満ちていた。日本の着物、アフリカのブーブーなどを思わせるものなど、彼のモードはバガボンド、旅の誘いであった」と、氏の作品の愛すべきオリジナリティを伝え、「彼のショーはいつでも祝祭のようだった」と結んでいる。

 もちろん、最後に「フランス大統領とその妻は、色とシルエットの自由を新しく生んだ彼のクリエイターとしてのキャリアに敬意を表します。そして彼の家族、彼と共に働いてきた人々、彼の作品を愛したすべての人々に心から哀悼の意を表します」と記して。

 同時にパリ市長アンヌ・イダルゴ氏も高田賢三氏の近親者と市民に向け、自身のツイッターでツイートした。「大きな悲しみ、ケンゾーが逝ったという知らせを受けた。なんと素晴らしいクリエイターだったことか!彼は世界の至るところに色と光を与えた。今日パリは、私たちの息子の死に涙する」。

 ファッション=モードは一つの大切な文化であり芸術で、この国ではそれを生み出す才能あるファッションデザイナーを心から尊ぶ。

オークションにかけられるケンゾー・タカダ・コレクション
 パリにあるインターナショナルオークションハウス、アールキュリアルから「ケンゾー・タカダ コレクション」のメッセージが届いたのは、氏が逝って数カ月後の2020年3月。大統領の追悼文にあったような氏を懐古した文が最初にしたためられ、氏が最後の15年間を過ごしたサンジェルマンデプレの光溢れる大きなアパルトマンに残された、莫大な数の価値ある遺品たちが5月にオークションにかけられることを伝えていた。

 氏は生涯独身だったため、日本の親族が氏の亡くなった翌月11月にアールキュリアルにコンタクトをした。アールキュリアルの競売ディレクター、ステファン・オウベルト氏は言う「私的なアルバムなどを除き、アパルトマン内のほぼすべてのものが私たちに託されました」

 絵画、アートオブジェ、氏が手がけた創作物を含む家具やテーブルアートの数々。それらは西洋と東洋、様々な時代が混ざり合っているが、どれもが賢三の創作のエッセンスを彷彿させるもので、競売品は全部で600に及ぶという。

オークションの目玉とされている作品
 オークションの目玉とされているのは、中国漢時代の檜の馬の像(落札予想額2万~3万ユーロ<260万~390万円>)、3世紀の仏像(落札予想額1万~1万5000ユーロ<130万~195万円>)、アール・デコの装飾美術家エミール・ジャック・リュールマンのプレイエルのピアノ(落札予想額4000~6000ユーロ<52万~78万円>)、クリスタルのシャンデリア(落札予想額4000~6000ユーロ<52万〜78万円>)、ウィリアム・エグルストンの写真13シリーズ(落札予想額2万~4万ユーロ<260万~520万円>)。

 そして新しい発見となるだろう画家としての高田賢三氏の絵画「能面」シリーズ(落札予想額1500~2500ユーロ<19万5000~32万5000円>)、「高官姿の日本人」(落札予想額2000~3000ユーロ<26万~39万円>)。60ロットの美しい食器やグラス、氏が手がけたガラス製品や磁器、日本の陶器、ムラノグラス(ベネチアングラス)、彼のエンブレム付きバカラクリスタルも注目されている。

 同時に、高田賢三氏がクリエイトしたクローゼットのオンラインオンリーオークションもある。

 一般初公開となる氏のパーソナルコレクション約150点の服に始まり、デッサン、パターンが添えられたプロタイプなど、彼のクリエイティブプロセスが分かるアイテムがリストに並ぶ。これらの落札予想額は100ユーロから1000ユーロ。こちらはアールキュリアルのモード&デラックスアクセサリー部門が担当する、フランスの女優であるジャンヌ・モロー、ベルギー出身のファッションデザイナー、マルタン・マルジェラ氏のクローゼット・オークションに次ぐものになる。

高田賢三氏のアパルトマンに残されていたもの
 70年代のオートクチュールのコードをひっくり返したと言われる、高田賢三氏。ファッション界の歴史に名を刻み、1984年にはフランス芸術文化勲章も授与された。1993年にLVMH(ファッションを中心としたフランスの複合大企業。ルイヴィトン、ディオール、ブルガリ、ロエべ、ティファニーをはじめ、多くのシャンパン製造会社などが傘下にある)にKENZOマークを売り、数年はディレクターを務めるが1999年に退いたが、その後も創作を続け、2016年にはフランス最高勲章のレジオンドヌール勲章も受章した。

 フランス人は氏を表して「Parisien que japonais(日本人というよりパリジャン)」と言うことがある。それは「yes」であり「no」であろう。ただ、日本よりフランスが彼を愛したことは確かなようだ。

 オークションは5月11日(火)に行われる。展示会は5月3日(月)から1週間。この展示会は、氏が暮らしたアパルトマンがアールキュリアルに再現される形になりそうだ。そして、それは我らが高田賢三氏のオマージュともなるだろう。

「彼のアパルトマンは、彼のスピリットがどの世界にもどの時代にも開かれていたことが分かる様々に異なったコレクションでできていました。しかし、それが巧みなケンゾーならではのセンスで心地よく混ざり合い、明るいハーモ二ーが奏でられていました」と高田賢三氏のアパルトマンを知る先のステファン・オウベルト氏は言う。

 アールキュリアルのオークション参加者はフランスのみならず世界に渡る。時世柄ネット参加が多くなることが予想され、もちろん日本からでも参加が可能だ。https://www.artcurial.com/enから詳細がチェックできる。

 氏の大切にしていたコレクションのいくつかが日本に渡ればいいのにとふと思う。氏は天国で少しだけ微笑むのではないだろうか。←引用終わり

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