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2021/04/30

昭和96年(明治154年)の「昭和の日」に思い考え、声高に「規制」を求め対価として「カネ」をせびる豊かな乞食国家を、そこに見る。

思えば、昭和96年(明治154年)の昨日(4/29)は、
日本列島の大半が穀雨に相応しい雨に打たれた「昭和の日」になりました。


昭和を振り返り捉える上で4期に分け、どのように格闘し駆け抜け、次にどう繋ぎ展望するかと。

①1945年/昭和20年までを1期として「戦争の時期」
②1960年/昭和35年までを2期として「復興の時期」
③1975年/昭和50年までを3期として「生産の時期」
④1989年/昭和64年までを4期として「経済の時期」
時期の括りや捉え方には、多少の異論もあると考えますが、


まぁ、大きな括りとして記述してみます。

①の戦時動員で、安い「生命」を動員し、結果的に疲弊し全損でした。
②は賠償と復興の環境を克服するために歯を食いしばり、左右の対立を超え、汗まみれで取り組み目の前の課題を克服した環境と受け止めます。
③は1964年(昭和39年)の「東京オリンピック」と1970年(昭和45年)の「大阪万国博覧会」に続く1972年(昭和47年)の「札幌オリンピック」までは、目標に向け達成するために、あらゆる「生産」を集中させる環境でした。
④は目標を達成し「経済の充実と確立」に向け取り組む環境でした。
その「証」として、円の国際化が求められ、結果的には「金融政策」として国際的にも国内的にも失敗(敗戦)に帰し、その後1989年以降から平成の31年間を通し「金融敗戦」から立ち直れないままです。


昭和の「64年間」に、大きな、しかも決定的な敗戦を2度経験し、2度目は、今もなお「立ち直れず」低迷したまま彷徨い続けているとも言えます。
立ち直れなければ、残念ながら後20年~30年で、国も民も資産を食い潰すのではないかと、あらゆる環境を考えると、真剣に深刻な心配をしています。


形だけ「豊」になった日本人は、いつの間にか「知恵」を創らず考えず使わず、都合が悪くなると「国」に要求する事ばかりを繰り返し、まるで「自律」など思いもつかぬのか、すぐに「規制」を求め、その「対価」として、恥じらいもなく声高に「国からカネ」をせびるようになった。


米国は喪った「中間層」を再形成するという!
それは日本も同じ構図なのだが、日本はそれを認識しないのか口にもしない。
現実は、日本を支えてきた「中間層」の崩壊現象を前に、その「中間層」に軸足を置く「政治」は事実を見ず、なおも旧弊な対処療法で逃れようとしている。

「コロナ禍」で、その姿勢が明らかになった。
日本の政治は、ミギからも呆れられ、ヒダリからも呆れられ、ただただ寄りつく島もなく行き場を喪い彷徨うばかりの姿を見せ続け。

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