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2021/05/17

5/15は本当は「葵祭」ですが、京都で「関西フォーク」とはナンだったのか? と

ある意味では、現代のSNSとも言え、世に対する不満や心情を唄う事に、共感の輪が拡がり底知れぬムーブメントを形成したかも。


基本は、ピュアでありアマチュアだった。
それに目を付けたMBSでラジオ番組としての「ヤンタン」で釣り上げ、体制批判側と従順体制側に篩いにかけ分岐させ、一方は「野音」や「カフェ(例えばディラン)」を基盤にライブで共感者を拡げつづけたが。
もぅ片方は巧くMBSに吸い寄せられ「メディア」デビューを果たし商業的に地保を築いた。


二つとも、明確に「うたごえ運動」とは一線を画していた。
(やはり、ヨモギのヨヨギ勢力とは同じではなく!)


メディアに乗った側と、マイナーでもオリジンを追究した側は、マイナーでもムーブメントとしての影響力は明らかであった。
それは、現代社会のSNSにあっても同様といえる。


東京でも同様の構造だろうが、メディアやレーベルが集まるだけに、分類が複雑で一筋縄には整理できない。
やはり、ヤマハが「つま恋」でポプコンとして釣り上げ、それに呼応し尻尾を振ったバカドモは許し難いとの結論に。


この時に、商業主義に主導されビジネス化への道を突っ走ったクソドモは、今に至るも認める事などできない。
「泉谷しげる」「なぎら健壱」は、それなりに踏み止まった、と一応は評価しておこう。
メディアに乗せられ、ビジネス路線へ変節した野郎はダメだ。


当時は、あらゆる事が「星雲状態」で、若手の落語家も仕事がなく、貧乏と時間を持て余し、世間の余剰で生きている事「オマケ」を反芻させられ続けた日々だった。


ヨモギの匂いに吸い寄せられヨヨギの「うたごえ運動」に囲い込まれ生きるか、いやいや「ロウオン」に囲われるか、ソウカガッカリィの「ミンオン活動」に利用されるか、それともアマチュアを脱皮し、体制に媚びMBSを足掛かりにメディアデビューし、更に上を目指すか。


誰とは言わんが「関西フォーク」と一線を引き、メディア社会に媚び生きる途とした者は多い。世の中でボリュームの大半は、少なくとも感覚的に自らの感性と合い、著名であれば「支持しカネを払う」と。メディアにチヤホヤされ、ヒエラルキーへ逃げ込み安心し。
それは社会へのアプローチやムーブメントではなく、カネ儲けの「ゲェ~ノォ~」だろうが!


やはり、大阪では天王寺の野音、京都では円山の野音、時に京大西部講堂、これらが、ビンボでも底辺と指南されても媚びず、自らの主張を貫き、堂々と社会を批判し、権力を揶揄する「関西フォーク」を育てたなぁと。


来年(2022年)は、服部緑地の野音で「春一番」が復活開催される事を切望しようと。
半世紀を超える批評の会になりました。

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