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2021/06/08

日本の「行政組織」は「知らせず、寄せつけず」幼児のまま「WWⅡの敗戦」も75年経過し、未だに根拠なく空虚な「精神主義」と「竹槍主義」を跋扈させ続け

ミギもヒダリも「東京オリンピック」開催で煩い限り!


政府は「開催」を既決なのだから、それなら 「スカの三度笠」が明確に意義と目的と着地点を示し述べず、主張する時期を失い、ダラダラと混乱し続けるのだ。


賛否とも空虚に兵站もなく全滅へ辻政信の「ノモンハン」に始まり、東條英機は「ガダルカナル島」での精神論を鼓舞し、「インパール」でも兵站を無視し精神主義を爆発させ、ついに神国ニッポンは国が滅ぶ事になった!


安普請を登場させてから、ニポンは「穴熊囲い」で、根拠もない「精神主義は満開」でメデタイ事だ。


「ヒダリドンベ」から転向した「ニワカウヨク」が、元の宗旨の「リベ珍」と同じように空虚な屁理屈を述べ立て喧しい。


一生懸命に、自らは敬虔な保守であり(ニワカ)ウヨクだと、何かに付け主張している。
一貫して真正な保守としての日々を送る側や周囲の人には、「ニワカウヨク」の珍奇な理屈や解離性障害に満ちた口先主張はハッキリ言って、邪魔で鬱陶しい存在でしかない。
最初は、迎え入れ遇していたが、余りにも空虚で無知ゆえ、その内に無視はしないが、誰もその存在を認めなくなった。


それでも、聞き語りやら底浅いニワカ知識を何処からか、仕入れて吹くようになっていた。
今日までの実際のビヘイビアも不明で、バカバカしいため、失笑しながらも構わず相手にせず放っているが、真に迷惑な限りデス。


呆気の汚馬鹿は、社会的騒擾が好きなようで。
SNSの世界では、ニワカの口先ウヨクは、結構な量で根を張り、やたら噛みついているとか。


「スカの三度笠」と「東京オリンピック」
いよいよ詰んできましたね!


無知の汚馬鹿が都合の悪い者は「排除(しろ)論」が跋扈してきた。
無能を隠すため、自らに分がないなら、議論を避け、排除へ向け無能が無責任なまま、しかし名誉だけは得ようと。


すると、
悪乗りでハシャグ自分を眺め、喜々とする呆気や汚馬鹿は手が付けられず。
遂には突破に向けた議論を避け続ける側を批判せず痛罵せず、反論されない相手を平気で詰り、殆ど「東條英機」に心酔するが如く汚馬鹿は全盛で呆気ぶりも格別だ。
老い先の短い汚馬鹿ドモを嗤うが、実に哀れなピエロに見えるのはオシイな。
基本は、徹底したエビデンスとコンセプトで議論を。


尾身氏は、分科会の会長として、
「政府は、オリンピックを開催するなら、それ相応の『感染対策』や『医療体制』を整え、改めて目的を指摘し、国民に理解を呼びかけ、一定の支持を得る必要があります」よ。と、言っているのであって、自分達の考えを理解してくれないなら、邪魔だ。と、いうのは国民をバカにしているとしか言えずだろ。


議論で倒す! 議論で克服する! これが大原則だ!
議論が弱いからと、正面から対峙せず、逃げ、避け続け、答えず・・・


その昔(約半世紀前)、
やはり、口裂けの「実力闘争」だと主張し酔い続けた呆気の若輩者ドモが、無知の血気に煽られ街頭の暴徒と化していた側は、ニッポン陸軍と同じくマルで呆気も群を抜き、ほぼ素手で武装だとクチにし酔っているだけに過ぎぬ、真にテンネン堕把。


1960年から60年を経て、未だに「呆気」から脱けられず、口先で政治権力を罵倒する「リベ珍」と、宗旨替えで「呆守」の側へ転向し、いまは「ニワカウヨク」を口喧しく騒ぎ立てる、老いたる呆気ドモは、ミギもヒダリも「日本」を「半島酷化」させる解離性障害と同じだろう。


引用開始→ 尾身会長「排除」の先に見えてくる「インパールの悪夢」の再来
目的遂行のためには「客観的分析」を無視、それは敗戦への第一歩
(ジャパンビジネスプレス 2021.6.7 作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 東京オリンピックまで、あと50日と迫ったところで、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が、現状での開催に懸念を打ち出している。

政府が任命した専門家の意見、厚労大臣がまともに受け取らず
「今の状況で(オリンピックを)やるのは、普通はない」

「何のために開催するのか明確なストーリーとリスクの最小化をパッケージで話さないと、一般の人は協力しようと思わない」

 2日に衆院厚生労働委員会でそう断言すると、続けて翌3日の参院厚生労働委員会では、

「オリンピックは普通のイベントと規模も注目度も違う。人の流れが生まれる。スタジアム内の感染対策だけを議論しても意味はない」

「ジャーナリストやスポンサーら大会関係者がプレーブックを遵守してくれるのか。選手より懸念があるのは専門家の一致した意見だ」

 ときっぱり。さらに翌4日の衆院厚生労働委員会では、

「お祭りムードになって普段会わない人と飲み会をすると、感染者、重症者が増え、死亡者が出てくることもあり得る」

 とまでした上で、こう宣言している。

「感染リスクについて近々、関係者に考えを示したい」

 これに対して、田村憲久厚生労働大臣は、

「自主的な研究成果の発表という形で受け止める」

 と、言ってのけた。政府の対策分科会の会長の見解を正面から受けとめない姿勢だ。

「1億総火の玉」で五輪突入を強いられた日本国民
 報道によると、この尾身会長の一連の発言に、政府高官や自民党幹部の間では、「言葉が過ぎる」「尾身氏はオリンピックの開催を判断する立場にはない」「(首相はオリンピックを)やると言っている。それ以上でも以下でもない」などと、批判する声があるほか、首相官邸幹部は「尾身氏をグリップできない」などと言及していることが伝えられた。

 オリンピックありきで政治家が専門家の科学的知見に耳を傾けない。それはまるで戦時中の日本を連想させる。

 そもそも、尾見氏が会長を務める政府分科会の役割は、国民の生命を守るべく、文字通り新型コロナウイルスの感染拡大を抑止するために政府が対策を打ち出すにあたって、ド素人の首相から役人たちに専門的な知見と助言を与え、政策の諮問があればこれに答えることにある。菅義偉首相が口にするようにこれが「新型コロナウイルスとの戦い」すなわち戦争であるとするのなら、いわば政府が選任した参謀役である。

 その会長が東京オリンピックにおける感染リスクについて見解をまとめるというのに、現場指揮を取る厚生労働大臣の黙殺発言はあり得ない。

 もっとも、田村厚労大臣は発言の前提として、オリンピックの新型コロナ対策調整会議に感染症の専門家の2人が入り、すでに「専門家の意見として反映している」ことを理由に挙げている。だが、それは主催側の立場からの見解が反映されているのであって、本来であれば、このような状況下でオリンピック開催を受け入れる国内情勢、国民目線での感染リスクが議論されるべきはずが、まったくなかったことを示している。それこそ異常だ。

 国民1億が火の玉となって東京オリンピックに突き進むのを決定事項として、いわば参謀本部の存在を無視していることに他ならない。異論は許されない。

「反対意見や直言を排除し作戦遂行」は大戦時と同じ態度
 こうした状況は、先の大戦の日本陸軍にも見て取れる。参謀の反対意見や現場将校の直言を互いに無視するどころか、解任してまで作戦を遂行したことによって、日本を惨憺たる敗北国に導いている。

 そのひとつが、これまで私が再三再四、政府の新型コロナウイルス感染対策の愚策を例えるものとして言及してきたガダルカナル島の戦いだ。今回で3度目、しかも延長になっても国民への要請を繰り返すばかりの緊急事態宣言。日本の戦局を大きく変え、敗北へのターニングポイントとなったガダルカナル島の奪還にも、3回の攻撃が繰り返され、その度に増派したものの、帝国陸軍の伝統である夜襲による「全軍突撃」に固執したことで、敗退を余儀なくされている。

 実は、この3回目の「全軍突撃」にあたって、十分な戦備と補給、空軍の協力を得られない決戦は避けるべきとした二見秋三郎参謀長は更迭されている。さらに現場で指揮をとる川口清健少将は、参謀本部に敵陣への正面攻撃を避けるべきだと進言する。前回2回目の突撃の教訓があった。ところが、その進言が受け入られず、再度、参謀長に見直しを求めたところで現場指揮官を罷免となった。その末路は、歴史が示す通りだ。

 また、史上最悪の作戦と酷評されるインパール作戦。この作戦立案にあたっては当初、補給をはじめ無理があるとして、現地の第15軍の幕僚たちは作戦の不可を申告していた。これに立案の中心人物だった牟田口廉也中将が激怒し、同軍の参謀長の解任にまで至っている。それで突撃優先、兵站軽視で決行された同作戦の末路は、多くの日本兵を飢餓と疫病で死に追いやったばかりでなく、日本の敗戦を決定づけるものだった。

 まして、現地を視察した秦彦三郎参謀次長が戦局の悪化と同作戦の中止を示唆したところ、東條英機首相兼陸相はその弱気を責めたという。相次ぐ作戦の失敗と戦局の悪化で、戦争指導の継続と政権維持をインパール作戦の成功に賭けていた。それが作戦中止を遅らせた一因となった。菅首相がオリンピックにこだわるのも、感染対策への批判で支持率が落ちる政権の浮揚を狙ってのものだとしたら――。

コロナで苦しむ世界がなぜ「スポーツの力で一つになれる」という発想になるのか
 菅首相は4日、東京オリンピック・パラリンピックの開催目的に関して、記者からの質問に書面でこう回答している。

「五輪・パラリンピックは世界最大の平和の祭典であり、国際的な相互理解や友好関係を増進させるものです。安全、安心な大会を実現することにより、希望と勇気を世界中にお届けできるものと考えています」

 東京オリンピック開幕までちょうど50日となった3日、大会組織委員会は表彰式で使用される表彰台や楽曲、衣装などを発表した。そこで挨拶に立った組織委員会の橋本聖子会長は、こう述べている。

「世の中にはこんな時代になぜ五輪・パラリンピックを開催するのかという声もあります。しかし、このような困難な時代だからこそ、私たちはオリンピック・パラリンピックを開催し、コロナによって分断された世界で人々のつながりや絆の再生に貢献し、スポーツの力で再び世界を一つにすることが、今の社会に必要なオリンピック・パラリンピックの価値であると確信しております」

 スポーツの力で新型コロナウイルスが撃退できるのなら、こんなに苦労はしない。むしろ、国民の生命が脅かされている最中に、こんなきれいごとを豪語するのは、精神論ばかりが先立つ“五輪バカ”の典型と呼んでも過言ではあるまい。竹槍で本土を空襲する爆撃機を墜とすといっているようなものだ。

 オリンピックを開催する目的も的を射ず、分科会の存在も無視するように、とにかく突撃する菅政権も同類だ。

 そうすると、次に政府がやってくることとして私が懸念するのは、新規感染者をはじめとする感染状況の数の改竄だ。そうやって、オリンピックは安全に開催できると国民を騙す。戦局が悪化しても、都合のよい情報ばかりで戦争には勝てると大本営が発表していたように。よもや、いまの自民党政権、官僚がそんなことしない、と思っているとしたら大間違いだ。なぜなら、わずか数年前に森友学園への国有地売却をめぐって、財務省は思い切り公文書の改竄をやってのけているのだから。またやったとしても不思議ではない。それだけに現政権が恐ろしくなる。←引用終わり

今日に至る政治的混乱の全ては、昨年秋の総裁選後、直ちに「信」を問うと、衆議院を解散し総選挙に打って出て、自前の政権基盤を造成せず見送った「スカの三度笠」の勝負勘を欠く小心にある。


政治は絶好機を一度しか与えず。それを見送ると、後は時間をかけ「死に体」へ至るのだ!

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