引用開始→ 元陸将補が斬る、安全保障から見た自民党総裁選
万世一系の天皇でなくなれば、日本の存続はない
(Jb Press 2021.9.22 森 清勇)
9月29日に行われる自民党の総裁選に4人が立候補した。
自民党、なかでも当選回数3回以下の議員(以下若手議員と呼称)は、総裁選後に控える総選挙に勝利するため、「自民党的・保守的政策」の候補よりも「選挙の顔」になりうる候補者を選ぶような動きを見せている。
このため、過去からの人脈や政治理念を共有する派閥に属しながら、若手議員は派閥の縛りをなくするように動き、派閥横断的な「党風一新の会」を急遽結成した。
政策抜きで自分たちの当選をしやすくするためだけの集まりである。マスコミも発言力のある候補者を最初に話題に乗せ、人気を後押ししている感がある。
自民党は派閥で政策を競い練った
派閥は本来国家のあり様を考える政策集団であるから、一種の「公」である。
対して派閥の縛りを緩め、総選挙で「当選」するために政策も理念も抜きに集まるのは「私」を重視したものと言える。
従って「党風一新の会」は、「公」なしの「私」である。
議員たちには「当落」がかかっているため、「分かっちゃいるけど・・・」というところかもしれない。
議員心理としては頷けないでもないが、国会議員は国家の運命にかかわる大事を行うもので、本来のあるべき姿は当選する「私」よりも、日本という「国家(のあり様・存続)」を先に考えるべきなのだ。
いまの時代には「(国家に)身命を賭する」と言ってもなかなか理解できにくいが、かつては国家のために一命を「鴻毛の軽き」に置いた人物はいくらでもいた。
松下村塾で西力東進を知った人士は、国家の存続のためにいかにすべきかで議論し身命を賭して明治維新につなげ、その後は新生国家のあり様をめぐって西郷隆盛は西南戦争に散った。
国家の安全や独立をめぐる戦争では数多の軍人たちが身命を捧げてきた。なかでも特徴的な存在の一つが特攻である。
また、国家を思う自説が受け入れられないと知った三島由紀夫は自刀して果てた。
議員たちは「選挙の顔」を選びたいし、「顔」となるべき人物は多くの支持を得るために普段の革新的な持論を封印してまで保守層の自民党員を呼び込もうとする。
しかし、それは仮面でしかない。政権党の総裁となり、国家の総理となった暁には、仮面を?いで信念に走り出し、国家を予測しなかった方向に向かわせる事例はたくさんある。
「ハーメルンの笛吹き男」で失敗した事例
こう述べると、「ハーメルンの笛吹き男」を思い出す人も多いのではないだろうか。かつて、政治の世界でいくつも起こった事実である。
最もイメージしやすいのはヒットラーの出現である。話術が上手く人気抜群で、民主的な選挙で党首に選ばれ、次いで首相となる。
その後、第2次世界大戦の火付け役になり、世界の破滅をもたらした。
ヒットラーはジェノサイドと結び付けられるため日本の指導者とは比較の対象になりにくいが、人気で選ばれた政治家がいないではない。
その一人は近衛文麿である。
長身で容姿端麗、頭脳明晰な貴公子は人気があり、血筋も抜群であった。第1次世界大戦後のベルサイユ会議に陪席して宣伝戦の重要性も感得した。
しかし、首相となった近衛は中国や米国の宣伝戦に翻弄され、日中戦争と日米戦争に引きずり込まれる仕掛け人になってしまった。
至近では政治家一家の小泉純一郎氏がいる。
「自民党をぶっ壊す」と公言して登場した氏は今でも人気があり、脱原発で太陽光発電では氏を中心に一家をあげて宣伝塔となっている。
沈滞した日本を変える変人として国民の輿望を担い、郵政民営化に反対する議員には刺客を送り込むなど、人気抜群で短切な発言には威厳さえ感じられた。
自衛隊をサマワ(イラク)に出すに当たっては憲法を改正することもなく、「自衛隊がいる所が非戦闘地域(すなわち安全地帯)だ」と強弁して派遣した。
人気と威圧にかまけて、(憲法改正も含めた)真剣な議論をしなかった。
平和憲法と称され、国会では「戦闘」という用語さえ禁句であるが、南スーダンに派遣された自衛隊にとっては内戦状態で弾丸が飛び交う状況は「戦闘」そのものである。
国会における机上の空論が、自衛隊の現実の活動を今も困難にしている。
小泉答弁が普遍的・合法的であったならば、自衛隊が派遣される先は文句なしに「安全地帯」のはずで、今次のアフガンからの日本人や該国の協力者移送のため早急に自衛隊機を派遣し、「安全の確認」に時間をとられる失態など起こり得べくもなかった。
コロナやアフガンで対処が遅れた根本原因
総裁選でコロナ禍対応が喫緊の課題であることは分かるが、アフガンから邦人等を移送できなかった事案からは、尖閣や台湾に迫りくる危機対応に欠陥が生じかねない危惧を持たせる。
繰り返される「緊急事態宣言」に国民は疲れ、もっと効果的な方法が求められている。
例えば、憲法に緊急事態条項があって、「あらゆる資源を動員できる」となれば、昨年から繰り返される緊急事態宣言より実質的で効率的なコロナ対処ができたのではないだろうか。
こうした規定がないばかりに、国家・国民の安全安心に全責任を持つ首相といえども、世界一といわれる日本の医療資源を適時適切に動員することができず、「医療崩壊」に直面する現実をもたらした。
現存する資源の約80%が民間病院で、政府さえ手が出せないからである。
アフガン問題も同様だ。
米軍の撤退が明確になり、タリバンが首都を制圧した8月15日以降、12万人以上を退避させた米国は別としても、英国は約1.5万人、ドイツは約5300人、韓国も約390人を軍用機で退避させた。
大使館の日本人職員12人も8月17日に英国の軍用機でアラブ首長国に退避した。
大使館員は民間機でない〝英軍機″で退避するのに、多数の日本人を移送するのに自衛隊機を使えない矛盾が見え見えだ。
この時点で、日本の為政者たちは自衛隊機を派遣できない法体制がおかしいと思わなければならないのだ。
大塚拓国防部会長は「自衛隊機派遣を最初からオプションに入れて検討していればもっと早くできた可能性がある」(「産経新聞9月3日付」と語っている通りである。
事態の思いのほかの急展開を予測できなかった、見誤ったと言われ、過失が見逃されようとしている。
退避活動で成功したとみられる英国やオランダでは外務大臣が引責辞任させられている。
日本の手ぬるさでは、自衛隊法の改正、ましてや憲法(の改正)に行きつくことなどないであろう。
「憲法の神学論争」と「机上の空論」がもたらした結果が明白であり、今後はこうした事態が頻出するかもしれないと予測されるにもかかわらずである。
野党は、コロナそっちのけで総裁選に浮かれていいのかと、ここが先途とばかりに自民党攻撃に注力しているが、神学論争も机上の空論も、もとはと言えば野党に原因がある。
先入観にとらわれたマスコミ界
菅義偉首相が退陣表明してから立候補締めの前日まで、立候補を正式に表明したのは、岸田文雄、高市早苗、ずっと遅れて河野太郎の3氏であった。
ところが下記のように、マスコミの多くがなぜか河野氏を最初に持ってきた。
河野氏は(9月)14日、党本部で自身を中心とする勉強会に出席して、「人が人に寄り添う、ぬくもりのある社会を目指していきたい」と総裁選での支援を呼びかけた。会合には約20人が参加し、「河野候補を応援する派閥横断の会」の設立を決めた。
岸田氏は報道各社のインタビューに応じ、党がまとめた4項目の憲法改正条文イメージのうち、緊急事態条項については、新型コロナウイルスをはじめとする感染症も対象に加える考えを示した。北朝鮮による拉致問題については「金正恩朝鮮労働党総書記と直接会うことも大切な選択肢だ」として解決に意欲を示した。
高市氏は14日夜、国会内で総裁選の選挙対策本部の立ち上げ式を開き、「国民の命を守るために必要な政策を打ち出し、傷んだ日本経済を一刻も早く立て直したい」と決意を述べた。選対本部長には古屋圭司元国家公安委員長が就任した。
締め切り前日に立候補表明した野田聖子氏は、弱い者、少ない者、高齢者などの目の届く政治をしたいと語っている。
立候補者の人間性を示す短評である。
河野氏は「ぬくもりのある社会」をあげるが、ツイッターへのフォロワーは多い割に人付き合いは上手くないようだ。気に入らない相手はすぐブロックするともいわれ、そうした声は汲み取れないのではないか。
岸田氏はコロナ対処の観点から健康危機管理庁の創設をあげるが、何が起きてもカバーできる憲法自体の改正が必要なのであり、党是でもあるはずだ。
目の前の事象しか見えなければ、新しい事態に対処できない。拉致問題は日本の主権問題であり、人権問題でもあり、言及には意義がある。
高市氏は「国民の命を守る必要な政策を打ちだ(す)」とし、普段から主張している憲法改正をにじませている。
また、コロナ禍で生産性のない生活を強いられ、日本経済が大きなダメージを受けた。早急に立ち直さなければ、日本の沈没につながりかねないと危惧する。
いずれも候補者の主張の一部でしかないが、この配信記事からもそれぞれの人物像が読み取れる。
なお、上記の配信にみるように、多くのマスコミは立候補者の発信力・突破力、あるいは世論調査結果に捉われているのか、河野氏をはじめに持ってくる。
通常であれば、立候補表明順か〝あいうえお″順などで、河野氏が最初に来ることはない。既視感を国民や党員に持たせないためにも、報道は公平・中立に留意すべきであった。
河野家が関わる政治課題
そうは言いながらも、報道などがもたらす影響であろうが河野氏への注目度が突出し、総裁選の中心に置かれているようなので、政治家河野家の系譜や、特に太郎氏の発言を知り吟味することは重要になっている。
祖父一郎氏は副総理まで務めた大物である。
農林大臣時代に歯舞・色丹周辺での漁業交渉にかかわるが、その行きがかりから日ソ国交交渉にも下交渉で関与し、「平和条約の締結後、歯舞群島と色丹島を引き渡す」という共同宣言の文言がいまに至るも尾を引いている。
父の洋平氏は自民党総裁となり、村山富市内閣で副総理兼外務大臣として、その後の自民党内閣でも再び外務大臣となり、領土問題に大いに関わるが進展はなかった。
洋平氏が残した負の遺産は「河野談話」である。
日本軍の実態をゆがめ、韓国の言い分を取り入れた妥協の産物で、韓国をはじめ世界が日本の人権問題として糾弾する根拠文書となっている。
安倍晋三政権は談話の発出経緯を検証し、根拠文書となり得ないとしたが依然として利用し続けられている。
太郎氏も外務大臣として領土問題に係るが進展はなかった。
また、天皇の御代替わりに当たって、外務省内で作成する文書の表記を西暦に統一する〝元号廃止″と言い出し、省内から怨嗟の声が上がったという。
さらにライブ配信で「愛子さまをはじめ、内親王のお子さまを素直に次の天皇として受け入れることもあるのではないか」と、女系天皇容認論に言及し、〝愛子天皇″もありとした。
現憲法体制下、既に皇位継承順位は秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下と2代先まで決まっているのを覆す発言であるばかりでなく、肇国以来受け継がれてきた男系男子が天皇位を継いできた歴史を否定したものだ。
同氏は〝原発ゼロ・再エネ100の会″の発起人の一人で、自民党の主張と相いれない。
防衛相の時、「自衛隊の施設で使う電力も、将来的には〝再生可能エネルギー比率100%″を目指すと述べ、関係者を慌てさせた。
天候に左右されるエネルギーでは、いざという時に自衛隊が機能しない危険性があるからだ。
大臣は閣議で導入決定したイージス・アショアを、根回しせずに配備撤回し、国家を危険極まりない状況にさらした。
あるいは、撃ち殻の落下被害と核弾頭の被害を同列に置いた非常識には熟考の余地があったという考えもある。
太郎氏は立候補に当たって天皇継承問題や原発問題を封印したが、所属する麻生派からも危惧がもたれ、派の全面支持をもらえなかった。
ともあれ、河野家は日本の領土と国家の名誉、どちらかと言えば毀損する形で関わってきた。今後、太郎氏の関りで皇室とエネルギー問題が揺らげば、日本は日本でなくなる危険性がある。
「抜群の人気と発信力を誇りつつ、同時に、〝浅慮″〝独りよがり″との批判を集める『変人』に、日本の舵取りは委ねられるのか」(「週刊新潮」2021年9月16日号)と問うのは、新潮誌だけではないだろう。
おわりに:国会議員の責務
総裁選のすぐ後には総選挙が控えている。自民党の総裁選であるが4人、しかも女性が2人も立候補した。
内憂外患が山積する今の時代、当面の安全・安心もさることながら、政権政党として、日本の歴史と伝統を踏まえた国家のあり様をしっかり論戦してもらいたい。
野党は自民党の総裁選が盛り上がることに危機を感じてか、「コロナに注力すべきなのに総裁選とは何事か」と詰問し、コロナ対策で臨時国会を開くべきだと訴えている。
この主張が言いがかりでしかないことは明白だ。
コロナは昨年初めから続いているのに、通常国会ではコロナ抜きで政権に打撃を与える論戦ばかりをしてきたからである。
野党はアフガンで自衛隊機を早く出せなかった問題を真剣に考える必要がある。
「安全の確認」は大切なことであるが、現実にはそうしたことを考える余裕がないことも多い。現実無視の条文が「自衛隊機を早急に出せない」ようにしたからである。
議員は与野党を問わず、歴史と伝統を踏まえて国土の安全と国民の安心を確保するために選ばれたことを、今一度思い返して欲しい。
そして、危機対応が遅れる根本は憲法に遡ることに思いを致し、いまこそ、神学論争から抜け出した憲法(改正)論議をやるときではなかろうか。←引用終わり
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