日本人は「(少数の)上級国民と(多くの)中間貧民」へ急激に分化していると揶揄されても真面目に真っ当に、その日を生きる事に懸命なのです
9/06に、
「週刊ダイヤモンド」9月11日号が煽る「上級国民と中間貧民」があり、紹介に上げましたが、都市ビジネスでマーケティングを多角的に捉える者として、既に40年前に「日本の階層(市場)」を捉え、ファッション・ビジネスの展開で、確実にセグメントし、テイストのバイアスをかけ、市場を細かく切り刻み、アプローチする事で果実を獲得してきました。
それを熟した側としては、富の偏在の正義や不正義を議論する事は別に、40年前は潜在的な傾向であり、税制も過酷であった事で、ここまで明らかではなかったワケですが、それは単に「富裕層」を敵視する税制だっただけで、均等な税制を敷いた瞬間に「日本社会」が保ち続けた「社会文化」も含む「平等性」が喧しくなり、保全すべき個人所有の「文化財」が散逸する結果を生みました。
しかしながら、日本人の大半は、社会的不満を持ちながらも、
真面目に生き、真っ当な生活を送ろうと苦闘しています。
現在は、資産格差+労働配分の不適正が加わり、いわゆる不公正といわれ。
基本は、日本の経済構造が「労働生産」偏重で、
国として本質的な円安依存体質で「低付加価値生産力」にあるためです。
現在の日本は、景気刺激を掲げながら、その日、その時を「喰う」ために国のカネを「消費」して過ごし、それは次代への「投資」ではなく、成長政策も考えず戦略投資もないまま、ただただ「消費」し続け「付加価値生産力」を喪い、展望のないまま衰え続けているにも関わらず、市場全体が諒とし、互いに喰い合うという最低最悪の経済なのだ。
農業生産重点の中世から近世の社会と「所有と非所有」が同じような構造になっているため、生産手段の所持・保有者と、非所持・非保有者の間には、埋められない巨大な格差があったのと同じ構造・構図です。
| 固定リンク


