何れの国も同じだろうが、クリエイティブよりルーチンワークの方が向いているのだろうが、ルーチンワークにもクリエイティブ能力が必要だ!
日本人は、基本的に「クリエイティブ」に取り組むよりも「ルーチンワーク」が好きで、それを社会が共有するのは「稲作社会」が産み出した性とも言えるか。
45歳定年が話題になり、現実に実態を知る側は「苦笑い」し、ぶら下がり族は「激しく非難」し、よく日本の世相を表している。
18歳または22歳で学業を修え、50年近くを平々凡々と、時に汗を搔き、ぶら下がり生きる事を描いてきた人には衝撃だろうが・・・・・
考えてもみよ、
現実の事業経営は、企業30年説が一般的な共通認識だったが、昨今は企業24年説と認識されてきた。
創業し5年~10年で、企業基盤を固め拡大するため人材採用に踏み切り拡大均衡を計るが、そこから10年~15年で限界がくる。
それから5年~10年は、縮小均衡しながら息を繋ぎ終焉を迎える。
上場企業に結びついた事業も、5年~10年で事業構築を考え、人材を手当てし、トライ&エラーを重ねながら常に事業創出に挑んでいる。
老舗企業は、基盤の事業を維持するために、猛烈な新市場分野の開拓に挑み続けている。
例えば、日本の和菓子を代表する「とらや」は、600年近い老舗だが、著名な羊羹「夜の梅」だけに囚われず、時宜に応じた生活様式に対応した製品ラインの充実、新規の製品開発や業態開発また海外市場の開拓にも果敢に挑戦し「老舗」に安住せず、企業としての改革・革新を続け、毎日が新しい事業者であり続ける事で、600年を乗り越え続けている。
その努力や挑戦のない単一の事業者は、ほぼ四半世紀で限界を迎え、社会の変化はそれだけ激烈という事だ。
従って、従事者の側も積極的に10年毎の「見直し」が必要だ。
自らの「棚卸し」で「再評価(価値付け)」を果敢に行うべきと考える。
50年間を「労働生産(活動)」に充てるとして、33歳頃に一度、45歳頃に一度、60歳頃に一度、社会の変化に合わせ「自身の価値付け」をする方がヨイだろうと考える。
何よりも、稼ぎを支えるのは「知恵」と「技術」を活かす事で成立するワケで、健康の維持と体力を保つ事が重要とされるように、知恵と知力と技術を磨き高める事が重要だろうと。
それを補助する「リカレント(Recurrent)/学び直し」に取組みを、積極的な政策展開で補う事が重要だろう。
それにより「人材の流動化」も可能になる。
それは余りにも「博奕」だと考える人は、
変化やリスクのない「(地方)公務員」を目指すだろう。
社会全体が、その種のリスクを取らない人が大多数を占める「社会主義社会」みたいな国は、口先では変化や改革が必要だと言いながら革新にも取り組まず、ただただ「傷口をなめ合う」だけの「妬み」が蔓延する閉鎖的な社会でしかないだろう。
国の革新、社会の革新、事業の革新、企業の革新、それは人材の革新が不可欠だ。
人材の革新は、挑戦人材の育成で、教育研究の革新を欠かしてはならない。
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