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2021/09/06

真面目に実直に一直線だけでは・・・・・ 朴訥でも自らの言葉で自らが感動を呼び起こす話ができる事・・・・・ それを根源で欠くのが管義偉じゃないか?

まぁ、現在の政治家で、これほど「実直」な人はいないと見ている。
特に、あらゆる事に「一直線」で、頑固一徹、他人の意見や助言を聞かず、
思い立てば「真っ直ぐ、マッシグラ」に突き進み、結果を見よ、結果を! と。
「そうでもしない限り、日本の官僚行政は動かず、ノラリクラリの日々を繰り広げ無駄な時間と歳月が費消されるだけじゃないか!?」と、意気込んだ。


だが、御仁は自らの言葉を持たなかった。
最初から、打破すべき官僚行政が準備した ”無味乾燥” で噛み合わないステートメント(つまり官房長官発表)を代読する日々の連続に終始した。


秋田からの集団就職少年。
法政大学で夜間に学ぶ苦学青年。
大志を実現するために、政治家見習い(私設秘書)に就き、靴を磨り減らし取り組む。
国会議員になり、政治の師として故・梶山静六氏に学び、爪を研ぎ「一匹狼」として孤高を守り。
機を見て敏であり、いち早く「次の権力奪取」を助言し、今に至る扉を開き。
ここまでは、意外に冷静沈着で安定していた。


ところが、
立場は変わり、自らが頂点に立ち、天下国家に号令する事になった。
真実の「友達」を持たず、ないままに。
しかも自らの「言葉」を持たないままに。


以前、
文化は無形で「知恵」の結晶であり、文明は有形で「技術」の結晶であり、「言葉」や「声」は「知性」の表れで「センス」を示すと、示唆したが、改めて想い起こして頂ければ幸いです。
追求し、実現した「政策」での大失敗は、
この記事も触れているとおり「アフガニスタンからの在留邦人と現地協力者関係者の退避救援」を果たせなかった点だ。


それ以外は、
大きな失敗も失政も見当たらない。
政策の評価は、時と環境条件に依り変転し続けるものであり、それはそれで致し方がないのだ。
しかしながら、仕える立場から、頂点に立つに至った段階で、
自身の「言葉」を持たぬ悲哀が噴出した。
この1年、首相の言葉は聞こえず、いつまでも内閣官房長官のままであった。
ステートメントは要らないにも関わらず、自身の言葉を発する事もなく行政官僚の準備した原稿を棒読みする330日と言えた。


これらを捉え、「丁稚」から「手代」に上がった程度の人物が、「小番頭」も「中番頭」も経験せず、いきなり「大番頭」を任され、その延長で主人たる「大旦那」に就き襲名したワケで、それなら「旦那衆」の言葉が要るのは当然で、書画・骨董、小唄に義太夫、茶の湯やら香道に造詣を持つ、一廉の器であるとしなければ示しがつかないのだ。

故に、1年限定の「ワンポイントリリーフ」であると宣べ、周囲を最後まで競わせ、地位や権力に恋々とせず開き直って取り組めば、おそらく混迷する事などなかったのだ。
セットアッパーのリリーフは一回限りを十全に抑え、堂々とマウンドを降りるのが潔く正しい道だ。

その厳しい掟を破り、禁を冒し「回を跨ごう」とした事で、コーチの問題も含め、蓋をしていた問題が漏れ出し爆発したのだ。


前任者も、当初は自らの言葉で語って聞かせた。
多少の政策齟齬はあっても、その分かり易い言葉に国民は反応し、支持で応えた。
しかし、森友学園の籠池夫婦を巡る大スキャンダルの国会答弁で、一気に雲行きが変わり旗色も褪せ「言葉」の重みが消え、次々に引き起こされ投げられるスキャンダルに身構えた頃から、全てが「行政官僚」の準備する原稿の棒読みに転じ、意図が伝わらず、熱い支持層も徐々に離れ、健康を崩し退陣となった。


政治家は「言葉」で生きる仕事であり、ビラを撒き「名を覚えて貰い」その言動と結果が一致する事で支持を得る。
夜盗が伸び悩むのは、掲げる政策もなく(現実離れした危険な政策はある)、有効な「言葉」もなく、週刊誌ネタとワイドショーネタで「批判と非難」以外になく、いわゆる与太話に過ぎぬからなのだ。


少なくとも政治家は、
 ①国家観を語り示す。
 ②社会の理想を示す。 この2点は最低限「示し」「語る」必要がある。
実現可能な事でなければ、政策の支持や政権の支持には結びつかない。
残念ながら、自身の「言葉」を持たぬ者は「政治家」を目指す条件すら持たぬのだ。ましてや頂点に立とうなどと考えるのはオコガマシイのだ。
その意味で、実直で真面目一徹な「管義偉」氏は、残念な人なのだ。
中身のない無駄な挑発語を並べたて喜ぶ「小池百合子」などは、以ての外だが。


引用開始→ なぜ君は総理大臣になったのか…「感動レベル」でひどかった! 菅首相、辞意表明までの“動き”
(文春オンライン 2021/09/04)

 菅首相、総裁選不出馬。

 金曜昼(9月3日)にこのニュースが流れましたが、それまでの菅さんの動きも凄かったのです。ちょっと感動するぐらいのレベルでした。振り返ってみます。

 まず、これまでフニャフニャして勝負弱かった岸田文雄さんが「(総裁になったら)二階幹事長を再任しない」という先制パンチを放ちました。すると党内や世論に予想以上にウケて菅さんはいきなりぐらついた。岸田さんもうっかり当たって驚いていた様子。

岸田案をパクって争点潰しに成功
 しかしここで負けるような菅氏ではない。すぐさま岸田案をパクって「二階外し」を決断し、争点潰しに成功。そのあと下村博文を呼びつけて出馬断念に追い込み、仕上げは総裁選を先送りして9月中に解散という「意向」を放つ。その夜、毎日新聞がWEBで速報を出した。

『首相、9月中旬解散意向 党役員人事・内閣改造後』(8月31日22:26)

《複数の政権幹部が31日、明らかにした。》

 コロナ対応ではボンヤリしていた菅さんですが権力闘争となったらがぜん動きが素早くなったのだ。さすが喧嘩師です。※参考『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』(読売新聞政治部、新潮社)。

 しかし政局に感心してる場合ではない。驚く記事を見つけてしまった。

『アフガン邦人退避 わずか1人 「空前の作戦」空回り』(山梨日日新聞8月29日)

 注目は次のくだり。

 与党から「現地職員は退避させなくていいのか」との意見が相次いだが、

《菅義偉首相は「ほとんど関心がなかった」(政府関係者)》

 驚きました。これが日本のリーダーの姿だったのです。

信濃毎日新聞は一面トップで伝え、『首相「無関心」初動遅れ 自衛隊「政府甘すぎた」』(8月29日)。

 このとき菅首相が何に関心があったのかと言えば、党内での権力闘争だった。コロナやアフガニスタンより、国会を開くより、関心があるのは権力闘争。では権力を握ってこの1年、何をやりたかったのか。自分の言葉を持たない、発信しない、権力を握り続けることだけに関心があるように思えた。だとしたら控えめに言って「国難」でした。

 その権力闘争でも首相の仕掛けにはほころびがどんどん出てきた。「二階幹事長を交代させる」とセットで出していた「解散権を放棄して任期満了衆院選案」「臨時国会召集の見送り」の狙いは次の通り。

「解散せず、任期満了の選挙を決めると、どの議員も一斉に地元選挙区へ走りだす。総裁選どころではなくなる」(首相側近、信濃毎日新聞8月31日)

「国会答弁と総裁選の論戦で首相がパンクする」(首相周辺、同上)

 議論を避けるというシナリオは「首相の個利個略」と党内から批判されたという。この「個利個略」は毎日と朝日の9月2日の社説にも揃って登場。ちょっとした流行となる。

菅首相、策に溺れる
 これだけではない。今度は「総裁選の前に解散を仕掛ける」という案を急に出した。結果としてこれがとどめを刺す。読売新聞(9月2日)によればこの情報が出たあとに安倍前首相や小泉環境相に反対され、首相は一晩で「解散は難しい」と撤回せざるを得なくなったという。策士、策に溺れる。陰で激しく動き回る手法は官房長官や総務大臣の頃からの得意な振る舞いだったのでしょうが、同じことを首相になってやったら常にスポットライトを当てられ可視化されてしまった。

 思えば昨年秋に総裁選に立候補したとき、私は「ニュー菅」が登場するのかと興味津々でした。それまでの菅氏はバラエティー番組で言えば「裏回し」だった。ひな壇に座りつつMCの進行がスムーズにいくように場の空気を調整したり誘導していく役回り。しかし業界に実力者として認知されることだけでは満足せず、自分も「MCをやりたい」(首相になりたい)と菅氏は宣言したのだ。

「ニュー菅」はどんなMCになるのだろう? ちょっと興味がわくではないか。

 しかしセンターに立っても視聴者(国民)に語りかけない。自分の言葉を持たない。裏回しキャラのままだった。この態度は本当に不思議でした。

『なぜ君は総理大臣になれないのか』というドキュメンタリー映画がありましたが、菅首相を見ていると「なぜ君は総理大臣になったのか」と思ってしまう。不思議で仕方なかった。わざわざ前に出てきた意味がわからない。

 ひとつヒントがあるとすれば、衆議院議員・小川淳也を追いかけた『なぜ君』は政策だけを訴えていても総理になれないというジレンマを描いたドキュメントであった。現実は政局や権力闘争に翻弄される。その逆にいるのが菅氏だったのだ。権力闘争で生き生きとし、人事を握り、ここまで来た。裏を返せば、得意の人事を使って権威的ふるまいで抑え込もうとしても、政局で旗色が悪くなれば終わりという意味である。今回のあの手この手の醜態を見ていて痛感した。

この1年間の菅首相は何だったのか
 総裁選不出馬の報が出た日、直後のぶらさがり取材に「また来週にでも改めて記者会見をしたい。このように思います。以上です」と述べ、記者とのやりとりを2分ほどで打ち切った。説明や発信をしてこなかった1年間のふるまいがここに凝縮。前に出るべきではなかった人の本質が炸裂していた。

 この1年間の菅首相とは何だったのか。日本学術会議の会員候補者6人の任命を拒否したことが最大の「実績」だろうか。きちんと説明せず、専門家の意見を軽視する。この態度は、その後に続く新型コロナウイルスへの対応にもそのまま引き継がれた。

 菅首相が頼ったのはムードでした。説明や論理を軽視し、ムードやイベントで相殺する。これこそ安倍政権の継承だったのです。東京五輪・パラリンピックはそのクライマックス。しかし五輪で人々の気分は高揚しても支持率は上がらず、西村担当相は「そのままの高揚した感覚で外出してしまうと、感染力の強いデルタ株はちょっとした隙で感染を広げてしまう」と述べたほどだった(衆院議院運営委員会・7月30日)。

 ムードを利用してきた政治が、最後にムードにしっぺ返しを食らったのである。

 マスコミの責任も大きい。菅氏をこれまで「最強の官房長官」とか「喧嘩に強い」とか「勝負師」などとムードを平気で報道してきた。それは幻想だったのである。オモテに出てきたら何でもなかった。GoToトラベルやワクチンに意地になって賭け続けた姿は「負けの込んだギャンブラー」だった。

 なぜ君は総理大臣になったのか。本当に理由を知りたいのです。いつか説明をしてくれるのだろうか。←引用終わり

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