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2022/02/16

日本の財政赤字と国債残高を考える一つの視点(続):売国一途の高橋洋一や竹中平蔵の安直な釣り上げ詐欺に騙されず真面目に国を考えよう!

日本の借金は、12月末段階で1218兆480億円程と。生産力減少で生産性は伸びず、なお且つ少子高齢化と人口減の環境も考慮なく、自国通貨で国内消化しているからナンの問題も無いと。


2021年の初冬に国債を民間が引き受けないなら、日本銀行が無制限に引き受けると表明した時点で、その姿勢と思考を鋭く批判した2本の論評記事を引用紹介しておきます。
昨日の投稿は、民間が応札せず、日銀が引き受け手になった事を懸念し批判する投稿を行いました。
改めて構造的な問題提起をし、併せて財務省が2021年度の当初予算と財政赤字の現況を無責任に弁明する各種図解資料順に添付しておきます。


阿呆陀羅経のMMT万能無敵を吹き、現実を観ず財政を考えぬ高橋洋一は、ビジネス無知で呆気を超えた踏み潰すのも周りが迷惑な馬鹿丸出しの糞野郎だ。
WWⅡも、無能で無自覚な上に、画に描くような無責任の視野教唆で狭量な狂塵が、何の根拠も無い単なる幻視の夢想で突き進んだ結果、無惨な配線として全体を覆い、何も識らない国民は塗炭の苦しみを味わう事になった。同じ事を・・・・・

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1)財務省作成の「2021年度の当初予算です:収入は6割で借金は4割です」

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2)言い訳は、高齢化により社会保障費が増えたため都合良く仕方がナイのだとの言い訳をしています。

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3)30年前の数値を掲げ仕方がないとの姑息な言い訳に平然と用いる厚顔さは救いようがありません。人口動態は移動推計で容易に把握でき、先を考えた政策を準備的に説き備えるのが政策を遂行するのが国民を守る政府です。

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4)人口動態の変化を表すグラフです。2000年代の初頭に、国債残高とGDPの額が並び始めた頃に、人口のピークアウトが指摘され財政の危機が提起されましたが、無責任な高橋洋一や竹中平蔵が政権中枢を握り借金してもバラ撒きをと、今に至るも叫びつづけ。

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5)その結果は、現在の財政が抱え込まされた膨大な結果です。MMT神話の高橋洋一は、自分の主張や指摘が理解できない人物は呆気だと言い放ち、自らへの批判や非難を排除しようと醜い試みを繰り広げ。


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6)醜い言い訳から逃れるため、各国の財政比較で日本だけが財政赤字ではないとの言い訳ですが、突出した財政赤字であり、解消への取組みも見受けられず、日本の財政への評価は低下に歯止めがかからずで。

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7)財政の収支均衡が必要だとの醜い「言い訳指摘」はアリバイで忘れませんが。オカシな話ですねぇ。


引用開始→ 焦点:日本の財政再建は時間との戦い、高齢化で対外純資産縮小へ
(ロイター 2021年12月24日2:18 金子かおり)

[東京 24日 ロイター] - 日本政府の2022年度一般会計予算案は、社会保障費や防衛費が膨らみ10年連続で過去最大となった。財政規律の緩みが指摘される一方、一部の途上国のように長期金利が急上昇することもなく、それが国債発行額の累増につながるという日本的な安定を形作っている。

背景にあるのは、世界一の規模を誇る対外純資産残高による「信用」の存在とエコノミストは指摘する。ただ、止まらない少子高齢化の流れによって、その信用は将来的に大幅に縮小するとみられ、日本に残された時間は10年から20年との見方もある。限られた時間内に成長パワーを取り戻し、財政健全化の道筋を描くことができるのか。日本の財政は、時間との戦いを強いられている。

<緩い補正予算の規律>

日本経済は、新型コロナウイルスの感染拡大による打撃から立ち直っておらず、コロナ前の国内総生産(GDP)水準を回復していない。このため政府は35.9兆円の歳出規模となった2021年度補正予算を成立させ、岸田文雄首相はコロナ禍からの経済再生を優先し、その上で財政健全化を図るとの方針を繰り返してきた。

だが、エコノミストなどからは財政規律の緩みを指摘する声が上がっている。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の稲留克俊・シニア債券ストラテジストは、当初予算は厳しく査定されるが、補正予算はそれほどではないため歳出が膨らみやすいと指摘。「補正予算は審議時間が短いためか、いろいろなものを入れ込む傾向が続いている印象がある」と述べる。

歳出を賄う財源は多くが国債発行で占められ、2000年度に367.5兆円だった普通国債残高は、2020年度に984.8兆円と倍以上に膨らんだ。今年度末には初めて 1000兆円を突破する見通しだ。

日本の債務残高(対GDP比)は2020年末で266%となり先進7カ国(G7)の中で最悪の水準だ。

<財政赤字膨張と日本の「なぞ」>

財政赤字の膨張する国では、中南米の国々が代表例だが、長期金利が大幅に上昇し、国家予算の編成に支障をきたすケースも少なくない。ところが、日本では日銀によるイールドカーブコントロール政策(YCC)の下で、長期金利はゼロ%前後に誘導され、市場が混乱する様子は全く見えない。

この日本の「なぞ」について、ある外資系証券の関係者は「確かに日銀のYCCの存在が大きいが、その裏には日本が抱える膨大な対外純資産の存在がある。この対外純資産があるため、海外勢が日本国債売りを仕掛けようにも、成功すると思って追随する投機筋が現れない」と説明する。

財務省によると、日本の企業や政府、個人が海外に持つ資産から負債を差し引いた対外純資産残高は、2020年末で356兆9700億円となり、30年連続で世界最大の対外純資産国となった。今は、国内の余剰資金で政府の財政赤字を吸収できている状態だ。

だが、日本では少子高齢化が進み、人口構成比の大きい「団塊の世代」のほとんどが75歳以上になる2025年以降、医療費や社会保障費が急増し、マクロ的には対外純資産も徐々に取り崩され、将来的にはこの「お宝」が枯渇する時期がやってくるとみられている。

対外純資産がなくなる時期について、正確な試算を出している例はないが、複数のエコノミストは今後、10年から20年の間に対外純資産が食いつぶされる可能性が高いとみている。

このため、今のうちに財政再建の道筋を描くべきだと力説する専門家も少なくない。東短リサーチの加藤出・チーフエコノミストは「対外純資産の残高が大きいと日本への信頼が失墜しにくいかもしれないが、だからといって財政赤字を無制限に増やせるわけではない」と説明する。「日本は高齢化・人口減少が進んでいくので、先行き納税を中心的に担う世代の人口が減っていく。どう考えてもサステイナブルな財政状況ではない」とその理由を挙げる。だからこそ「中長期的な財政再建のターゲットを設け、取り組む必要がある」と述べている。

<あいまいなPB達成時期>

ムーディーズ・インベスターズ・サービスは今年11月、日本の格付けをA1に据え置き、見通しは「安定的」を維持した。その背景として、民間貯蓄を理由に挙げている。「日本政府の多額の債務が、新型コロナウイルス対策向けの大規模な財政出動によってさらに増加したが、民間貯蓄の増加と強いホームバイアスが支える安定した調達条件によって、高い債務水準を中期的に支えられるだろう」とコメント。

一方で「人口高齢化が長期的に財政・経済面に与える影響に対処するための改革の方向性は、不明確のままである」とした。

もし、日本が格下げとなれば、国の信用が落ちることになり民間金融機関の格付けも下がる可能性がある。その場合、邦銀のドル調達コストにも影響し企業の経済活動にも影響する懸念がある。

岸田首相は今週の会見で「財政は国の信頼の礎であり、中長期的に財政健全化に取り組む必要があると考えている」と述べ、財政悪化を放置しない姿勢を示した。

ただ、政府は今年の骨太の方針で2025年度基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標を堅持した一方、年度内に目標年度を再確認するとした。先送りの布石ではないかとの思惑に対し、岸田首相は会見で「文字通りです」と答えだけで、それ以上の明言を避けた。

エコノミストの中には、感染症の影響への対応や来年の参院選を考慮すると、財政緊縮には向かいにくいという声が根強くある。

<国債バブルと日銀の出口政策>

もう1つの難題は、日本でも上がり始めた物価と金融政策の行方、国債費との関連だ。総務省が24日に発表した11月全国消費者物価によると、コアCPI(除く生鮮)は前年比0.5%の上昇だった。携帯電話料金引き下げ効果が1.5%ポイント程度あり、それを除くと日銀が目標にしている2%上昇にほぼ到達したことになる。

日銀は現行の超緩和政策の継続を強調しているが、物価が上がれば金融政策の調整時期もいずれ来ることになる。

この点に関連し、東短リサーチの加藤氏は、政府の財政政策は、暗黙のうちに日本銀行が低金利政策の継続を前提にして行っているともいえると指摘。「今後、本格的に日銀が出口政策に向かう際、財政との摩擦が出てくる可能性がある。逆にいうと、これだけ政府の国債発行が増えると日銀の出口は容易ではない」と見通す。

加藤氏は「今、国債バブルなので、長期的にみれば日本の財政はサステイナブルではない。いまだに10年国債の金利がゼロ%近辺というのは、中央銀行も加担したバブルになっている。バブルはいつ壊れるか見通すのは難しい」と述べた。

いちよし証券の上席執行役員チーフエコノミストで元日銀幹部の愛宕伸康氏は「政府の国債増発分を日銀が金融機関を通じて吸収している。その結果、長期金利が安定しているので、財政赤字に警鐘を鳴らす市場の機能を日銀が結果的につぶしてしまっている」と分析。

財政規律への姿勢が緩んでいる状況について「欧米のようには日本でインフレが起きていないし、長期金利も落ち着ているので、財政を拡大しても問題ないという弛緩状態なのだろう」と語った。←引用終わり


引用開始→ このまま行けば日本の財政破綻は避けられない
「MMT理論」「自国通貨持つ国は安心」は大間違い

(東洋経済新報社2021/11/27 6:30小幡 績 : 慶應義塾大学大学院准教授)

「日本では財政破綻は起きない」は神話にすぎない。
今回は「財政破綻は日本では起きない」という主張は、完全に誤りであることを説明しよう。

10月16日配信のコラム「『このままでは国家財政破綻』論は1%だけ間違いだ」では、「日銀が国債を買えば大丈夫だ」「国全体のバランスシートは問題ない」」「MMT(現代貨幣理論)は有効だ」「インフレが起きてないから大丈夫」などと完全に誤った主張をする、エコノミスト、有識者たち、いや有害な言説を撒き散らす人々を論破することが、唯一の日本を救う道だと書いた。今回は、その仕事に取りかかりたい。

「国全体では貯蓄があるから大丈夫」は大間違い

この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています)。記事の一覧はこちら
まず「日本全体では対外債権があり、国全体では貯蓄があるから、日本が破綻することは絶対にない」というのは、単純な誤りだ。なぜなら、国全体でお金があっても、政府が倒産するからである。

これは、企業の例を考えてみれば、すぐにわかる。「日本全体で金余りだ」「銀行は貸す先がない」、と言われていても、資金繰り倒産する企業は必ずある。それは、金が余っていても、その企業には貸さないからだ。なぜ、貸さないかといえば、返ってくる見込みがないからである。

借金を積み上げ、一度も借金を減らしたことのない政府、そして、毎年の赤字額は年々増えていく。毎年新しく借り入れる額が増えていく政府。貸しても返ってこない、と考えるのが普通で、誰も貸さなくなるだろう。つまり、政府が借金をしたいと、新しく国債を発行しても、それを買う人がいなくなるのである。銀行も投資家も金はあるが、買わないのである。

それは、地方政府と違って、日本政府には日本銀行がついており、日本銀行が買うから問題ない、ということらしい。これこそ誤りだ。

「日銀が国債を買い続けるから問題ない」という議論は、100%間違っているのである。なぜなら、日銀が国債を買い続けることは、現実にはできないからである。

なぜ日銀が国債を買い続けることは難しいのか?
また「自国通貨建ての国は、理論的に絶対財政破綻しない」という議論は、元日銀の著名エコノミストですら書いているが、それは、机上の理屈であり、現実には実現不可能なシナリオである。それは、日本銀行が国債を引き受け続けるとインフレになるからではない。その場合は、インフレまで時間稼ぎができるが、インフレになる前に、即時に財政破綻してしまうからである。

日本銀行は、すでに発行されている国債を、市場で買うことはできる。だから、理論的には、日本国内に存在するすべての国債を買い尽くすことはできる。しかし、財政破綻回避のために買う必要があるのは、既存の国債ではない。新発債、つまり、日本政府が借金をするために新たに発行する国債である。そして、これを日本銀行が直接買うこと、直接引き受けは、法律で禁止されている。だからできない。

これを回避する方法は2つである。

1つは、民間金融機関に買わせて、それを日本銀行が市場で買うことである。これは、現在すでに行われている。民間主体から見れば、いわゆる「日銀トレード」で、日銀が確実に買ってくれるから、政府から新規に発行された国債を引き受け、それに利ざやを乗せて、日銀に売りつけるのである。

この結果、日本国債のほぼ半分は日銀が保有することになってしまった。
問題は、これがいつまで継続できるか、ということである。日銀は、継続性、持続性が危ういとみて、イールドカーブコントロールという前代未聞の、中央銀行としてはもっともやりたくない金融政策手段に踏み切り、国債の買い入れ量を減少させることに成功した。

逆に言えば、これ以上買うことの困難は現実に始まっており、無限に市場経由で、日銀に引き受けさせることはできないのである。それでも、政府が国債を発行し続けたらどうなるか。民間金融機関は、これを引き受けるのを躊躇し、少なくとも一時的には中止するだろう。

このとき、政府がどうするかが問題である。政府の道は2つである。1つは、危機をようやく認識し、国債発行を減らすことを決意し、遅まきながら財政再建に取り組む、という道である。しかし、これまでの政府の財政再建の取り組みからして、この道はとらない可能性が高い。

そうなると、もう1つの道しかなく、日銀に直接引き受けをさせるように、法律改正をすることになる。理論的に日本では財政破綻は起きないと主張している人々は、この手段があるから、自国通貨建ての国債を発行している限り、財政破綻しないと言っているのである。

直接引き受けの話が出れば「日本は秒殺」される
残念ながら、この手段は現実には不可能である。

なぜなら「中央銀行に国債を直接引き受けさせる」という法律を成立させれば、いや国会に提出されたら、いや、それを政府が自ら検討している、と報じられた時点で、政府財政よりも先に、日本が破綻するからである。

日銀、国債直接引き受けへ、という報道が出た瞬間、世界中のトレーダーが日本売りを仕掛け、世界中の投資家もそれに追随して投げ売りをする。

まず、円が大暴落し、その結果、円建ての国債も投げ売りされ、円建ての日本株も投げ売られる。混乱が収まった後には、株だけは少し買い戻されるだろうが、当初は大暴落する。

つまり、為替主導の、円安、債券安、株安のトリプル安であり、生易しいトリプル安ではなく、1998年の金融危機ですら比較にならないぐらいの大暴落である。1997年から1998年の1年間で、1ドル=112円から147円まで暴落したが、「日銀直接引き受け報道」が出て、政府が放置すれば、その時のドル円が110円程度であれば、1週間以内に150円を割る大暴落となり、状況によっては、200円を突破する可能性もある。

ただし、これも現実には起きない。なぜなら、日銀国債直接引き受け報道が出れば、直ちに為替取引も債券取引も株式取引もまったく成り立たなくなり、金融市場は全面取引停止に追い込まれるからだ。

メディアも政治家も、やっと大騒ぎを始め、日銀の直接引き受け報道を政府は否定することになるからだ。しかし、否定しても、いったん火のついた疑念は燃え盛り、取引は再開できないか、再開すれば、さらなる暴落となる。よって、これを収めるには、日銀直接引き受けなど絶対にありえない、という政府の強力で具体的な行動が必要となる。実質的で実効的でかつ大規模な財政再建策とその強い意志を示さざるを得ないだろう。こうなって初めて、暴落は止まる。

つまり、禁じ手といわれている、日銀の直接引き受けは、タブーを犯せば理論的には可能だ。だが現実にはタブーを犯した政府と中央銀行は国際金融市場に打ちのめされるため、結局、禁じ手はやはり禁じ手のままとなる。「自国通貨建ての政府債務なら、いくらでも借金できる」というのは幻想で、為替取引が国際的に行われている限り、それは、自国通貨建てであろうとも、金融市場から攻撃を受ける。

そして、為替の暴落を許容しても、結局国債が暴落してしまい、借金はできなくなり、すべてを日銀に依存することになる、同時に、株式も短期的には大暴落となるから、政治的に持ちようがなく、政権は株式市場により転覆されるだろう。その結果、その政権あるいは次の政権は、財政再建をせざるを得ず、日銀引き受けは結局実現することはない。

日銀直接引き受けがあり得ない、となれば「財政破綻はしない」という論者の議論はほぼすべて破綻する。だから、これ以上議論することもないが、この際、すべての点において彼らを打ちのめしておこう。

まず、政府と日銀を一体で考える、連結政府という議論は、前述したように無意味だ。連結政府という考えで借金しようとすれば、即金融市場暴落だから、一体で考えることは、打ち出の小槌どころか、反対に地獄への道である。

その次に、借金という負債と対になる資産も考えろというバランスシート議論も無意味だ。日本は負債も多いが資産も多いので大丈夫というのは、現実的には、まったく間違いである。

政府が不足しているのは現金である。キャッシュがなければ、国民にも配れないし、公共事業もできないし、国民の医療費の肩代わりもできない。資産があっても現金がなければ、政府の資金調達には使えないので、現金資産あるいはすぐに現金化できる資産しか意味がない。

したがって、特別会計の剰余金は使えるが、それ以外はほとんど使えないのである。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の厚生年金の積立金の運用資産の株式、債券などを売却すれば、確かに100兆円以上現金は入ってくる。

だが、たとえその資産が200兆円で売れたとしても、1000兆円を超える負債を相殺するには遠く及ばないし、もちろん、将来の年金支払い原資が不足するから、将来200兆円不足額が増えるだけのことである

さらに、道路や森林などは問題外である。買い手がいない。道路に価値があっても、買う人がいなければ売却はできない。価値があっても価格がつかないというのは、金融市場でなくとも普通のことである。高速道路だけでなくすべての道路に課金すれば、というような議論は意味がない。なぜなら、消費税も政治的に上げられない政府が、すべての道路に課金するなどということを実行するはずはないからだ。万が一、それをするとすれば、財政破綻後であろう。

こう追い詰められれば「財政破綻あり得ない派」の論者たちは、今度は「そもそも借金を返す必要などない。個人や企業と違って、国は返さなくていいんだ」と言うだろう。それならば、バランスシートで考えること自体に意味がない。バランスシートで考えろという議論はそもそも無意味なのである。

前述した金融市場による財政破綻のプロセスで見たように、財政破綻が起こるかどうかは、政府がそのとき必要な現金を調達できるかどうかにかかっているのであって、バランスシートも借金残高も直接は関係ないのである。

しかし、現金化できる資産をすべて売りさばいても、せいぜい1年ちょっとで、2年も持たないだろう。なぜなら、新しい国債が発行できなければ、借り換えもできない。現在、日本政府は、毎年借り換えも含めて国債を170兆円以上新規発行しており、今後は200兆円を超えてくると思われるので、現金化できる資産をすべて売り払っても1年しか持たず、2年は無理なのである。

借金残高が大きいとどうなる?
では、借金残高の大きさはまったく関係ないのか??500兆円でも1200兆円でも関係ないのか?

借金の大きさには、2つの大きな影響がある。まず第1に、借金残高が大きいと「こいつ返せるのか、返す気あるのか」という疑念を持たれ、新たに貸してもらえなくなる。その意味では、GDP比で250%でも財政破綻しないのだから、300%でも400%でも大丈夫、60%程度で破綻したギリシャなどとは日本は根本的に違う、という議論は間違いだ。

つまり、日本がこれまで破綻しなかったのは、政府に金を貸してくれる人がいたからで、いまやそれが日銀しかいなくなりつつある、というのが問題であり、250%で破綻しないことは、今後破綻しないことを意味しない。何より、日銀に半分を買わせないといけないという現実は、まもなく破綻することを示している。

第2に、破綻した後の再生の困難さに大きく影響する。日本にとってはこれが最大の問題だ。

ギリシャと違って「自国通貨建てで、国内で借金をしているから大丈夫だ」というのは、厳しい国際金融市場ではない、馴れ合いのそして政府の影響力のある金融機関それと中央銀行が保有しているから、破綻がすぐには起こりにくい、という意味では正しい。

だが、それは逆に言えば、市場が鈍感であり、鈍感な投資家が保有している(鈍感に振舞うことを強制されているとも言えるが)ことを示しているのであり、破綻危機が近づいても、金利が上昇しない(国債価格が下落しない)という市場の警告機能がマヒしていることを意味する。だから、日本政府の破綻は突然起こるのである。

そして、破綻後、政府の財政再建が非常に困難になる。国内の資金は使いつくしている。個人の金融資産は銀行に預けられ、地域金融機関やあるいは半公的な金融機関、ゆうちょ銀行などに預けられている多くの部分は国債になっているから、返ってこない。国民の金融資産の実質価値は激減してしまうのであり、国債の返済は先送り(リスケ)されていつかは返済されるとしても、長期にわたり、インフレ分は目減りするし、何より、すでに老後を迎えている多くの国民は貯金が今必要なのに使えなくなってしまう。

開き直って、財政破綻、デフォルトした場合、過去の借金は水に流してもらって再建するのが政府破綻の場合が多い(実質ベースで半分程度返済される、つまり半分は棒引き)。

国内保有が多いほど、破綻したら大変な事態に
この場合、海外投資家が保有していれば、破綻の負担は海外に転嫁できるが、国内保有の場合は、すべて国内で負担しなければならない。つまり、夜逃げすらできないのである。自分の処理はすべて自分でしなければならないのである。これが、国債が国内保有だから大丈夫、という議論の最大のウソである。

むしろ、国内保有だからこそ、破綻したら本当に終わりであり、再起がほぼ不能になってしまうのである。そして、その額が莫大であれば、1200兆円であれば、1200兆円の負担を国内で負うことになり、2000兆円になってから破綻すれば、そのときの日本国民が2000兆円負担することになるのである。

だから、政府の借金の大きさは致命的に重要なのであり、ほぼ国内から借金をしていることは、日本政府の財政破綻リスクにおいて、もっとも致命的なリスクなのである。

MMT理論の誤り、インフレにならないことの誤り、これについては長くなったので、次回にしよう(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

競馬である。

28日に東京競馬場で行われるジャパンカップ(第12レース、芝の2400メートル、G1)の話をするのは、MMTを批判するのと同じくらい馬鹿馬鹿しい。

ジャパンカップがつまらなくなった3つの理由
本命はコントレイル。以上。それ以外にいますか? シャフリヤールが唯一の対抗馬だが、不良ばばとはいえ神戸新聞杯4着惨敗、体調にも精神的にもダメージが心配される中、王者に勝てるとは思えない。穴はオーソリティだが、せいぜい2着候補でそれが3番人気だから、意味はない。以上。

なぜ、ジャパンカップはこんなにもつまらなくなってしまったのか。まず、日本の馬が強くなりすぎて、海外の参戦が激減したこと。しかも、日本のスピードが出る硬い馬場では、強い海外馬でも勝てる可能性がゼロということで強い馬ほど来なくなった。

第2に、世界的な傾向でもあるが、とりわけJRA(日本中央競馬会)、日本の馬産において、短距離のレース、馬の生産を好むようになり、クラシックディスタンスの1マイル半(2400メートル)のレースを好む馬が大幅に減少したことである。

JRAの古馬G1は12レースあるが(芝平地)、2400メートル以上は、ジャパンカップの他は、春の天皇賞(3200メートル)と年末の有馬記念(2500メートル)だけである。ダービーが2400であり、クラシックディスタンスとは1マイル半であるにもかかわらず、2400のG1レースは1つしかないのである。G1よりも下のレースではさらに比率は低下し、これこそが、日本の競争馬が凱旋門を勝てない理由であり、長期的には強い馬が出なくなる危険性を示している。

アメリカでは2400のレースは非常に少ない。だがダートが中心であり、かつ、最初からガンガン飛ばし、それでいて最後の直線もスピードが必要である。だから、スピードと極限のスタミナが、2000メートル以下でも十分試されるのであり、だからこそ、同国産馬は、短距離のダートばかりのレースをやっていても、欧州でも芝でも長距離でも走る馬を生産できるのである。JRAはクラシックディスタンスが最重要であることを再認識してもらいたい。

第3に、有馬記念という無駄なレースが存在することであり、これが最大の問題であり、かつ馬鹿馬鹿しい問題だ。

有馬記念という、シーズンオフの出がらしの芝の上で、出がらしの馬たちを集めて、ボーナスとクリスマスと年末の雰囲気に便乗して行われる、興行としてのギャンブルレースとしては、競馬世界史上最高の発明であるが、能力検定レース、スポーツとしての競馬としては、ただのギャンブルレースである。中山2500という特殊なコースでもあり、だから、波乱も続出し、ギャンブルレースとしてさらなる魅力を高めるのであるが、それはそれで構わない。それどころか、日本競馬を発展させるためのJRAの偉大な発明である。

私が文句を言いたいのは、そのレースの1着賞金がジャパンカップと同じ3億円、来年には4億円になり、あえて、日本の最高の馬たちを集めてレースを行おうとしていることだ。

実際、日本の現在の最強牝馬クロノジェネシス、現在日本最強、天皇賞で実際にコントレイルを負かしたエフフォーリア、菊花賞を圧勝したタイトルホルダーはジャパンカップを回避して有馬記念に出るのである。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

せっかくのジャパンカップの日本最強馬決定戦の意味を、JRAの有馬誘導により失わせているのである。調教師、馬主たちにもがっかりだ。種馬、繁殖牝馬としての価値は、有馬を勝ったところでまったく上がらない。ただ、3億円、3着でも7500万円という賞金だけにつられているのである。最悪だ。

ジャパンカップを「真の日本一決定戦」に
JRAに提案がある。有馬記念を廃止せよ。さもなくば、賞金を宝塚記念と同じジャパンカップの半分にせよ。そして、現在の、天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念を3連勝すると特別報奨金が出る制度を廃止し、代わりに、天皇賞、ジャパンカップの2連勝への報奨金に変えよ。

とにかく、ジャパンカップを真の日本一決定戦、さらに将来には世界一のチャンピオン決定戦にしなければ、日本の競馬の未来はない。JRA様、何卒ご検討よろしくお願いいたします。←引用終わり

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