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2022/03/28

ウクライナを巡る圧倒的な現実を前に汚花畑満開のリベ珍は、見事なポジショントークを恥知らずにも展開し「言論表現の自由」を満喫し毎日を過ごす

実に面妖な記事を垂れ流す「ヒケラカシ塵」が多い事に驚きです。


ウクライナが置かれた現在の苦境は、
先ず、NATO(実際はドイツと米国が糸を引く)とロシアの戦争を、ウクライナがNATOの代理を強いられているワケで、この点を見落としての議論はそもそも成立しないのですが。


とは言え、
だからと言って、現代社会で主権国家の占領打倒を公然と掲げ、大がかりに主権国家との国境を侵犯し軍事侵攻する事が赦されているワケではないので。


そして軍事侵攻された側が、戦うための戦術として有効な方法を企図する自由はあるワケで、ウクライナはその戦術の一端として「各国の国会での(オンライン)演説」をプログラムしたワケです。


当然、それにはスピーチライターが存在する事は誰もが考えるのであり、その際に因り有効な言葉で語りかけ感動を生み、見方の形成構築を目指すのは重要な作戦でしょう。
そこに黒幕がいるとか、ウクライナの大頭領ゼレンスキーは英雄かとか、戦争の是非を問う事など、現段階では何らの有効性もないでしょう。評価は後世の歴史家の仕事です。


従って、それをジャーナリズムの立場から批判するのも自由ではありますが、現実に進む「戦争による破戒」その「非人道」を前に、実に虚しい指摘というか残念な呆気というか、寝言は寝言として戦後の検証として言ってくれと・・・
脳内汚花畑満開か存じませんが、まぁ川口マーン恵美さんの糾弾指摘には恐れ入り奉ってシマイます。
ミナサマ、屁把ってヨイですねェ! ナンと言っても、ナニを言っても、生命の危険はナイのですから寝。
見事なリベ珍の汚花畑ポジショントークです。


何よりも、戦争は非人道の集大成であり、何よりも破戒戦で絶滅戦なので、それを現在までの国際社会は「戦争」に懸かる国際法を合意形成しているが・・・


実際には、加害国の戦争犯罪を裁くためには、何よりも被害国は加害国を倒さなければならず、それを国際社会が被害国の側に立ち加害国を非難しても、実際に加害国を倒せない限り、加害国の戦争責任や戦争犯罪を裁き断罪する事などできないのは当然の事です。


それなら、被害国が一方的に国土を蹂躙され幾多の国民が犠牲になっている情況を国際社会で有力と思われる国の国会で知恵を駆使し、支援と連帯を求め演説するのは自然で当然の事でしょうが。


その行為に対し、やれスピーチライターがどうのとか、ゼレンスキー大統領は演説に起用され英雄に奉り上げる役者に過ぎず。などと、現段階で激しく批判し非難してナンの意味があるのか?


全く、自らは絶対安全の場所に身を置き脳内汚花満開で、以下のような評論を繰り広げるのを観ると情けない限りだ。
メディアを注視し、SNSでの発言も含め、時にウクライナ寄りの、時にウクライナ非難を、誰彼ナシに自らを絶対善と位置づけて、噛み付いているね。


引用開始→ ゼレンスキーは「英雄」か? ウクライナに武器と金を送ることは本当に「正義」なのか?
政治家の役目を考え直す時ではないか

(現代ビジネス 2022.03.25川口マーン惠美 作家)/作家ではなく錯覚家じゃないか?

オンラインスピーチに感じる違和感
ウクライナのゼレンスキー大統領が、世界各国であたかも英雄のように奉られている。

2月19日、ロシアの大軍がウクライナ国境に張り付き、緊張が高まっていた最中、突然、ミュンヘンの安全保障会議に現れてスピーチをしたのには大いに違和感を持ったが、今では立て続けにオンラインスピーチが続く。

皮切りとなった3月1日のEUの欧州議会では、最後にほとんどの議員が立ち上がり、モニターに向かって拍手喝采という大成功。8日にはロンドンの下院、16日には米ワシントンの議会、17日にはドイツの国会、20日はイスラエルの国会「クネセト」、22日にはイタリアの国会、ついに23日には日本、フランス。他にもありそうだが、フォローしきれない。

それにしても、いったい各国の国会議事堂は、いつからウクライナ劇場になったのか。

すでに3月19日、岡本裕明氏がご自身のブログで、「そもそも何かがおかしいゼレンスキー大統領の演説」として次のように書いている。

〈 まず、シナリオライターが誰で、何の目的で議会演説をアレンジしているのでしょうか? 私は彼のそばにアメリカ人の補佐がいると聞いています。そして彼の演説には武器供与などの支援を求め、ウクライナへの賛同を呼び掛けていますが、これは主要国を戦争に巻き込む行為に近く、世界を二分化するリスクをはらみます 〉

〈 もちろん、現在、置かれている状況に対して皆さんと同様、深い懸念とただちの停戦を求めますが(略)、なぜ、ウクライナがあんな事態にならなくてはいけなかったのか、政治的な判断ミスはなかったのか、外交的交渉でとどめることはできなかったのか、プーチン氏がなぜ、あそこまで踏み込んだのかなど、それらの背景が必ずあるはずなのです。ゼレンスキー氏はヒーローではないのです。ここまで混とんとさせた当事者だということは頭の片隅に置いておくべきでしょう 〉

全く同感だ。

ウクライナから流されてくるのは、ロシア軍が攻めてきたとき抵抗するために、市民がビールの空き瓶でせっせと火炎瓶を作ったり、若い女性が機関銃の操作を教わったりしている映像だ。そして、そんな市民に向かってゼレンスキー氏は、祖国防衛だ、武器を持って戦え! と発破をかける。これではまるで玉砕の勧めだ。

しかも、彼は、ウクライナは世界の民主主義の防衛のために戦っているのだからと、世界中に向かって、自分達を助けろ、武器をくれと、せっせと呼びかける。援助を受けることが、まるで彼らの当然の権利であるかのように。

武器や資金を拠出することの意味
しかし、戦争は目下進行中であり、状況は単純ではない。もちろん他国に攻め込んだロシアに弁解の余地はなく、これを許してはいけないことは当然だが、しかし、戦争の意味を判定するのはのちの歴史であり、国会議員でもNATOでもない。

いや、戦争の歴史は概ね勝者が作るものなので、いくら時間が経っても、本当はどちらが正義であったかがわからないことがほとんどだ。それなのに、今、戦争当事者の一方を善と決めつけて、援助一本槍でいこうとしている欧米、および日本の態度には大きな落ち度があるのではないか。

そこら辺を、国際投資アナリストの大原浩氏がうまく表している。氏のコラム、「プーチンだけが悪玉か―米国の「幅寄せ、煽り運転」がもたらしたもの」から、少しだけ引用させてもらう。

〈 国際法には軍隊の「煽り運転、幅寄せ」を罰する法律はない。「ウクライナがNATOに加盟したらロシアは終わりだ」とプーチン氏が考え、そのようなメッセージも明確に送っていたのに「危険運転」を行った米国やNATOにも大きな非があると思う。「手を出していない」から正義というわけではないということだ 〉

そもそも、民間人でも武装したからには、敵にやられても文句は言えない。だから、現在のキエフのように、大統領が民間人に武器を配って市街戦や籠城をさせるなら、政府が彼らの死や苦しみに責任を持たなければならない。少なくともこの点においては、すべての犠牲をロシア軍のせいにはできないはずだ。

そもそもゼレンスキー氏は、いったい何人までなら、民間人を犠牲にしても良いと思っているのだろう。また、民間人を犠牲にした責任を取る覚悟があるのか? 私にはどうしても、氏は誰かの指令のままに動いており、脚本通りの勇猛な大統領を演じているだけのような気がしてならない。ルックスもどんどん野生的になって、闘士の役にすっぽりハマっていく。

では、一方、ゼレンスキー大統領に援助を呼びかけられた方はどうしたか? 拍手だけは惜しまない欧米だが、NATOごと戦争に巻き込まれるのは困るので、盛んに武器と財政支援を行い、しかも、それをすることが正義のような顔をしている。日本はいつも通り追随。武器は送らないが、資金や備品の援助をしている。

しかし、ウクライナに対して武器や資金を拠出するというのは、「ウクライナ国民よ、ゼレンスキー大統領と共に頑張って戦え!」と言っているに等しい。武器を送り、資金援助をすれば、当然、戦争は長引き、ウクライナ、ロシア双方で犠牲者が増える。いわば、そのための武器、そのための資金だ。

つまり、私たちの税金で不毛な戦争が引き延ばされ、より多くの罪もない人間が命を失うことになる。私たちはそれを良しとするのだろうか。

こうなる前に出来ることはなかったのか
本来ならば、どの国の政治家であろうとも、まずは殺し合いをやめるよう、戦闘モチベーションの高すぎる大統領を説得するのが筋ではないか。それなのに、皆で拍手。これ以上、犠牲者を増やし、武器商人を儲けさせてどうする!?

しかも、あれほど戦争反対だったドイツメディアが、キエフの街で、「私は逃げない。最後までここに止まって戦う」と言っている若い女性のことを、ものすごく肯定的に報道しているという不思議。それだけではない。平和主義のドイツ国民が、武器援助にさして反対もしない。

戦後のドイツでは、ヒトラーのトラウマのせいで、少しでも軍国主義を連想させるものは全てご法度だった。勇敢に戦うことも、国のために命を捧げることも、この国では美徳ではない。

お国のために壮絶な戦死を遂げた人間が英雄扱いされた時代は、とっくに終わっていたはずなのに、今、皆がウクライナのジャンヌ・ダルクに魅入っているのは、いったいどういうことだろう。いつからそれが美談になったのか?

23日、ゼレンスキー大統領は決然としたスピーチで、日本の国会議員のハートも射止めたようだ。岸田首相を始めとして、「感動」「感銘」という感想が多かったが、おだてに乗りやすい議員が多すぎるのではないか。私は勧善懲悪の紙芝居を見ているようで、まるでピンと来なかった。

日本は今後、さらにロシア制裁を強め、全面的にウクライナを支援するそうだが、肝心の日本の国益はどうなっているのか? ウクライナは親中の国だし、ウクライナの政治家たちは天使ではない。もっと冷静になるべきだ。

今のウクライナで、何千、何万もの無辜の人々を離散させ、苦しめ、命を賭してまで守らなければならないものとは何だろう。世界中で、これだけ多くの目がウクライナを見守っているのだ。こんな悲惨ことにならない前にロシアの侵攻を防ぐ方法、あるいは、降伏などせずとも早々と停戦に持ち込む方法はあっただろう。

しかし、ゼレンスキー大統領はそれにはあまり興味を示さず、外に向かってはもっぱら援助集めのスピーチで、内に向かっては「祖国を守れ」。私はゼレンスキー大統領に聞いてみたい。あなたの国の国民は、本当にあなたと共に最後まで闘おうと思っているのですか? と。

他国に同情するだけではいけない
23日、日本向け演説の数時間後、ゼレンスキー氏はフランスの国会でもスピーチをした。これにより、彼は世界主要7ヵ国の国会全部を制覇したわけだ。

そして翌24日には、ベルギーでまさにそのG7のサミットが始まる。誰がこのシナリオを作っているのか知らないが、全ては予定通り運んでいるように見える。

今回のG7は、ウクライナ支援の話に終始する。NATOはウクライナに派兵するかもしれないとさえ言われている。ゼレンスキー大統領は、ここでもまたオンラインスピーチで支援を要請するのだろうか。

しかし、いつものことながら、欧米の国々はこの危機を自分たちの利益に結びつける方法を冷静に考えているはずだ。その中で日本だけが、単純にウクライナに同情し、支援の大盤振る舞いで自己満足するということにならないよう心してほしい。

政治家の役目とは、国民の命と国土を守ることだ。ウクライナにも、ロシアにも、そして、もちろん日本にも、それ以上に大切なものはあり得ないと、私は思っている。←引用終わり

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