もぉ腹一杯で、これ以上は喰えないのが現実だ! モノよりカネに興味の対象が移っている。モノ造り経済からコト創くり経済への創造的政策転換を
慎ましい日本は、モノが溢れ飢餓感なく満足し。
モノよりカネに興味や重点があり個人蓄積の総額2000兆円は世界でも頭抜けている。
モノじゃないコトや知恵(サービス提供)の生産と需要創造が必要で、剥き出しの私利益重視の資本主義を、公益性重視の「知本主義」へ政策転換を!
日本は、マクロ経済政策を安易に考え、政権担当者が無知で無自覚で呆気であった8年の間、無原則に中央銀行の金利政策だけの要素に頼り切り、関連する政策を一切手当せず、呆気と呆気が互いをヨイショし褒めちぎり、政策では何もせず「カネ」を撒き続け、10年を過ごし根本的な改革を怠った事で、国民の生活は塗炭の苦しみに追い込まれ、この20年で100万円の所得抑制を強いられ、経済が好循環しないため、国の「財政」は火の車で、いつ破綻してもオカシクない状態にある。
先ず、経済分野での伸びがないのは、全体に1970年代の「生産性」かと思わざるを得ない程に低く、それを背伸びして頑張った1980年代の「辛抱してガンバル」思想に浸りきり、1990年代には、労働力はあっても資本も技術も欠く「中国」へ生産移転させながら、自国の生産体系を変革しようともせず、技術力を欠く「中国製品」を始め、途上国の製品と比べ単純に満足していた。
しかし、圧倒的な労働賃金の格差をウリにした「中国」の生産コストに同質の製品で対抗しようにも、圧倒的な人件費の差を乗り越える事ができず、日本が考えた事は「労働賃金」の切り下げであり、巧みな言いようだが「単純外国人労働力」の移入であった。
それは、日本人に対しては「派遣労働」となり、外国人に対しては「技能実習生」という懲役苦役に近い低賃金労働であった。
それに因る「賃金抑制」に成功した事で、生産性の改善に挑むワケでもなく、体の良い「低賃金構造で生産性の低い経済」を温存し、抱え込み全体が苦しむ事になったワケだ。
賃金が上がらなければ、税収も社会保険も伸びず、逆に国庫支出が増え続けるため、GDPの2.6倍近い天文学的な借金を抱え込み、政策も打てず彷徨い続けているのだが、中央銀行総裁は「自分の低金利政策は正しく、円安は国民生活に寄与している」との呆気の寝言を繰り広げる馬鹿吏で、国際金融を担う高インテリジェンスを保持する側からは呆れられ嗤われている。
日本人の大半は、アベノマジックに引っかかり、既に破綻して終わっている珍奇な呆気に、賃金を切り下げられ生活苦に喘がされているにも関わらず、事実を見ず、事実を受け止めず、誤塵が低賃金の「派遣労働」に追いやられ、喰うや喰わずの暮らしを強いられながら、未だにアホシンドが政権に還り着く事を夢見ているバカが多いのにはオドロキ以外の何物でもない。
適正な価格は何かも忘れてしまったようで、安ければ善いと、今日も自らの生命を繋ぐため「安物買いの銭失い」に興じているのを見せられると、同情するがホントに悲しい。
その姿こそが、正真正銘の日本の現実なのだから。
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