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2022/09/10

捏造やら針小棒大な誇張がウリの「朝日新聞」は自業自得とはいえ、真に苦境だそうでタイヘンですねぇ!その決定打は「何やら教会」を巡る事らしいと

このところ「朝日新聞」を巡る話題に事欠かなくなりました。
世間的には、批判を交わそうと「態を潜めている」ようですが、
その裏で。密かに日々「リストラ」計画に従い、事業の再編という名の「クビキリ」否「希望退職」の強制が進んでいるとも漏れ聞こえますが。
これまで「日本の世論」をリードし形成していると、捏造で誘導しでも自負し誇ってきたが、その巧妙な手法も最近は暴露され非難されサンザンで。


さて「天の父母様聖教会」を掲げる胡散臭い「何やら連合」については踏み込みが少ないと思っていたが、プレジデントに以下に引用する対談が・・・


ホォ~! そうか!?


いよいよ「アカヒチンプン」へ追い込まれようとするワケですか?
自業自得とは言え、そりゃぁ、エライコッテすなぁ~!笑ろたらアカンのやろけどタイヘンやねぇ~!
タイヘンの偏というツクリは、どう書きますの?
タイヘンの偏というツクリは「アカヒ」と縦に画きます。


引用開始→ だから「生ぬるい追及」しかできない…朝日新聞が認めない「統一教会側との談合」という信じがたい過去
(2022年09月09日 08時15分 PRESIDENT Online)

だから「生ぬるい追及」しかできない…朝日新聞が認めない「統一教会側との談合」という信じがたい過去

■いつもの社説も生ぬるい

朝日新聞が統一教会に怯えている。

そんな“風評”が飛び交うのには理由がある。

7月8日、安倍晋三元首相暗殺事件が起きて、山上徹也容疑者の動機が宗教団体への恨みであると警察情報が伝えられると、ネットではすぐにその宗教団体が「統一教会」だと指摘された。

他のメディアも次々に報じ始めたのに、朝日新聞の紙面に統一教会が登場するのは7月12日付である。

ようやく社説で取り上げたのが7月22日。「旧統一教会 政治との関わり解明を」が掲載されるが、

「選挙活動の組織的支援や政策への介入など、教団と政界の関係は種々取りざたされる。岸信介元首相以来の付き合いといわれる自民をはじめ、各党・各議員は自ら調査し、結果を国民に明らかにする必要がある。

入信した本人、親族、いわゆる2世信者など、苦悩を抱える人は少なくない。問題の放置が被害を深刻化させてきた。支援の手をどう差し伸べていくか、社会が直面する重要な課題だ」と生ぬるい。

■ツイッターでは「#さよなら朝日新聞」が拡散

元朝日新聞記者の小森敦司氏がこうツイートしている。

《朝日新聞の声欄。8月1日から5日までの朝刊をチェックしたけど、統一教会をめぐる投書が一つも掲載されてない。

たくさん寄せられていると思うのだけど、どうなっているんだろ》

内田樹氏も、

《今の紙面を見て「じゃあ、これから朝日新聞を購読しよう」と思う人がいるでしょうか?政権翼賛記事を読みたいなら産経を読むし、政権批判を読みたいなら日刊ゲンダイを読むし、まともな報道を読みたければNew York Times かGuardianの電子版を読む。朝日より安いし》

ツイッター上に「#さよなら朝日新聞」というハッシュタグまでが拡散し、朝日から他紙に乗り替える人が続出しているらしいのである。

しかし、朝日新聞といえば、1980年代に朝日ジャーナルが他紙に先駆けて統一教会批判キャンペーンを激烈に繰り広げたことで知られている。

ちなみに「霊感商法」と名付けたのも朝日ジャーナルで、当時の編集長は筑紫哲也氏。1986年12月5日号で「豊田商事をしのぐ冷血の手口 霊感商法の巨大な被害」を掲載。徹底追及を始めたのである。

このキャンペーンは大きな話題になり、ほかのメディアも追随した。その後、桜田淳子らが合同結婚式に参加するなど、統一教会に注目が集まったが、その後、1995年にオウム事件が起きると、メディアの関心は統一教会から離れてしまった。

そうした歴史を持つ朝日新聞が、30年ぶりに統一教会問題が大きな話題になっているのに、及び腰なのはなぜなのだろう。

■35年前の「赤報隊事件」が関係している?

その“謎”を解くカギは、今から35年前の事件にあるのではないかと週刊文春(9月8日号)が報じている。

赤報隊事件である。1987年5月3日、午後8時15分頃、朝日新聞阪神支局が改造した散弾銃を持ち、目出し帽をかぶった男に襲撃された。

支局には3人の記者がいた。犯人は無言のまま、犬養兵衛記者を撃ち、次に小尻知博記者を撃った。

小尻記者は死亡し、犬養記者は重傷を負った。事件後送られてきた犯行声明で「赤報隊」と名乗り、朝日の論調への強い憎悪が書き連ねてあった。

仲間が言論テロの犠牲になった朝日では、赤報隊を探し出す特別取材班が組織された。犯行声明文にある文言を分析し、右翼思想の持ち主、それも新右翼ではないか。

もう一つは、当時、「霊感商法」や「合同結婚式」などで世間を騒がし、朝日ジャーナル誌上で批判キャンペーンをしていた統一教会が、朝日と激しい緊張関係にあった。この2つに絞り込み、警察顔負けの徹底的な取材を続けた。

だが公訴時効の15年も過ぎ、35年がたった今も犯人は特定できていない。

「『明日も喋ろう 弔旗が風に鳴るように』という、暴力にひるまず報道し続けようという言葉をデスクが揮毫(きごう)して飾りました」(辰濃哲郎元朝日新聞記者=週刊文春)

言論テロには屈服しない。

この頃の朝日新聞にはその気概がみなぎっていたようだ。

■ジャーナリストの樋田毅氏が語った「当時の朝日」

当時、取材班にいて、後に『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)を著わした樋田毅氏は、新右翼を取材しながら、統一教会の可能性も探っていた。

私は月刊誌『エルネオス』(市村直幸編集長・休刊)で樋田氏と対談している。この対談は2018年4月号に掲載され、当時は編集部の判断で統一教会と国際勝共連合、世界日報をαとしている。だが、ここでは私の判断で統一教会、国際勝共連合、世界日報と明示することをお断りしておく。

【元木】襲撃事件が起きた数日後に会議があった時、N編集委員が「統一教会と国際勝共連合の取材に全力を注ぐべきだ」と発言したそうです。

当時、霊感商法などの問題を起こしている統一教会に対して、朝日ジャーナルが被害者救済に取り組む弁護士グループなどと連携して、詐欺的商法だと糾弾キャンペーンをやっていました。

事件から三日後の五月六日には朝日の東京本社に「とういつきょうかいのわるぐちをいうやつはみなごろしだ」という脅迫状も届いていて、使用済みの散弾容器二つが同封されていたそうですね。

【樋田】政治団体の国際勝共連合のほうは、中曾根政権が進めていた国家秘密法(スパイ防止法)を後押ししていて、朝日新聞に街宣車を繰り出していました。

二月二十六日付の消印で「社員のガキをひき殺す」という内容が書かれた手書きの脅迫文が、朝日ジャーナルの編集部宛に届いていました。これらが統一教会のものかは、定かではありませんが、朝日ジャーナルの批判記事を巡って、こういう脅迫状が書かれてもおかしくないほどの緊張関係があったことは確かです。

■「サタン側に立つ誰かを撃ったとしても許される」

【元木】襲撃事件から十年間は、右翼とこの教会を、同時に取材していたそうですね。朝日ジャーナルの批判も含めて、朝日を憎んでいたということでは、こちらのほうの憎悪が強いし、右翼を装った犯行という可能性も高いような気がしますが。

【樋田】朝日ジャーナル誌上で霊感商法批判の記事を書いた記者は、信者とみられる複数の男たちによって四六時中監視されていたし、娘さんが幼稚園に通う際、これらの男たちが付きまとうので、家族や知人が付き添っていた時期もありました。

統一教会側も、大阪の各店舗では、連休明けに警察が入ってくるのではないかと言われていて、文書を処分し、緊張が高まっていたそうです。

【元木】その前から、南京大虐殺の報道に対して告訴したり、「朝日新聞の赤い疑惑」というビデオを作って、朝日への憎しみを掻き立てていたそうですね。

襲撃事件の前に、対策部長と名乗る男が、「サタン側に立つ誰かを撃ったとしても許される」と、信者の前で言っていたとも書かれています。

統一教会は、当時、全国に二十六の系列銃砲店を持ち、射撃場も併設していた。樋田さんたちは、「勝共連合の中に秘密軍事部隊が存在していた」と話す信者にも会っていますね。

■編集委員が世界日報側から金をもらっていた

【樋田】あの『赤い疑惑』ビデオは見ましたが、本当にすごい。あれを見たらだれでも朝日が嫌いになる(笑)。

秘密軍事部隊のほうは、脱会した元信者の紹介で、学生時代の仲間で、やはり脱会していた夫婦から、「三年前に脱会する直前まで秘密軍事部隊にいて、銃の射撃訓練も受けていた」と打ち明けていたというので会いましたが、朝日の記者と名乗って話を聞いていないので、当時は記事にできませんでした。

しかし、記者たちが地を這(は)うような取材を続けている間に、社の幹部たちは驚くべき裏切り行為をしていたのだ。

【元木】統一教会と朝日新聞のことで、樋田さんが、社を辞めなくては書けなかったことがありますね。一つは、先の世界日報の元編集局長の部下だった人間が、彼の指示で定期的に朝日のN編集委員に会って、預かった五万円ないし十万円のカネを渡していたと話した。

それはN編集委員が被害者の父母の会の情報などを統一教会に流していたり、統一教会への批判記事を抑えてもらうことの報酬だったという……。

【樋田】朝日新聞は教団の学生組織の宗教活動で、子供が突然親に反抗したり、家出して信者になるという現象を取り上げて、教団が日本で布教を始めてから最初の批判記事を書いています。統一教会の取材の中心になってきたN編集委員(当時)が、教会から篭絡されていたというのは、到底信じられなかったですね。

■キャップに話をすると「ここだけの話にしてほしい」

本人に確認しなくてはいけないのですが、既に九八年に亡くなっていたので、書かないという選択肢もあったかもしれませんが、統一教会ウオッチャーのフリージャーナリストも知っていたので、書かないわけにはいかないと考えました。

【元木】朝日の身内に、向こう側に内通している人間がいた。それもこの問題では信頼していた編集委員だったというのは、赤報隊事件を追いかけている記者の人たちにはやりきれなかっただろうと思います。

もっとひどいのは、現場が統一教会と戦争をしているのに、上の人間たちが、向こう側と手打ちの会合を密かに持っていたということです。

【樋田】朝日ジャーナル時代から統一教会批判を書き続けてきた記者に、阪神支局事件の翌年の六月初め、教団の広報部長から電話がかかってきて、誰にも知られないように会いたいと言ってきた。

「上層部の様子が変だ。

うちのボスとお宅の幹部との間で何か動きがある」という。そこでその記者は、襲撃事件を担当している社会部遊軍キャップに話し、その遊軍キャップが社会部長を追及すると、「ここだけの話にしてほしい」と言って、最近、広報担当の役員と東京本社編集局の局次長の二人が、世界日報の社長や編集局長らと会食したことを認めたのです。

■私たちが懸命に取材している時に…

【樋田】朝日のベテラン編集委員が仲介して、朝日と世界日報が批判し合っている問題について、「手打ちをしようじゃないか」と持ち掛け、朝日側は「そんなことを言っても」と言いながら、最初は世界日報側、次は朝日が費用もって会食をしたというのです。

社として手打ちをしたことはないと言っても、相手側は、朝日とそういう話をしたと受け取るだろう、と社会部長は話したというのです。これは、遊軍キャップだった記者が「コピー不可」と言って、私を含めた少数の取材班のメンバーに見せたのですが、私たちが懸命に取材している時に、上層部が敵側と談合した。社の幹部たちが報道機関としては決してやってはいけないことをやってしまったのです。

【元木】よくここまでお書きになりましたね。

【樋田】悩みましたね、それは悩みました。

【元木】そうして世界日報で連載していた朝日新聞批判の連載が終わり、偶然かもしれないが、赤報隊の攻撃がその頃を境に、朝日からリクルートや愛知韓国人会館へと移っていったそうですね。

私には無関係だとは思えないのですが。

警察は新右翼の捜査は熱心にやってくれたようだが、統一教会への捜査は及び腰だったという。

■「慰安婦誤報問題」以上の読者離れを恐れているのか

樋田氏はこうも話してくれた。

「明治大学の吉田忠雄教授から聞いた話ですが、元警察官僚で総理府総務副長官の経験もあった弘津恭輔氏が『勝共連合が少々むちゃをしても、共産党への対抗勢力だから許される』と発言したと聞いています」

こういう警察側の姿勢が、統一教会を追い詰められなかった大きな要因ではなかったか、そうした疑問は残る。

樋田氏の本は、朝日新聞の記者たちが、地を這うような取材で赤報隊事件を追いかけていたかを後世に残す貴重な記録である。

だが、そんな現場を無視して、社の幹部たちが取材対象と手打ちをしていたというのでは、記者たちは「ふざけるな」と思うのは当然である。

安倍元首相暗殺を機に、統一教会批判をメディアが競って報じているが、統一教会側も死に物狂いで正当性を訴え、メディア批判を露(あら)わにしている。

もし、統一教会が、1988年に行われたという、世界日報と朝日新聞の幹部たちの手打ちの内容をすべて明かしたら、朝日新聞の統一教会問題に対する姿勢を疑問視する声が巻き起こるに違いない。

朝日新聞批判は、慰安婦誤報問題以上に厳しくなり、今以上の読者離れを引き起こすことは間違いない。朝日新聞の統一教会報道に腰が引けて見えるのは、このことがあるのではないか、そう思えてならないのだ。

朝日ジャーナルで統一教会批判を繰り広げ、世論を喚起した筑紫哲也氏が生きていれば、今の朝日新聞に何といっただろう。

■「二度死ぬ」ことになりかねない

かつて、TBSのプロデューサーがオウム真理教側に事前にビデオを見せていたことが大きな問題になった時、『NEWS23』(TBS)の『多事争論』で筑紫氏はこう語った。

「報道機関というのは形のある物を作ったり売ったりする機関ではありません。そういう機関が存立できる最大のベースというのは何かといえば、信頼性です。特に視聴者との関係においての信頼感であります。

その意味で、TBSは今日、死んだに等しいと思います。過ちを犯したということもさることながら、その過ちに対して、どこまで真正面から対応できるか、つまり、その後の処理の仕方というのがほとんど死活にかかわるということを、これまでも申し上げてきました。その点でもTBSは過ちを犯したと私は思います」〔筑紫哲也『ニュースキャスター』(集英社新書)より〕

筑紫氏が朝日新聞を退社したのは1989年。まだ在籍していた彼が、社の幹部たちが統一教会との手打ちをしていたと知ったならば、「朝日新聞は死んだ」といっただろう。

朝日新聞は今回の統一教会問題にどこまで切り込めるのか。それによっては「朝日新聞は二度死ぬ」ことになりかねない。←引用終わり

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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