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2022/12/08

熊野信仰は海洋民族が、九州南部や紀伊半島の広葉樹林文化帯に自然崇拝、神道、佛教、道教を含め形成し「八咫烏」は磁波で方位を示し神威を高め

半世紀を超え「沖縄」を様々な角度から捉えながら、様々な考え方と出会い学び論争し幅を拡げてきました。


沖縄人(ウチナーンチュ)の基本は「海人(うみんちゅ)」です。
以前から、陸の民は陸の民として到来し、
海洋の民は黒潮に乗り日本列島へ漂着したとも考えているのです。


八重山諸島を始め琉球列島から薩南諸島を島伝いに、薩摩半島や大隅半島に、また足摺岬を土佐の地へ、室戸岬を越え紀伊半島へ、熊野灘から伊勢湾を突ききり知多半島や渥美半島へ、更に駿河湾を押さえ伊豆半島から房総半島へ到来したと(勝手な仮説私論で)考えています。


それは、その地で混淆せず「純粋培養」し続けた(と、思われる)人は、ほぼ同じ貌をしている事に驚きがありました。


そこで、沖縄の神社ですが、
主な沖縄の神社は「熊野本宮大社(熊野権現)」を、古く(1200年前)から民間人が勧請し造営し、後に琉球王国から領地を与えられたりしながら、「神仏混淆」で明治新政府による「神仏分離」まで尊崇されてきていたのです。


まぁ、熊野信仰は固より日本的な「神仏混淆」の祖ともいえます。
何よりも「熊野信仰」は、神道としての自然崇拝も背景に重要で、そこに佛教観も習合され徳目の道教の思想が加わり、実に幅広く尊崇の途を象っているのです。


そして熊野信仰の伝説で重視される象徴の「八咫烏」は、方位(磁波)を識る一つの能力を示しており、大陸でも同様に似た伝説があります。
大陸の南方領域から、海を越えるには不可欠の方位(磁波)を識る必要があります。


例えば、ハワイの民の源流は、舟で太平洋を越えたタヒチの民です。
間違いなく磁力を察知し、ハワイへ到達し、ハワイからタヒチへ戻り、一族郎党や従う移住者を引き連れ再びハワイへ着いた事で、基本的に同じ源流の歴史文化があります。


陸の民というか半島系の渡来人は、渡来し定着した日本海沿いの地で巨大な造営をしているのです。


海の民という漂着人は、九州の南地域に「広葉樹林文化」に根ざした巨大な造営を成しています。


土佐にも、紀伊半島も、駿河も、伊豆半島も、房総半島も、また「同様」の海洋民族が運んだと思われる「広葉樹林文化」が拡がり厚く形成され、日本の文化の強い基盤を一体的に形成してきました。


沖縄の主要な神社が、熊野本宮大社(熊野権現)を勧請したものである事から、海洋の民と広葉樹林文化とを考えたとも言えます。

20221203-1

現在、那覇市の「波上宮(護国神社)」と宜野湾の「普天間宮」以外は、琉球処分と神仏混淆の禁止令以降、荒廃が進み観る影もありません。


沖縄の歴史を語る上で、150年前に下した「琉球処分」と神仏混淆の禁止による「民間信仰」の衰退という「海人の意志」の無視は、その後、WWⅡを含め現在に至る「沖縄(ウチナ)」と「本土(ヤマト)」の困難で感情的な不信の基を形成する一つの重大な要素でもあります。


蛇足ながら、サッカー・W杯のアレコレ表現で、神聖にして誇り高い「八咫烏」をコラージュするなど、貶めるような用い方や表現に接すると、無知なのでしょうが人としての質を問いたくなり、もの凄く悲しい思いを致します。

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