« 行き詰まったロシアは国内を引き締める目的でクレムリンへの無人機攻撃を自作自演のデッチ上げか、それとも間抜けな防空システムを露呈させたか | トップページ | 能登半島地震で思う事は「地球のマントル活発化」で、巨大地震は世界各地で頻発するのではないかと!? »

2023/05/06

4年ぶりに「春一番」を青空の下で・・・  全国からファンが相集い半世紀を懐古し、それは同好の同窓の邂逅を楽しむ会に姿を換えつつ維持する場だ

憲法記念日の祝日。齢を重ねた古者は「呑呆離が拗ねた皮肉を撒き散らした青い頃に戻ろうと」緑地公園へ。
今は保保呆や保柔民に転じた者、相変わらず左酔化の者、呑呆離で過ごす者、エエ歳のオッサンやオバハンが、思い出と愚痴に無責任な豊楽話、自慢たれ話に浸る「春一番」服部野外音楽堂の1日。


世間は嘘が満ちている:
その多くは虚飾であり、それに釣られ見栄を満たそうとの、自らに内在する似非心だろう。


有力なメディアを退いてメディアで喰らう矮小人物Yと偶然に出会い、ナンとはナシの話から「綺麗事」を繰り返すため、厳しく批判し殴り合い寸前の罵り合いになった。


日本は、戊辰戦争で幕政が倒れ156年だ。
70年目で泥沼の戦争を強いられ、その敗戦を受け100年目は、社会の矛盾があらゆるテーマで噴出した真に不幸な時期であった。


社会経済は、敗戦と賠償による疲弊から立ち直りを伺う過程で、抑えてきた蓋が跳ね飛ばされ、あらゆる社会矛盾が止めどなく溢れ出た。
それまでのWWⅡ敗戦からの20年は、殆どの国民が「贅沢を抑え、貧乏を分かち合い、国の再生をと辛抱強く生きた」のだった。
それゆえ「貧乏でも幸せ」な社会だった。


一方で、1970年のWWⅡ敗戦後25年を機に、近代国家としての社会基盤を造り替える懸案に取り組みを開始したのだ。
ローカルから都市域への人口移動は、あらゆる部分で急激に膨らみ、言葉巧みに利用される側を生み、利用する側との間で「度し難い矛盾」を噴出させ、社会不満は一気に頂点に達しようとしていた。


その頃に、無抵抗な社会批判が生み出され、街頭に押し出してきた。
折から「フォークソング」ブームに乗り、追われると「抵抗せず逃げ、そして拗ねる批判する主張を重ね」た事で、なんとなく拡がり、体制批判の先端にもなった。
(この道を貫いた者、一線を画し商業主義へ尾を振り媚びた者に別れ)


商業主義を隠さず囲い込んだのが「電波メディア」だった。
それは「フリ」をする事で「批判勢力・反体制」の側を印象づけようとするが、商業主義以外のナニモノでもない。


ゆえに、この流れに乗る側は、厳しく激烈な批判を浴びた。
しかしながら、電波メディアに職を得た事で「プチ・ブル/Petit Bourgeoisie」の生活を得たのがYに象徴される一連の野郎ドモだ。


その反省もなく、
「無抵抗・反体制・社会批判」の集積フォーク集会とも言うべく「春一番」に姿を現し、反体制(シンパ)気取りで、堂々と「サブカル」をアレコレと、昔話に浸りたがるのは「キモチが悪い、キブンが悪い」のだ。


まぁ、これも「カネ儲け」でやっているワケで、今はエラそうな事は言えないのだろうが。
それでも何度か事情による中断はあっても、50年の間、喰えても喰えなくても維持している側があり半世紀にわたり成立しているのだ。


その点では「商業主義」とは一線を画しているワケで、徒に「商業主義」そのものの世界に身を置き、正反対の生活で過ごしてきた野郎ドモやYには、軽々に評して貰いたくないと思う。
あくまでも人畜無害な「呑呆離」として、缶ビールでも呷ってやがれ。


「電波メディア」に依拠する者、また「電波メディア」に組み敷かれる者は、社会の底辺に散在する問題提起を自身のテーマとして捉えても、基本的には一線を画しテメェ~らのカネ儲けで「綺麗事」に過ぎぬのだ、それを懐かしみそれに浸っているだけじゃないか、その薄汚い「姿勢・思考」と立脚点を含め厳しく断罪されよ。


少なくとも、自らは「体制内の叛勢力(提議者)」としての立場では一貫しているし、踏みつけられてきたシンガーの側は固より、それらの国や民と、いまも厚く連携し連帯し必要な汗を流している。
その立場から、無知で無原則で無能な批判は、一切、全てにわたり「赦さない」のだ。

|

« 行き詰まったロシアは国内を引き締める目的でクレムリンへの無人機攻撃を自作自演のデッチ上げか、それとも間抜けな防空システムを露呈させたか | トップページ | 能登半島地震で思う事は「地球のマントル活発化」で、巨大地震は世界各地で頻発するのではないかと!? »