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2023/06/24

沖縄の慰霊の日に摩文仁の丘で「平和の礎」に刻まれた犠牲者を悼み、日本国の自主憲法制定で国の主権を確立し国力に応じ対等な外交関係の形成を

東シナ海に、この美しい「夕陽」は沈みます。

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その西に、隙あらば、他国の領海・領土・領空を我が物のしようと企む、大きな図体に汚ツムが廻りかねる腐りきった臭禁屁が率いる饅頭低国があります。

かつて「沖縄」に「琉球王国」が在り、
「琉球王国」は、中国(明)に朝貢(琉球は明との貿易を円滑にするための外交使節を送った)しており、明の皇帝は属国として琉球王国の統治を尚氏を王として認めてやったのだから、中国の範囲内にあたり、何よりも大陸棚の端に存在する沖縄は中国の領土だと、平気で主張し、まず手始めに先島諸島の「尖閣諸島」を領有しようと、あの手この手で排他的経済水域への侵入は固より、領海への侵入居座りを続けている。

日本(政府)は、事を荒立てないとして、海保の巡視船を派遣し「侵入するな、退去せよ」と繰り返すだけで、殆ど効果はない。

感情過多な一部の沖縄の民は、
「一切の軍備を持たず、一切の交戦権を認めず、一切の軍隊の駐留を排除する」と、どこで刷り込まれたのか、大陸で図体が大きな汚ツムの国のお先棒を担ぐヤカラに成り下がり平然としている。

この地を再び戦場にしてはいけない!
これは日本人なら等しく願う最重要テーマであるが、だから軍備は不要でとはならない。
手を延ばしてくれば断固として戦い粉砕する姿勢を持っている。
これは、本当に一部のパヨクやサヨク以外は一致している。
しかし、そこへいく前に取り組める事はあるだろうと考えるのだ。

ナンでもカンでも、米国と米軍の都合で、勝手に決められちゃぁ許せることも許せなくなるのは当然だと考えているのだ。

1951年に
「サンフランシスコ平和条約」で日本は独立した(事になっている)。
1951年に
沖縄は、日本から切り離され「米国占領下」に置かれた。
(US OCCUPATION OKINAWA)
1972年に
沖縄の施政権は日本へ戻された。
しかし、沖縄の主人は USであり US MARINE. US AIR FORCE.だ。
よくよく観てみると、日本も同じように、
US Semi OCCUPATION of INDEPENDENT JAPAN でしかない。

実に情けない。
とりわけ、ウクライナ戦争を眺め、いよいよその思いが強くなった。
台湾有事では、USはウクライナと同じで武器を供与し何もしないだろう。
口先で、ガンバレガンバレ、孤立はさせない、オレ達が付いていると言うだけだろう。

皆さんに、よくよくお考え頂きたいと心から願っています。
「沖縄」と呼ぼうが「琉球」と呼ぼうが、どちらでも良い。

夜なべのカスに過ぎぬ「玉城デニー」が、どう売国しようが「沖縄は沖縄だ」誰も妨げる事はできない。

51年前、沖縄県民の一致した願い「祖国復帰(日本の施政権の下へ)」を実現し、全島を上げ「日の丸」を打ち振り掲げ喜びに浸った。
しかしながら、希望の祖国「日本」は、半分以上にわたり「米国の施政権下」にあるも同然だ(いまもそう/駐日大使が公然と内政干渉する)。
沖縄県民が夢に描いた「日本国(の施政権)」は、米国が握っている事実だった。
自主憲法も持たず、防衛責任を自ら負わず、全面的に米国に依存し、自ら律する事をせず、米国の指示に黙々と従い、米国の指図のままに自らの意志を表さず示さず補完勢力として、都合良く利用されるだけの国だった。
沖縄の立場は変わることがなかった。
それを変える事を赦さぬ半世紀だった。

沖縄の真面目な保守勢力は「幻滅」を強いられ味わう事を強制され続けてきた。
それでも「日本(内地)」は、日本の主権に目覚めず、日本国の主権に目覚めず、米国に顎で指図され言うがままに平気で付き従っている。
自主憲法も持たず、日本国の自覚もなく、基本的に自律もせず、
国力に応じた「対等の関係」構築も放棄し、米国の顔色を窺い右往左往し、時に右顧左眄しながら、米国の顔色を眺めその日その日を暮らしている。
それを中国が嘲笑い、
沖縄という琉球地域は中国の属国だったのだから、中国のものだと平然と言い放ちチョッカイをかけ続けるが、米国の意向を受けナニもしない日本、それを見て横柄を更に大きく構える中国の構図の中に沖縄は置かれたままだ。

首相は実に綺麗事を「慰霊の日に『平和の礎』の追悼式典」で述べたが、誰の心にも響かない。
型どおり「中身」がないと誰もが受け止める(た)。
それが2023年の6月23日における「平和の礎」でも「沖縄慰霊の日」の一風景だった。
何もできない、何もしない日本(と国民)に、激しい怒りが立ち上る!

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