NHKの大河ドラマは事実がどうのと喧しいクレームで叩かれるが、全てのドラマはフィクションでクリエイティビティがあり豊かな方が楽しいだろうが
7月18日は月暦6月1日でした。
天正10年すなわち1582年から441年ですね。
まぁ、蒸し暑い時期ですねぇ。
毎年の事ながら、NHKの大河ドラマの信憑性が喧しいワケで。
2023年の「どうする家康」でも、本能寺の変に焦点を合わせているようで・・・
それは「ドラマ」でしょ。
歴史上の人物をテーマにしたフィクションの展開に「アァ~だ、コォ~だ!」と喧しい事で。
ドラマを担当する側の「クリエイティブ」を認めないのもナァ!?
喧しく「史実の真実」って言いますが、
騒いでいる側は「その史実に立ち会った」のか?
いやいや、現場に立ち会ったのかと・・・!?
歴史物も、基本は史実を絶対視しちゃナランのですよ、史実は「記述」であって必ずしも当の本人が記述したワケじゃナイので。
全ては、後の世に遺された古文書などを引き、書き残された文物でしかなく、欠落部分は「想像」に過ぎないのです。
遺された資料が多岐に登る場合は、詳細に検証すればナカナカの時間も歳月も要しますが確たる事にはなりません。
往々にして記述された文書や史料は後に「勝者」の手による事(敗者は姿を消しますから)が多いワケで、都合が良いわけです。
例えば、
日本の役所(中央省庁)の文書が破却され焼却され喪われたと、何かと喧しいワケですが、
都合の悪い事実を破却や焼却は日本の行政機関が得意とするワケで。
WWⅡに懸かる重要書類の多くが敗戦と同時に大量に焼却され、全体の辻褄が合わない状況を造出したのはナンなのか?
アホシンドに懸かる「森友学園の土地」を巡る事件の書類改竄と書類破却を、メディアが騒ぎましたが、それは「お家芸」なので・・・
それが遺された「史実」というものです。
また、ドラマというフィクションの世界ですから。
ドラマの拡大解釈やオモシロさを追求するのは「作家の自由なクリエイティブ」でしょうが!
| 固定リンク

