算数の基礎「掛け算」「割り算」「分数」が理解できぬ5歳の幼稚園児の部類は、一律に17年も遊び暮らし「大学」を卒えるというが釣り堀の魚に過ぎずだ
新旧(1955年以前と1960年以降)の別なく、
1995年に答申された大半を含め、
国公私立の合計で750を超えますが、
大まかに下位40%はDの学位記販売型に過ぎません。

その多くが⑤の無目的無目標に該当するのでは。
厳密に査定すれば、全体の70%は、国公私立の別を問わず基礎的競争力を保たぬまま、右往左往していると言えます。
実際には、この70%を上位、中位、下位に分け、位置づけ、それぞれの能力評価を適正化した上で、社会的役割や活躍する場を設ける事が肝要で、以降も固定化ではなく、学び直しの制度化を整える事で人材の深化を図るべきではと考えます。
結局は、米国も、日本も、韓国も、中国も、多くの共通項を持つ「学歴信仰」という社会構造にあります。
いずれの「学位記販売大学」も間違う事なく「受験生」の獲得と「入学生」確保に向けた「オープンキャンパス」を炎天下の真夏に行い、様々なサービスや「お土産」を付け、学生の釣り上げ戦を熱く展開しています。
算数の一考程であある「掛け算」も「割り算」も「分数」も分からない者を入学させ、何をどうしようと言うのか、何が問題か、全く目の前のカネ儲けというか、関係人の「生活互助共同会」でしかないのだ。
つまり5歳児の幼稚園「お遊戯」の17年延長でしかなく、名前だけの「学位記販売大学」など無用の長物で、むしろ存在は社会悪ではないのか?
明確に、15歳の時点で篩い分けし、現実を生きる覚悟と技術を磨き持たせる方がベストではないか。
「平等」原則なんて建前に過ぎず、何らの有用性もなく、寧ろ「社会悪」だろう!
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