暑い夏と型どおりの「暑中見舞い」を見て感じ考え思い浮かべる様々な事。300年かけて造られた社会課題は次々に事案を形成し襲いかかり続けるか
型どおりの暑中見舞い葉書が届く。
その中に、
以前の事ながら、ある出講先で「芯」の強い女子学生があり、
研究の場でもナカナカの鋭さを発揮していた。
何かの過程でふと話すコトが耳に残り、一つひとつ整理し繋ぎ合わせると一定の「荊領」に懸かる構図が浮かび見えてきた。
母親の出自(地域)や、敬愛する祖母の出身地や、
その祖母が自慢の祖父について、無関係に徐々に駄弁質問し全体像を繋ぎ合わせると「浮かび上がってくる事」があり、
基盤を形成する背景やストーリーがハッキリ形を顕した。
それは、此方にも必要な相応の「知識」と「観察力」を含む情報基盤を必要とするが、
何気なく結論は紛いもなく特定の「荊領」に係累を持つ事が明らかになった。
出自は、身構えキレイに装ってみても、何気に自然な色は出るのだ。
一方で、荊領に懸かる地域や家族から漏れ出した「乳幼児虐待」や単純暴力事件が増加傾向にあるようで。
そう言えば、父親も「大学は下駄履き」で、就業先も安定の「下駄履き」のようで、
当該会社はあらゆる事業分野で苦戦し非難の的だが、介首にもならず次々に出向させられながら、
巨大会社の地位を奪われず喪いもせず「下駄」を有効に履き続け生き延びているらしい。
でも「荊領」も周辺地域との混淆も進み、
あるいは「荊領」の民も他地域へ、この女史の祖母のように、荊領の外へ婚姻を機に移り住み家庭や家族を設け「ロンダリング」が進んでいる。
何気ない話や会話の端々に宿る話に潜む「重要ワード」を聞いても、閃く事もなく、やがて分からなくなり、
1960年代後半から1970年代に吹き荒れ、様々な「対策法」を産み出し、ある点では「対策法」が廃止されるまで、法を根拠に「荊領」の騙り屋と「マル暴」が喰い尽くし、自然に「荊領」は怖い恐ろしい関わりたくないという空気を生んだ。
それを逆手にとる松井一郎+橋下徹が率いた「大阪維新の会」が現れ、荊領内のミギとヒダリの利権や損得を巡り壮絶な内ゲバを展開していた。
出講先には、
荊領の出身者が学生として受講していた。
ふとした言葉尻を捉え「差別発言だ!」と詰め寄るのもいた。
それを受け、此方は「オォ! 糾弾してみろ!」と応じ、出身地を聞き、帰宅後に「荊領同盟」の支部長を通じ、
「組織を挙げてかかってこい」と言い切った。
帰宅後、家族に話をし、家族は支部長へ連絡したそうで、顔見知りの支部長から直接の電話があった。
「随分、地域の雇用や振興に協力して頂き、スミマセン。ちょっと言葉が過ぎたようですけど、大きな他意はないと考え、信じていますので・・・」と。
まぁ、吾々「まるでのうそまろ」の世代で、蓄積された個々の知識や個別の蓄積も消滅するのだろうなぁ。
300年かけ形成された事は、消滅し払拭するまでに200年は必要だろうが。
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