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2023/11/21

産経新聞が、元自民党総裁の谷垣禎一氏を訪問取材した懇談記事全文を10月末に報じ、改めて慧眼と深い知性に触れる事ができました引用紹介します

産経新聞が10月末に「谷垣禎一」元自民党総裁を雑談取材として単独会見し、それを記事に纏め奉じた事を記憶のため記録しておきます。
久々に、谷垣禎一氏の慧眼に触れる事ができた思いです。
やはり、希有な貴重な人材ですね。
サイクリング中の転倒で政治家としての生命を喪った事が、つくづく残念無念だなぁと。


見落とされた方もあるかと考え、3週間の日時をおき全文を引用し紹介しておきます。


谷垣禎一さんに聞く岸田首相の支持低迷の理由「政治家はまれにみる嫌な時代」~夜の政論①
(産経新聞 2023/10/28 17:00 水内 茂幸)

岸田文雄内閣の支持率はなぜ低迷を続けるのか。防衛や原子力政策の抜本的転換を図った評価より、今は悪評ばかり目立つ。答えを探して、首相と同じ自民党宏池会(現岸田派)出身の谷垣禎一元総裁(78)を尋ねた。谷垣さんはロシアのウクライナ侵略が日本でも生活の隅々に影響し、「今は日本の戦後の政治家が経験したことのない、まれにみる嫌な時代だ」と指摘。とりわけ繊細な政権運営が必要だと説く。

コロナ禍も落ち着きつつあるし、久々に一杯やりませんか-。こう打診すると、谷垣さんは私を自宅に招いてくれた。

「リハビリのために鉄の手すりを付けたんですが、この夏は触っただけで熱く、自宅にとどまることが多かった。リハビリも工夫しないとね」

電動車いすで出迎えた谷垣さんが、まず話題に出したのが庭先に設けたデッキと手すりだった。自転車事故で頚髄を損傷し、長い入院生活を終えて帰宅した際、1階のリビングから段差なく庭に出られるようしつらえたのだ。

手すりはつかまりながら数歩、歩ける長さがある。日によって差はあるが、支えがあれば数百メートル程度歩けるまで回復したという。

「リハビリ仲間に、私のようなお酒好きがいるんですよ。私はビールグラスを持つことができるが、自分で持てない人もいる。『あの人は杯を自分の口まで持ってくる。俺もああなりたい』と、私を目標にしてくれる人もいるんですよ」

普段はヘルパーに夕食を作ってもらい、午後5時ごろから晩酌を始める。9時には就寝し、翌朝6時に起きる日常だ。新聞はめくることはできないが、毎朝タブレットを使って目を通す。

案内されたテーブルに、冷たいビールがやってきた。まずは乾杯! 谷垣さんもグラスをひょいと持ち上げ、おいしそうにのどを潤す。

先出しとして、この日おつまみを作ってくれた娘さんアレンジの冷ややっこが登場した。冷たい絹ごし豆腐の上に、ジャコとみょうがと小葱、大葉のあえ物が添えてある。「ジャコは油で揚げました。お母さんがよくやっていたんですよ」。台所から娘さんの快活な声が聞こえてきた。谷垣さんの妻、佳子さんは今年13回忌を迎える。

シンプルだが、ジャコの香ばしさが他の薬味とうまく交じり、豆腐のうまさを引き立てる。

谷垣さんは、手指の障害者でも持ちやすく工夫された箸を駆使しながら、一緒に出されたカンパチの刺し身を口に運んだ。「箸ぞうくん」の名を持つ箸は、片端がちょうつがいのようにつながり、指を挟みやすい補助器具もある。

「ヘルパーには『できるだけ(補助器具のない)ピンセットの箸を使って』といわれるが、持つのは難しいんだよね‥おい、ちょっと日本酒を出してよ」

テーブルに、キンキンに冷えた新潟の地酒「久保田千寿」の一升瓶がやってきた。ワイングラスでいただく。フルーティーで芳醇なコメのうまみが口に広がる。

「しかしねえ、なんであんなに支持率が下がるのかと思うんですよね」

谷垣さんがグラスを傾けながら語りだした。

「今回のような世界中が影響を受ける戦争というのは、戦後の日本にとって初めての経験ではないか。これまで国際秩序の基本にあった国連安全保障理事会が機能しなくなるほどの戦争というのは」

昨年2月の侵略開始以降、安保理は当事国のロシアと連携する中国に米英仏が対峙する構図が続き、ほぼ何も決められない機能不全に陥っている。

「独立国家の主権を侵すロシアに非があるのが明らかだけど、現実的なことをいえば、この戦争をやめるはかなり難しいよね。往時の日本も、沖縄の地上戦に敗れ、大都市がB29に焼かれ、広島と長崎に原爆を落とされ、あれ以上ないところまで追い込まれた末に降伏を決断した。今回の戦争を止める際は、新しい国際秩序の仕組みづくりとセットでなければならないから余計に難しいと思う」

こうした局面で、岸田首相は厳しい対露制裁を決断した。「今日のウクライナは明日の東アジアの姿かもしれない」として、軍事的圧力を強める中国も念頭に、防衛力の抜本的強化に乗り出した。本来なら、首相の求心力が高まってもいいと思うのですが。

「こういう戦争が起きるときは、日常生活への不満が日本でも募る。物価が上がり、特にエネルギー価格なんて『こんな暑いのに電気代の値上げかよ』となる。戦争が始まった昨冬は、コロナ禍の傷をどう修復して国民生活を正常に戻すか-という局面だった。そこで戦争が勃発し、モノの値段が上がった。日本の安全保障環境も踏まえれば、自衛隊を充実させる必要にも迫られた」

「戦時にすごく評判のいい政府を作るのは難しい。昭和の初期にも、世界恐慌後、金解禁の中止を決断した高橋是清蔵相が凶弾に倒れた。誰がやっても『こんなにうまくやった』と喝采を浴びる時代ではない」

グラスを置いて、谷垣さんがつぶやいた。

「今はね、日本の政治家にとってまれにみる嫌な時代が来ているんですよ」

生きづらい時代には、国民の不満が総じて募るというのだ。

「国民がわっと前に進めない状況になっていることを、政治家はわからなければならないね」

今の世相が分からずに批判を高めた例として、谷垣さんはマイナンバーカードの問題をあげる。

「住民票や健康保険証と結びつく、国民生活の基本になるものだ。今後はなければ困る制度になっていくでしょう。しかし、このタイミングで『うまくいくまで多少の失敗があるのはやむを得ない』なんてやったらどうなるか」

それにしても、外交面の成果が知らぬ間に立ち消えになってはいませんか。(聞き手 水内茂幸)

谷垣さんの「夜の政論」を本日から4回連載します。第2回は29日午後5時にアップします。


谷垣禎一氏が語る文在寅氏と鳩山由紀夫氏が同類の理由「日本が損しない国際秩序作れるか」~夜の政論②
(産経新聞 2023/10/29 17:00 水内 茂幸)

自民党の谷垣禎一元総裁(78)の自宅を訪ね、岸田文雄内閣の支持率がなぜ上がらないのか、一杯やりながら率直に質問をぶつけてみた。岸田首相の外交面の成果は、知らぬ間に立ち消えになってはいませんか。

「確かにね。今回のウクライナ戦争で存在感が高まっているグローバルサウス(新興国・途上国)の取り込みなどは、日本の強みを生かしてよくやっている。彼らの一部には、西側の先進国に『あいつらは今も上から目線だ』と腹を立てている国が多い。事実上の『一強』となった米国や植民地支配の過去を抱える英仏に対し、『西側リベラリズムのおごり』と批判する国さえある。その中で、日本は独自のODA(政府開発援助)を駆使して努力を重ね、『欧州はうんざりするが、日本は違う』と評価も集めた。首相はここをうまくすくい、西側とつなぐ役割を果たしている」

ただ、今後はこの外交でも、首相にとって厳しい難局面が待つと説く。

「この戦争が終わったとき、どう新しい国際秩序を作っていくのかが焦点となる。そこでは、日本がすごく損な立場になるわけにはいかない。日本は必ず、それなりの地位を占めなければならない。国内では国民生活に目配りしながら、対外的にはこの難題に挑まなければならない。岸田さんに限らず、自分が首相になりたいと狙っている人にとっても、答えを出すのは簡単ではないはずだ」

テーブルには『野菜の揚げびたし』が登場した。パプリカとカボチャ、なすを素揚げして、甘辛いマリネ液にしっかりしみこませている。香ばしい夏野菜の香りと甘さが、冷えた久保田によく会う。

谷垣さんが「水内さんは産経新聞だからこっちが好きかな」といいながら、テーブルには白い陶器に「中華民国立法院」と書かれた蒸留酒「白酒(バイジュウ)がやってきた。テーブルには、「中華人民共和国」と書かれた「貴州芽台酒」も登場。「酒に国境はありませんよ」と酒巻俊介カメラマンが笑ったが、私はなんとなく中華民国を注ぐ。

谷垣さんに「一気に飲み干すんですよ」と言われたが、アルコール度数は50度! しかし、独特の香ばしい匂いがさわやかだ。昨年、谷垣さんのインタビュー連載を担当し、今回同席した豊田真由美記者は「食道の位置が分かる」とむせながら飲んでいる。

「この前、フランスのマクロン大統領がNATO(北大西洋条約機構)の東京事務所開設に反対したでしょ。私は心理がよくわかるんですよ」

谷垣さんが語りだした。 「海洋国家の道を選ぶか、大陸のつながりを大切にするか。各国が個別の事情を抱えていますよね。英国は海洋国家の道を選び、EU(欧州連合)から抜けた。残った独仏を中心とするEUはどうするか。陸続きの中国に経済などの利益を全部取られては大変だ。中国とうまく付き合いつつ、必然的に、カザフスタンなど中国の周辺国とも協力する。フランスがNATO日本事務所に反応した背景は、ここまで見なければならないと思うんです」

谷垣さんも白酒をなめる。

「日本もずっと、2つの選択を迫られていたでしょう。海洋国家としてアングロサクソンと組むか、大陸につながるところと組むか。日本では明治以降、右翼を中心に、中国や韓国と組んで欧州に踏みにじられない大義の旗を立てろという議論があった。しかし、当時は日英同盟を選び、今は日米同盟。アングロサクソンと組む流れを継いでいる」

「韓国も、似たような選択を迫られてきましたよね。北朝鮮との関係強化を図った文在寅(ムン・ジェイン)前大統領は、日本でいえば、沖縄県の米軍普天間飛行場の辺野古移設にブレーキをかけた鳩山由紀夫元首相の言動に近いと思っているんですよ。韓国では『北と南の連携を強くしていこう』という訴えが国民の喝采を浴びる面もあるでしょう。ただ、今の時代に文政権みたいな道をとるとあまりに支離滅裂になる。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が誕生したのは、日本にとっても本当によかった‥、ああ、すっかりいい気になってペラペラしゃべっているなあ」

谷垣さんが車いすを少し動かしながら話題を変えた。

「最近は新聞を読みながら、私と同世代の方の回顧録をよく読むんですよ。私たちの世代は一体何を残したか-と考えながらね」

谷垣さんは昭和20年生まれだ。

「例えば歌手の加藤登紀子さん。読売新聞で連載していたが、彼女は私の1歳年上で、東大の五月蔡でシャンソンの『赤い風船』を歌っているのを聞いたことがあります。彼女と政治的立場は大きく異なりますが、同じ時代の空気を吸ってきた。もう1人挙げれば、ピアニストの山下洋輔さん。彼は麻布高校の先輩で、文化祭でピアノを弾いていたのを覚えている。ジャズという日本でまだ珍しかったやり方に挑んでいた」

「もう1人、倉本聰さん。彼は喫茶店でアベックのすぐ横に座り、会話をじっくりと聞きながらシナリオを練ってきた。テレビをどう活用するのか、一生懸命考えてきたんですね。戦後日本の可能性を開くためさまざま頑張ってきた」

「逆にいえば、そうそうたる大会社に行き、少し前まで『半導体は日本だ』と頑張った友人がいた。しかし、今は見る影もない-。俺たちの世代は何をやってきたんだろう。私とすべてジャンルは異なるが、この年になって、じっくり考えるんですよ」

少し遠い目をする谷垣さん。自らも、政治の中枢で時代を動かしてきたじゃないですか。

「自分のやってきたことはこんな副作用を生んでいたのかと考えるものばかりですよ。自分の思った通りになったことは絶対ない。ほとんど、予期しないことが起きている。例えば難民の問題。私は議員になりたての頃、自民党法務部会の副部会長としてこの問題に取り組みました。当時は無制限に外国人を入れるととんでもないという議論があり、入国には『職業訓練』という形を取り入れたが、今から思えば、物の見方が足りなかったと自省することが多い。『こんなこと考えもしなかった』という問題が次々と起きてね」

もう一例として挙げたのが、女性の社会進出の遅れだ。

「私は昭和20年生まれだから、現行憲法の『男女同権』は素晴らしいと教わった。しかしその私が何をやってきたかといえば、政治家の傍らで、家事は全部女房に押しつけた。家事はやってみると結構大変ですよ。こんなこと言ったら、あの世の女房に怒られるかもしれないが、専業主婦じゃない人が家事に取り組むのは大変だ。今は働く女性が圧倒的に増えたでしょ。亭主と女房がどっちも働いているのに、家事は女房だというんじゃね。子育てしながら政治に携わる上川陽子外相や加藤鮎子こども担当相は相当優秀ですよ」

子供2人を育てる豊田記者が「家事をしない人と結婚できませんよ」と合いの手を入れる。

「でも、少子化対策って、政府の政策でこなせるものなんですかね」

シャッターを切っていた酒巻俊介カメラマンが尋ねた。(聞き手 水内茂幸)

谷垣さんの「夜の政論」第3回は、30日午後4時にアップします。

谷垣禎一氏が語るLGBT「政治だけで解決できぬものがある」~夜の政論③ (産経新聞 2023/10/30 16:00水内 茂幸)

岸田文雄内閣の支持率がなかなか上がらない要因はどこにあるのか。首相は「次元の異なる」少子化対策や、性的少数者(LGBT)などの理解増進法も進めたが、自民党の谷垣禎一元総裁(78)は「政治だけで解決できない問題がある」と指摘する。

「少子化対策って、政府の政策だけでこなせるものなんですかね」

酒巻俊介カメラマンがつぶやくように尋ねた。

「私が生まれたのは昭和20年、第1次ベビーブームの直前だ。私の直後から出生数がばっと増えたのは、終戦で安定感が生まれたことが一因だ。そこから高度経済成長に向け、日本はどんどん豊かになった。私と弟は歳が6つ違うが、2人が育った時代は豊かさが違う。私のときは、学校に裸足の子がたくさんいたんですよ。満州や朝鮮から引き揚げてきた家庭は特に貧しかった。私が中学に入ったのは1957年頃だが、当時から目に見えて経済がよくなってきた」

「子供を持つかどうかは、国民の意識や生活力と結びついている。今は女性が働くのは当然となり、男性の育児休業取得も進めようとしているが、社会や企業全体の意識は追い付いているか。男性は、家事を理解して家で働いているか。そこまで一気に政治が変えるのは難しいよね。もちろん、弊害を取り除き、女性の社会進出と子育てしやすい政策を進めなければならないのは当然だけど」

谷垣さんの酒をあおるピッチが上がってきた。

「そもそもね、政治でさばくことができるものにも限界があるんですよ。最近のLGBTを巡る問題なんか典型でしょう」

6月には、自民が主導する形でLGBT理解増進法が成立した。基本理念に「性的指向およびジェンダーアイデンティティーを理由とする不当な差別はあってはならない」とうたっているが、「不当な差別」の定義など問題が多い。生まれつき女性の権利を守れないのでないか、といった懸念も巻き起こっている。

「日本は昔から、こういうことに関してはおおらかだったでしょ。(法規制を進めた)欧州とは違うんですよ。私のおじはドイツのミュンヘン大学に留学していたが、当時、日本から来た友人を宿舎に泊めたら、翌日警察に呼ばれたそうだ。その頃のドイツは同性愛が犯罪の対象だった。それほど厳しく取り締まってきた欧州諸国が、今ではLGBTを認めるようになり、日本に『お前ら遅れている』という。私は『上から目線じゃないか』と思わないでもない」

自民に導入論がある選択的夫婦別姓制度に関しても、日本の文化まで含めた議論が必要だと説く。

「例えばお盆。家のご先祖様をお迎えして霊を慰め、お送りするお祭りですよね。そのご先祖様の遺骨は、都市部などもう違うのかもしれないが、それぞれの家のお墓にあるでしょ。夫婦別姓になったとき、この『○○家の墓』はどうするんだろう。こうなると、政治だけでなく、ある意味宗教界まで含めて幅広く議論しなければならないとも思うんですよ」

夫婦でも姓が違えば、お墓はどうなるのか。日本の家族制度は大きく変化しているだろうが、単純に解決できない問題はあるだろう。

「私はかつて、あるクリスチャンに『キリスト教徒は神と自分が一対一で対峙する。だから神に対する責任は自分一人で背負う。だが、日本人はそうでない。そこが日本人の欠点だ』と言われたことがある。私のような人間は、神と一対一でなく、多くのご先祖様と向き合うと思うんだよね。LGBTも夫婦別姓も、日本が培ってきた文化の深いところまで、よく考えなければならない。これを政治だけで解決できるかといえば、どうなんだろうね。ああ、調子に乗ってペラペラしゃべっちゃってるなあ」

谷垣さんが娘さんに、「カメを持ってきて」と指示を出した。居間の奥から出てきたのは、沖縄の泡盛「瑞泉」の一斗(18リットル)瓶3つだ。

3つの瓶は1年ごとに買い足しており、一番瓶がなくなると2番瓶からつぎ足す作業を繰り返しているという。飲む酒は、長期間少熟成された古酒(クース)になっている。「わが家の門外不出のお酒ですよ」

口に含むと、熟成されたなんともまろやかな味だ!

谷垣さんが、銀製の小さなおちょこを出してきた。「これはのろけるわけじゃないけど、女房がフランスに行ったとき、私に買ってきてくれたものですよ。銀は年が経つと黒い錆が出てきちゃうけど‥もう30年ぐらいたってるかな」

妻の佳子さんと谷垣さんは司法試験を目指す学生が通う予備校で出会った。谷垣さんが数年かけて合格した際、同じく数年在籍していた奥さんは不合格。そのとき「なら、私のところに来たらどうか」とプロポーズしたという。

「まあ、いい女房でしたよ。法律には向いていないと思うけど‥。こんなこと言ったらあの世で怒っているかもしれないが」

今年で13回忌。今でも思い出しますか。

「思い出すねえ。女房は孫をみていない。ただ、娘が亭主になる人を連れてわが家に来たとき、女房がえらく張り切ってね。私に肉を買いに行かせたんですよ。『変な肉を買ってきてはダメだ』と気合が入ってね」

台所から娘さんが「あのとき、自転車で肉を買いに行ったでしょ。(東京都の)二子玉川まで」と合いの手を入れる。

「子育てって大変だけど面白いですよね。『こんなにかわいい子がなんであんな憎たらしいことをいうんだ』と思うこともあったが、終わってみるとすべてが宝物だ。私は女房に『男の子も育てたかったな』とぽろっとこぼしたことがあるが、『あなたそんな風に思っていたの?私は満足してたわよ』と言われた」

谷垣さんは、父が文相を務めた専一さんを持つ政治家一家だ。「跡取り息子」にこだわりましたか。

「そんな風には全然思いませんでしたね。ただ、私の母が3人姉妹の長女だった」

といいながら、谷垣さんがリビングに飾られた1枚の写真を手にした。

「私の母方の祖父ですよ」

フレームの中で凛々しい軍服に身を包んでいるのは、陸軍中将だった影佐禎昭だ。(聞き手 水内茂幸)

「夜の政論」、第4回は31日午後4時にアップします。


谷垣禎一氏「ロシアは潜在的に西側怖い」国会議員の観光馬鹿にするな~夜の政論④終
(産経新聞 2023/10/31 16:00水内 茂幸)

自民党の谷垣禎一元総裁(78)の自宅を訪ねた。杯をかなり重ねた後、谷垣さんが「母方の祖父だ」といいながら、一枚の写真を手にした。フレームの中で凛々しい軍服に身を包んでいるのは、中国で謀略活動を進めた陸軍中将、影佐禎昭だ。名前の「禎一」は、影佐から一文字を取ったという。

「祖父は硫黄島で自決した栗林忠道中将と陸軍大学校の同期で、当時の陸軍参謀本部第8課(宣伝謀略課)の初代課長を務めたそうです。米国のCIAのような組織ですよ。戦争を始めようとするとき、そんなところがないとできないから」

影佐は、日中戦争初期の戦争指導に携わり、昭和14年には蒋介石と対立していた親日の汪兆銘政権を樹立する際の中心人物となったという。

「どうすれば停戦交渉に持ち込むことができるか、考えながら任務にあたっていたはずだ。そんなとき、当時の近衛文麿首相が突然『今後は蒋介石を相手にせず』と宣言した。祖父は相当困ったはずだ。仮にロシアのプーチン大統領が『今後はウクライナのゼレンスキー大統領を相手にしない』と言ったら、停戦交渉を考えているロシアの人は『じゃあ今後はだれを相手にすればいいのか』と思うはずだ。それだけ戦争を止めるというのは難しい」

「当時できた南京政府で、祖父は軍事顧問。そのときの財政顧問が、後の福田赳夫元首相だったそうです。だから息子の福田康夫元首相は、幼少期に南京に住んでいた。私が衆院選で初当選したとき、何かの舞台で赳夫元首相とご一緒したことがある。『君が谷垣君か。私は君のおじいちゃんを知っておるよ』と声をかけられました」

おじいさんからみれば、今の日本はどう映るだろうか。

「昔も今も、日本は同じような選択を迫られている。例えばね、加藤紘一元幹事長の縁戚に石原莞爾がいた。彼の本は面白い。『日本は英米のような海洋国家と手を結ぶか、それとも大陸の国家と結ぶか。大陸国家と結ぶのならば、シベリアから新疆(しんきょう)までにらんだ政策を考えなければならない』と書いている。今でも全部通用する議論ですよ。(現代の中国の巨大経済圏構想)『一帯一路』のようなものを日本が考え、中国だけでなくシベリアまで日本が関与できるかどうか。そこまで考えなければならないと説いている」

海洋国家か大陸と手を結ぶか。どちらを選ぶべきだと思いますか。

「今の日本はG7(先進7カ国)だけに目を止めてはならないと思う。難しいけどね」

妻の佳子さんが遺した銀のおちょこを傾けながら、谷垣さんは今度はロシアの話を始めた。舞台は2006年、モスクワで行ったG8(主要8カ国)財務相会合だ。

「このときのロシアの張り切りぶりはなかった。モスクワで会合に臨んだとき、私は有名なオペラに招待された。劇場に足を運ぶと、『今日は日本の財務相がお見えだ。皆さん歓迎の拍手をお願いしたい』となるのだ。歓迎の夕食会では、出演したトップバレリーナが来た。最後は大統領のプーチン氏との面会だ」

「つまりそのときは、ロシアもG8で生きていこうとしていたのでしょう。今のように西側と対立することは望んでいなかったはずだ。もちろん、一国の主権を侵害する今のウクライナ侵略を許すわけにはいかないが、西側も冷戦崩壊後、もう少しロシアを抱き込むためのうまいさばき方がなかったのかと思うのです」

谷垣さんは、米国務省のロシア担当者から聞いた話を続ける。

「『ロシアは潜在的に西側が怖いのだ。かつてはナポレオンに、そしてヒトラーにも攻め込まれた。なんとかあそこに耐えられるようになりたい。こういう気持ちが本能的にある』というのですよ。日本も怖がられているかもしれませんね。小さな国と思っていたら、日露戦争であんな結果になって」

こう言った後、谷垣さんがつぶやいた。

「日本の戦後教育は、こういうことを身に染みて感じるような教え方をしていないと思うんですよね。われわれは、過去の歴史を相当目を広げてみなければならない。例えば民族を寄せ集めた国は、なぜ統合を図ろうとしているのか。米国、中国、ロシアも、日本にはわからない苦労がある。だからさ‥」

谷垣さんは、昨今話題になる国会議員の海外視察に話を転じた。

「向こうの議員と会って、会議だけしているんじゃわからない。往年の建築物を見て、何のためにこれを作ったのか、一体この国は何を恐れているのか。歴史を深く体感する必要があるんですよ。国会議員であっても、観光を馬鹿にしちゃいけないんだ。外国の要人で日本の首相や外相と会った人はたくさんいるだろうが、伊勢神宮や出雲大社を知らない人が、本当に日本のことが分かるのか、と素朴に思う」

「例えばフランスに行ったらルーブル美術館を見て、焼けたけどノートルダム大聖堂を見て、『フランスの歴史はふくらみがある』と感じてほしい。現地でしっかり観光し、歴史を学び、建築物に触れ、そこの酒を飲めというのが私の考えですよ」

酒をすっかりたいらげた谷垣さん。

「世論もね、そういうものに触れるゆとりまで叱らないでほしいんですよ」(聞き手 水内茂幸)

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