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2023/12/04

香港の民主化を指揮し、民主化運動が蹴散らされ逮捕・幽閉され外部との接触を断たれた周庭(アグネス・チョゥ)さんが、カナダの大学院で籍を得て出国

真っ当に生き、ヒトとしての基本的な「自由」を追究する人材なら、
最も大切な『精神の自由』を求め、それが得られ保証される世界へ移動するのは当然だ。


香港の民主化を追い求め、声なき声に推され活動し続けた周庭(アグネス・チョゥ)さんが、カナダの大学院へ入り移住(亡命)する事になったと。
そして、香港へは永久に戻らないと!


何よりも先ず、PTSD障害を受けたと思うが、身体的に無事であった事、続いて香港からの出国を認めた事。
それをカナダは受け入れを保証をし、PTSDの治療も含め支援される事を希望する。


執拗で非人間的な中国の強制を繰り返す暗部が明らかにされる日が遠くない事も・・・


引用開始→ 周庭さん、カナダの大学院に留学 「一生香港に戻らない」と亡命宣言
(産経新聞 2023/12/4 07:25 藤本 欣也)

日本語が堪能な香港の民主活動家として知られた周庭(アグネス・チョウ)さん(27)が9月に香港を離れ、カナダの大学院に留学していたことが分かった。交流サイト(SNS)で3日、明らかにしたもので、トロントに在住する周さんは「香港には一生戻ることはない」と事実上の亡命を宣言した。

PTSDに
周さんは、2014年の香港民主化運動「雨傘運動」の際に普通選挙の実現を求めて闘った民主活動家として知られる。香港の「民主の女神」のような存在だった。19年に大規模化した反香港政府・反中国共産党デモの際にも、得意の日本語を駆使して民主派の情報発信を行っていた。

しかし20年8月に、香港国家安全維持法(国安法)違反の容疑で逮捕。その後、無許可集会を扇動した罪などで、禁錮10月の実刑判決を受けた。21年6月に出所した後は沈黙を貫いていた。

周さんはSNSで、出所後、再び警察に逮捕され連行されるのではないかといった不安などに駆られ、大泣きしたり、ふるえが止まらなかったり、恐怖におびえたりする日々が続いたと明かした。医師の診断で、パニック障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)、鬱(うつ)病であることが分かったという。

当局の交換条件
今年に入り、このままじっとしているより外国に留学したいと考えるようになり、当たってみたところカナダの大学院が受け入れてくれることになった。

しかし、周さんは出所後もパスポートを当局に没収され、自由に海外渡航できない状態が続いていた。

このため、香港の国安当局に申請すると、①これまで政治活動に関与してきたことを後悔し再びかかわらない②民主活動家たちと連絡を取らない-ことなどを約束する書面の提出を求められた。

周さんは、もし妥協することを断れば「勉学のチャンスを失うか、警察署から出られなくなるかだった」と振り返っている。

もう1つ条件があった。それはパスポートを返却する代わりに、国安担当者とともに香港に隣接する中国本土の深圳に行くことだった。周さんに「拒絶する権利」はなく、8月、5人の国安担当者と深圳に向かった。周さんは「夢にまで見ていた香港からの出境が、まさか中国大陸行きになるとは」と思ったという。

深圳では改革開放などの展覧会に連れて行かれ、中国共産党や歴代指導者の業績を見学させられた。香港に戻った後、「祖国の偉大な発展を理解させてくれた警察に感謝します」との文書を書かされたという。

自由の貴重さ
こうして周さんが香港からトロントに向かったのは9月。パスポートは出発の1日前に受け取った。

今月末には香港に戻るつもりで航空券も購入していた。警察への報告義務があったためだ。しかし「香港の状況や自らの安全、健康などを考慮して、戻らないことを決めた。恐らく一生戻ることはない」という。


「この数年、恐怖から逃れる自由がどれだけ貴重なのかを切実に感じている」「言いたいことも言えるし、したいこともできる」「自由は得難いものだ」

3日、27歳の誕生日を自由な空の下で迎えた周さんは、現在の心境をこうつづっている。 (藤本欣也)←引用終わり


引用開始→「諦めない」「志村さん大好きでした」〝亡命〟の周庭さん、民主化の願いに日本への愛着も
(産経新聞 2023/12/4 13:45 中村 翔樹)

2014年の香港民主化運動「雨傘運動」でリーダーシップを発揮した周庭(アグネス・チョウ)さんが事実上、亡命を宣言した。香港の「民主の女神」とも呼ばれるようになった周さんは、これまでに警察による弾圧など、香港政府側との闘いの日々をSNSなどで逐次発信。その言動は世界中で注目を集めてきた。独学で学んだという日本語が流暢で、日本への愛着をうかがわせる発信も多い。

「日本は若者の投票率が低いと聞いている。民主選挙の大切さを訴えたい」(2015年5月)
日本の学生らとの意見交換を目的とした翌6月の初来日を前に、抱負をそう語った。日本のアニメやアイドルグループのファンでもあり、日本語は独学で勉強。当時は18歳で、「秋葉原やコンサートなどに行って、日本の文化に触れたい」と若者らしい思いも明かした。

「日本政府も圧力を」(19年6月10日)
香港でこの前日に行われた、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に反対する大規模デモに参加後、来日して記者会見。改正案が可決されれば、香港の一般市民だけでなく、在留邦人やビジネスマン、日本からの観光客の安全にも影響が及ぶとして、日本政府にも改正案撤回を香港政府に強く求めるよう訴えた。

「私たち香港人は諦めない」(同年10月23日)
香港政府が逃亡犯条例改正案を正式に撤回したことを受けて、ツイッター(現X)にメッセージを投稿。デモ参加者らに対する警察からの暴力的な制圧により、「何人が重傷となったのか、目を失ったのか、性的暴力を受けたのか、殴られたのか、逮捕されたのか、もう数えきれません」などとつづった。その上で、「改正案は撤回されましたが、私たちの命も、社会のシステムも、全て権力乱用の警察に支配されています。だから、私たちは引き続き反抗しないといけません。私たち香港人は諦めません」と決意表明した。

「いつも志村どうぶつ園を観てました。大好きでした」(20年3月30日)
新型コロナウイルスに感染し入院していたコメディアン、志村けんさんが前日29日に死去。志村さんが生前、出演していたテレビ番組を挙げ、弔意を示した。

「最も怖かった」(同年8月11日)
香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で同月10日に逮捕され、翌11日に保釈。報道陣を前に、「これまで香港の社会運動に参加してきて4回逮捕されたが、最も怖かった」などと語った。現地報道などによると、逮捕容疑は、インターネット上で外国政府が香港に制裁を加えるよう働きかけたとされる。1カ月半前に国安法が成立しており、周氏は当時所属していた政治団体の解散を宣言。しかし、香港警察当局は同法可決後も容疑に該当する行為が続けられていたと強調した。

「やせて衰弱したので休みたい」(21年6月)
無許可集会を扇動した罪などで20年12月に実刑判決を受け、同月12日に出所。その後、インスタグラムで心境を吐露した。出所当日、待ち構えていた報道陣の問いかけには答えず、無言で迎えの車に乗った。香港からのテレビ中継では、白いTシャツにマスク姿で、獄中生活でやつれたように見えていた。←引用終わり

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