引用開始→ 女真族 と エヴェンキ族
(アメブロ 2017-01-20 14:09:21)
中国東北地方の沿海部で半農半猟の生活を送っていたツングース系の女真族が、族長の完顔阿骨打(ワンヤンアクダ)の元で強勢になり、金(1115~1234年)という国が建国されます(完顔阿骨打は太祖 位1115~23年に即位)。そして、金は遼を滅ぼすことにし、宋と共同出兵を盟約します。
1125年、金の攻撃で遼は滅亡します。ところが、宋はその頃起こった方臘の乱の鎮圧に手間取り、共同出兵の盟を果たせませんでした。
方臘の乱とは、当時宋の皇帝であった趙佶(徽宗 位1100~25年)が、自らの庭造りのため、江南の地より珍しい石や木を綱につけて、人々に運ばせた「花石綱の労役」に対して起こった、方臘率いる反乱です。徽宗は、書や絵画に抜群の才能を示し、この時代の上流階級の描く絵、すなわち文人画の代表ともいえる人物ですが、政治に関してはまるっきりの無能で、それどころか国民に大変な負担をかけていました。
このような状態ですから、金が宋を滅ぼすのはたやすいことでした。金は宋に対して盟約違反を理由に侵攻を開始します。徽宗はあわてて「己を罪する詔」をだして、息子の欽宗に譲位しますが、1127年、都の開封が攻略され、徽宗・欽宗を始め、皇族・高官ら数千人が捕らえられ北方へ連れ去られました(靖康の変)。
この時、たまたま開封にいないで難を逃れた皇族がいました。欽宗の弟、趙構です。彼は同年、江南の地に移り、臨安(現在の杭州)を首都に定めて帝位に就き(高宗 位1127~1162年)、宋を復興させます。歴史家はこれを南宋、そしてそれまでを北宋と区別します。また、金は華北一帯を占領し、都を燕京(現在の北京の近く)に定めました。そして、南宋を狙い始めます。
南宋では、これに対し徹底抗戦を唱える岳飛(1103~1143年)らの武断派と、秦檜(1090~1155年)らの文治派で議論が沸騰していました。宰相となった秦檜は、1142年、軍閥の対立を利用し、中央軍に編入することに成功し、金と和平を結びます(紹興の和議)。
この和平条件は、南宋が金に対して臣下の礼を取るという、今までと正反対の関係になり、しかも毎年宋が金に対し、金と絹を贈ることになりました。この和平条約を結ばせた秦檜は、民族の裏切り者として、現在まで評判が非常に悪く、岳飛は、なんと秦檜によって謀殺されたため、救国悲劇の英雄として尊敬されています。
ですが、実際のところ南宋が金に勝つ余裕など無く、秦檜がこの和平条件を結んだため、南宋は150年間続きます。また、江南地域を積極的に開発することになり、中国南部の発展に大きく貢献しました。 ただ、秦檜は元々金の捕虜でした。そのため、何か言い含められたのではないかと評判が悪いのです。
ところで宋では代々、建国をした趙匡胤ではなく、その弟趙匡義の家系が位に就いていました。
しかし、趙匡胤にも子供はいます。なぜ、こんなことになったのかは不明ですが、南宋の高宗死後、子供がいなかったため、趙匡胤の家系に帝位が移ります。ゆえに、家系で見ればようやく南宋になって趙匡胤の子孫の国になったわけです。
金は猛安・謀克という軍制を敷き、また遼と同じように、漢人には州県制、女真族には部族制を採り、二重統治をします(その後中国的制度に統合)。また、中国文化を盛んに取り入れ、仏教も大いに発展します。ですが、中国的に完全に染まらないよう、固有の民族文字である女真文字を創製します。しかし、結局は中国化していきました。
そして、13世紀より財政難に陥り、交鈔(紙幣)を乱発し、経済はインフレになって混乱し、衰退してゆきます。そんな中で1234年、金はモンゴルから突如興った帝国により滅亡するのです。金はモンゴル高原を各部族の対立をあおり、弱い勢力に肩入れをすることで勢力均衡を図る政策をとっていたのですが、戦争続きにさせてしまったため、かえって軍事的・政治的な才能にめぐまれた英雄を出してしまうことになりました。その英雄こそが、チンギス=ハンなのです。
http://chie.mobile.yahoo.co.jp/p/chie/qa/view?qid=13156245323&fr=m_srch_dd1
女真族
女真(女眞、じょしん)は、女直(じょちょく)ともいい、
満洲の松花江一帯から外興安嶺(スタノヴォイ山脈)以南の外満州にかけて居住していた満州民族。
民族の聖地を長白山とする。10世紀ごろから記録に現れ、17世紀に「満洲」(「マンジュ」と発音)と改称した。
「女真」の漢字は女真語の民族名「ジュシェン」(または「ジュルチン」)の当て字である。
「女直」は遼興宗の諱(耶律宗真)に含まれる「真」の字を避けた(避諱)ため用いられるようになった。
金朝を滅ぼしたモンゴル帝国および元朝時代の漢文資料では「女直」の表記が多く見受けられ、同じくモンゴル帝国時代に編纂されたペルシア語の歴史書『集史』などでも金朝や女真人について言及される場合、「女直」の音写である jrcha で呼ばれている。
12世紀はじめに完顔部の阿骨打が出て女真の統一を進め、1115年に遼から自立して金を建国した。
金は、遼、北宋を滅ぼし中国の北半分を支配した。
金の時代に、漢字や契丹文字の影響で女真文字をつくったが、元・明の間に忘れ去られた。
やがて、金がモンゴル帝国に滅亡させられた際には、故地を既にモンゴル軍に奪われて中原に取り残された大勢の女真がモンゴル人と漢人双方からの攻撃を受けて大半が死滅し、中原から女真の集団は消滅した。
一方、故地に残って集団を保っていた女真は、モンゴル、元に服属することになった。
元代の女真は満洲から朝鮮半島北部にかけて居住して元の支配を受けており、元の日本侵攻(元寇)にも女真兵が加わっている。
元の滅亡後、女真はモンゴルから離れ、小集団ごとに明に服属した。
また、朝鮮半島では高麗に変わって登場した李氏朝鮮が世宗の時代に朝鮮半島北部の女真居住地域を征伐し、平安道、咸鏡道に組み込まれ、半島北部からは女真人の姿は失われていった。15世紀から16世紀にかけて、満洲最南部の朝鮮に接する鴨緑江や豆満江流域の女真人たちは、たびたび李氏朝鮮に反撃を仕掛け、豆満江南岸地域の争奪を繰り返した。
明は女真を部族ごとに衛所制によって編成し、部族長に官職と朝貢の権利を与えて間接統治を行った。
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エヴェンキ族
エペンギ人は 物凄く獰猛な蛮族です。エベンキ人はトナカイに乗った狩猟民族です。トナカイの乳を飲み、トナカイを殺して食べて皮を剥いでいた民族です。
そして、エベンキ人は衛生観念が全く無いのです。
貞操観念も無く、獣(けだもの)と言われている民族です。
シベリア原住民の遺伝子と韓国人の遺伝子型を分析した結果、約70%が典型的なモンゴロイドの遺伝型を見せ、父系を知らせてくれるY染色体の場合、シベリア原住民は主にO型、南アジア原住民はC・D型です。
韓国人はO型とC・D型が混ざっているといいます。
ソウル大医大イ・ホンギュ教授は「韓国人は北方モンゴロイドのエベンキ族と南方原住民の血が混ざって形成された民族」と主張しました。
埼玉県日高市武蔵台一丁目にある西武鉄道池袋線の高麗駅(こまえき)には、『天下大将軍・地下女将軍』と書かれたトーテムポールが建っています。
要するに高麗 若光(こまの じゃっこう)が来たところですから、『天下大将軍・地下女将軍』というトーテムポールが並んでいるのです。
今でもそのトーテムポールは高麗駅にあります。
トーテムポールは、エベンキ人のものなのです。エベンキ人はたくさんトーテムポールを造り、木の上にも鳥のトーテムポールを作るのです。
韓国人も同じ風習があるのです。
韓国人は、ひどく世界最悪の衛生観念がない民族です。
このエベンキ族と韓国人はそっくりなのです。
1906年に「最近朝鮮事情朝鮮の人々(上)(中)(下)」という本があるのですが、韓国人の生活習慣が書いてあるのですが、凄い事が書かれています。
・衛生観念は全く無く、獣に近い
・勤勉とか責務という観念は無く、雨が降ったらそこらじゅう水だらけになるので仕事をしないで呆然としている。雨が降ると動かないので雨具が無い。日本の傘を入手すると嬉しそうに周囲に自慢している。 ようするに、治水という概念が無い。
・雨が降って水が濁っても、ろ過して使うという事をしないで濁ったまま水を使う。とにかく衛生観念が無く、伝染病がはびこっている。
・濁っている水だろうが、小便や糞が混ざっている水でも平気で飲む。とにかく不潔で、味噌と糞も朝鮮人にとっては一緒だ。
・壁は馬糞を混ぜる。壁が固くなるそうだ。
・驚くべき事に小便で顔を洗う。肌のきめが細かくなるそうだ。
・肺結核や解熱として小便を飲む・いよいよ病気が酷くなると、大便を食べる。
・穴で暮らしているから夏は暑く、家の外で寝るが、顔の近くを大便や小便が流れているが、 朝鮮人にとっては臭くないらしく、平気で寝る。
小便壷が家の中にあり、客がいても平気で小便をする。また、痰を吐くときは口の近くに壷を持ってくる。
・雨が降るとこれらの不潔物と雨水が一緒になりすねの上まで浸かり、家の中の物が水に浸るが、 洗うという事はしないでそのまま使っている。
・婦人が洗濯をしているので見てみると小便水と見分けの付かない黒い水に洗濯物を揉んだり打ったりしている
これらの特徴が中国の史書にみられる穢族(わいぞく)の記述に一致するところが多いので、穢族説が見受けられるようになってきているようです。
エベンキ人は、広場の真ん中にトイレがあり、その周りで寝起きしたのです。彼らは川の水は泥水しかみたことがないので、泥水を平気で飲んでしまうのです。
エベンキ人=穢族(わいぞく)と、女真族という最低の馬賊がいるのですが、この民族が現在の韓国人のルーツです。
現代の韓国人は古代、日本とつながりのあった高句麗・百済を滅ぼしたエベンキ人であり、日本人と韓国人はまったく違う別の民族なのです。
現在、在日朝鮮人が日本人に成りすますように、エベンキ人は高句麗人に成りすまして内部から侵入し、唐と組んで内側から国を滅ぼしてしまったのです。
本当の高句麗の民族は、日本に逃れて埼玉県に土着したのです。
その後エベンキ人は、高句麗を真似て「高麗」と国を作り、高句麗の子孫になりすましたのです。
ですから、もともと韓国にいた民族はもういないのです。
一説によると新羅という国をエベンキ人が滅ぼして「我々は新羅人だ」とも言ったのです。
韓国外国語大学ロシア語科のカン・トクス教授が朝鮮人のルーツの研究をしました。
http://blog.m.livedoor.jp/sugerless1222/article/51784557
7世紀ころ百済・新羅・高句麗の三国時代は終焉し
7世紀:唐の隷属国
13世紀:モンゴルの属国
13世紀:エベンキ族の侵入により旧朝鮮民族消滅
1392年:李氏朝鮮時代が始まる
14世紀:明の隷属国
17世紀:清の隷属国
20世紀:日本が莫大な資本と人材の投与で近代化を進める。(済州島出身の金満哲氏)
つまり13世紀ころ、エベンキ族が「背乗り」したところで、
エベンキ族が多くの朝鮮人を追放したか、混血した地域とされ、顔立ちなどの容姿、言語、トーテムポールなどの風習等々が酷似していると研究者が発表したもの。
これは現在、イスラエルで白人の偽ユダヤ人(ハザール人)が、本物のアラブ系のユダヤ人を迫害していることと酷似している。
今の日本も、よほどシッカリしないとこのような人達に「背乗り」される虞がある。
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本当の高句麗の王族は古代、エベンキ・ワイ族から逃れ、日本に数千人が渡来、土着した。その後エベンキ・ワイ族は高句麗を真似て「高麗」と国を作り、高句麗の子孫になりすました。
今の在日朝鮮人が俺たちこそ日本人だというようなものだ。
これは異端の説ではない。
研究者なら当たり前の事実である。
実際、中国は、高句麗は今の韓国人と無関係だと歴史論争を繰り広げているし 、言語学者も高句麗語は韓国語とまったく似ておらず、日本語との音韻の類似を指摘している。
大学ロシア語科のカン・トクス教授が朝鮮人のルーツの研究をしました。それで、結論は、「エベンキ人が朝鮮人にそっくりだ」ということを言いだして、言語学的な研究を行っています。
カン・トクス教授はサハ共和国南北辺境に住んでいるエベンキ人たちが使うエベンキ(ツングース)語は数字や一家親戚を称する単語が韓国語と非常に似ていると話しました。韓国人のルーツはエベンキ人ではないかと主張しています。
言語学的に研究して今まだに分からないと言われている朝鮮語が「アリラン」という言葉です。「アリラン」という歌がありますが、これはエベンキ人の歌なのです。近隣の少数民族であるエベンキ族は現在まで「アリラン」と「スリラン」という単語を使っています。韓国でもっとも有名な民謡である「アリラン」の歌詞の「アリラン」は「迎える」、「スリラン」は「感じて知る」という意味なのです。
韓国人のルーツは、高麗人でも百済人でもなく 別民族のエベンキ(エヴェンキ)族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%AD
http://en.wikipedia.org/wiki/Evenks
朝鮮から日本にやってきて無国籍のままで日本にいると、日本人を山の中へ連れていき殺してしまうのです。
その殺した本人になりすますことを、“背乗り”というのです。
例えば、池田という人間を殺して、自分が池田になってしまうのです。
政界では小沢一郎が“背乗り”だと言われています。在日朝鮮人が日本で生活するには、在日朝鮮人として生活をします。或は日本籍を取得して日本籍・朝鮮人になるのです。それ以外は日本人をぶっ殺して戸籍を乗っ取ってしまうのが、“背乗り”です。
ところが朝鮮人は昔から“背乗り”が大好きな民族です。これが得意技です。今の韓国人は背乗りであり、エベンキ人です。エベンキ人が韓国を乗っ取って「我々は朝鮮人だ」と言ったのです。朝鮮人をぶっ殺して朝鮮人になっていったのです。これが“背乗り”です。これが一番わかりにくいのです。
日本では、指紋をとった時代があったのです。1908年、日本の行刑制度に指紋法が導入されました。
すると「私は山田太郎です」と言っても指紋が違えば、「貴方は山田太郎さんではありません」とわかるのです。今は、指紋制度はやめてしまったので簡単“背乗り”ができてしまいます。これでは困るのです。“背乗り”の朝鮮人が、政界にも大勢いるらしいのです。
戦後、日本にいた朝鮮進駐軍は闇市をつくったのです。東京大空襲で東京では20万人も死んでいるのです。横浜を入れれば30万人以上が死んでいます。その時に駅前の一等地は焦土となってしまったのですから誰の土地かわかりません。区役所に残っている戸籍もありましたが、その土地をもっている小父さんも小母さんも死んでいるのです。土地は誰のものかわからないのです。そこに闇市を造った朝鮮人が土地も乗っ取ったのです。
そこに「ここは俺の土地だ」という日本人が出てくると殺して、日本人に“背乗り”した朝鮮人もずいぶんいるのです。これも“背乗り”の対象です。
韓国から来て「日本に帰化しました」というのが帰化人です。日本人を殺して戸籍を乗っ取ることを“背乗り”と言うのです。“背乗り”がなんと多いことでしょう。これは、朝鮮人の得意技です。これを日本人は心得ておいたほうがよいと思います。
日本籍・朝鮮人の白 眞勲はずうずうしい野郎です。国会で「俺は韓国人だ!」と堂々と威張っているらしいのです。「俺は日本籍をもった韓国人だよ。俺は母国のために働くのだよ」と言うのです。
「白 眞勲、いい加減にしろ!」と声を大にして言わなければいけません。 日本に来て「日本籍をもった韓国人だ!」などと言っている奴は国籍を取り消すのです。日本人の心をもって日本人にならないで、日本に盗みにきたのでしょうか。
このことを考えると、このようなことが行われるのです。一人5億円出せば、政治家ができます。すると、500億円出せば100人の政治家ができるのです。日本を乗っ取ろうと思って狙いをつけたならば、パチンコ業界なら500億円くらいすぐに用意できます。
わずかなお金で日本を乗っ取れるのです。それをどんどんやられたらどうするのでしょう。日本籍をもって国会議員になって、堂々と国家の中で「私は日本籍をもった韓国人です」こんな主張を国会の中で100人も言い出したら国が乗っ取られてしまいます。事実、白眞勲がそのように言っているのです。そのような団体が日韓議員連盟です。
日韓議員連盟とは、「韓国人の法的地位を高めるための団体」です。はっきりと目的にそう書いてあるのです。日韓議員連盟は、100人以上います。自民党も民主党も同じことを言っているのです。日本人でありながら、「外国人に参政権を与えろ!」と言っているのです。
外国人に参政権を与えて日本が得することがあるのでしょうか。何もないのです。それを「与えるべきだ!」と言っているのです。
日本の政治は韓国の方向を向いているのです。もっと本質を言うと「日本人になんかなるものか! 韓国の方が文化が進んでいるのだ。日本は韓国から学んだのだよ。仏教も儒教もあらゆるものを韓国から学んでおいて偉そうなことを言うのではない。韓国人から見れば日本はずっと下の角格付けなのだ。だから日本人になんかならないのだ。籍は日本籍をとってやったよ。俺は韓国人だぞ!」という考えです。
こんなことを言わせていいのでしょうか。こんなことを言われたら国籍を取り消さなければいけません。それがなんだか情けなくなってしまい、韓国人と言えば日本人が「ハッハー」と言い、韓国人は貴族のようになってしまったのです。大馬鹿野郎です。
話は違いますが統一教会では日本人の幹部に韓国語を勉強させているのです。「韓国は神の国で、日本は悪魔の国だ。だから韓国語を勉強しなければいけない。みんなわかったか!」と言うと、日本人が「ネッ!」と返事をするのです。「ネッ」とは韓国語です。
そのようになってしまったのです。自民党の統一教会がらみの議員は、みなこのように思っているのです。「韓国のほうが上だ」、小沢一郎もそのように言ったのです。「韓国人の方が優れている。君たちの優れた血を日本に入れないといけない」などと韓国の大学で馬鹿な発言をしたのです。
小沢一郎の頭の中は騎馬民族制服説です。朝鮮人が日本に攻めてきて、馬に乗って日本列島を占領して国を造ったのが天皇なのだ。騎馬民族の末裔が天皇なのだ」このように言ったのです。
そのような論説はDNAの証明により、すべてひっくり返っています。そんなことは全くなかったのです。事実は反対だったのです。朝鮮は日本が造ったのです。そこにエベンキ人が“背乗り”をして「俺たちは朝鮮人だ!」と言ったのです。
http://matome.naver.jp/odai/2134844480602699501?guid=on ←引用終わ