引用開始→ 車いす利用者の要望は「正当な主張」か「不当なクレーム」か…イオンシネマの「謝罪騒動」で見過ごされた重大論点
(2024年03月23日 10時15分PRESIDENT Online)
車いす利用者の要望は「正当な主張」か「不当なクレーム」か…イオンシネマの「謝罪騒動」で見過ごされた重大論点
車いすユーザーの女性が映画館を利用した際、車いすを担ぎ上げる必要がある席での利用を断られたことをSNSに投稿し、議論を呼んでいる。桜美林大学の西山守准教授は「トラブルが起きるたびに障害者への対応のあり方や、障害者側の態度に対する賛否がSNS上で巻き起こる。だが、重要な視点が抜け落ちているのではないか」という――。
■イオンシネマでの車いす客への対応を巡るトラブル
近年、障害者への対応に関するトラブルをメディアやSNSで目にする機会が増えているが、先週、また議論を呼ぶような出来事が起こった。
車いすインフルエンサーの中嶋涼子さんが、都内の映画館「イオンシネマ」で映画を鑑賞した際に、スタッフから他の劇場に行くことを勧められたことをX上に投稿し、映画館の運営会社イオンエンターテイメント社が「弊社従業員による不適切な対応に関するお詫び」とする謝罪文書を発表した。
この一連の騒動に対して、ネット上では賛否両論が入り交じる議論が巻き起こった。
映画館側を擁護する主要な意見としては「通常業務以上の対応をする必要はない」「障害者だからといって、過剰な要求をすべきではない」というものが見られた。
一方で、中嶋さん側を擁護する意見としては「映画館側の対応が不適切だ」とする声や、障害者の日頃の不便さや苦労を思いやる声、支援の強化を求める声などが目立った。
■正当な主張か、不当なクレームか
筆者は企業のリスク対応や炎上対策に携わってきた経験から、「トラブルは当事者間で解決するのが基本で、SNSや動画共有サイトで発信することは好ましくない」とする立場を基本的に取っている。
しかし、障害者のインフルエンサーの中には「積極的に自身の体験を発信することで、世の中を変えていきたい」と考えている人もいる。第三者からすると、その行動が正当な主張と見えることもあれば、不当なクレームに映ることもある。それによって、論争が巻き起こっていく。
障害者をめぐる“炎上事件”は断続的に起こっている。そして、炎上が起きるたびに障害者への対応のあり方や、障害者側の態度に対する議論が巻き起こる。今回のようなケースを議論する際は、「どちらが良い/悪い」といったことでなく、その背景にある人々の意識のあり方や社会制度の問題も併せて考え、双方が納得できるような解決方法を探っていくことが重要だ。
■障害者をめぐる議論が噴出する背景
近年起こっている、障害者に関する主な出来事を下記にリスト化してみた。本表の事例を追っていくと、今回のトラブルの背景にある、障害者を巡る日本社会の意識や制度の変化が見えてくる。
2021年4月 車いすのコラムニスト、伊是名夏子さんがJR東日本の無人駅で下車しようとして駅員から乗車拒否をされたことをブログに投稿し、物議を醸す
2021年7月 ミュージシャンの小山田圭吾さんが、学生時代に障害者いじめを行っていたことが問題視され、東京五輪の開会式の作曲担当を辞任
2022年5月 プロゲーマーのSaRaさんがゲームの生配信中に障害者への差別発言を行い、批判を浴びる
2023年1月 障害者手帳を持つ人物がTwitterに、“介助者”として施設に同行することで割引を受けられるサービスを開始すると投稿して批判を浴びる
2023年3月 車いすギャルのさしみちゃんがエレベーターで割り込みされた動画をアップして批判を浴びる
2023年4月 広島マツダの従業員が障害者の真似動画をTikTokに投稿して炎上
2023年8月 重度障害の作家・市川沙央さんが重度障害者を描いた小説『ハンチバック』で芥川賞を受賞
2024年1月 知的障害者専用のグループホームが、近隣住民の反対によって、横浜金沢区での開設を断念
2024年3月 車いすインフルエンサーの中嶋涼子さんが、イオンシネマの対応をSNSに投稿し、イオンシネマ側は謝罪文を公表
炎上したり、議論が巻き起こったりしている事例は、大きく2つに分類される。
1.健常者の障害者に対する態度や発言が問題視されたもの
2.障害者の行動が問題視されたもの
2023年以降、問題が起きる頻度が増えているように見える。外出が制限されているコロナ禍においては、問題自体が起きづらかったし、顕在化しづらかったという事情がある。
コロナの問題だけでなく、障害者自身の発言機会が増えたり、障害者のインフルエンサーが注目を集めたりするようになったという変化も大きいように思える。その影響で、2のケースが目立つようになってきた。なお、今回のイオンシネマの事例は、1、2の両方に関わっているが、こうしたケースは他にも見られる。
社会通念や社会制度が急速に変化しつつある一方で、その変化に違和感を覚えている人、変化を受容しづらい人も少なからずいるのが現状だ。そのギャップが、障害者をめぐる紛争や議論が起こりやすい環境をつくり出していると言える。
■“社会的弱者”が情報発信することの意義
「ダイバーシティ」「インクルージョン(あるいはインクルーシブ)」という言葉を耳にすることが増えた。これらは「多様な人々を認め合い、尊重し合うべきだ」「すべての人が排除されることなく、共存できる社会をつくるべきだ」という意味だが、こうした理念が社会的に浸透しつつある。
これを「大義名分」としてこの理念を受け入れたとしても、現実の社会でどこまで実現できるのか、実現すべきなのか、といった点では課題が残されているし、人によって見解も異なっているのが実情だ。
ジェンダーや人種の問題についても同様の議論が巻き起こっているが、障害者に関する問題は、人的負担、費用的な負担の問題が横たわっているため、議論が過熱化しやすい傾向がある。
「弱者は弱者らしく振る舞うべきだ」という潜在的な意識も人々の中に根強く残されてしまっており、彼らが声高に自分の権利を主張することに対して、拒絶感を示す人も少なからずいるのが現状だ。
そうした状況もあって、社会的弱者の支援に関して「(お金や労力をかけて)支援してやっているのだから、おとなしくしているべきだ」という意識が生み出されてしまう。
■車いすユーザーが自力でタラップを上った「バニラ・エア事件」
今回のイオンシネマの問題と類似した参考になりそうな事例として、2017年にLCCのバニラ・エアで起きた搭乗拒否事件がある。本件では、航空会社と搭乗者の両者へ激しいバッシングが起き、論争も巻き起こったが、議論の大半は本質からずれたものだった。
この事例を振り返ることで、今回の問題の示唆となる点を抽出してみたい。
車いすユーザーの木島英登さん(2022年にくも膜下出血で死去)が奄美大島から関西空港へ向かうバニラ・エアの航空機に搭乗しようとしたところ、車いすを担ぎ上げてタラップの階段を上ることを危険視した空港職員に搭乗を制止された。木島さんはタラップを自力で這って搭乗した。
後日、木島さんはこの経緯をブログに投稿。朝日新聞が「車いすの人に階段タラップ自力で上らせる バニラ・エア奄美空港」という見出しで報道した。
バニラ・エアは対応に問題があったことを認めて謝罪した。当初は航空会社側に批判が集中していたが、木島さんが航空会社に事前連絡をしていなかったことや、他所でも同様のトラブルを起こしていた件が次第に明るみになると、非難の矛先は木島さん側にも向かった。木島さんは「クレーマー」「プロ障害者」と言われ、激しい批判を浴びる結果となった。
■物言う障害者はクレーマーなのか
筆者は生前の木島さんとは面識があった。筆者が知る限り、木島さんはクレーマーなどではなかった。障害を持つ人たちが生活しやすい環境をつくるために、主張すべきところは主張するという「物言う障害者」であったというのが事実だ。
木島さんは、本事件が起きる前に「障害者が自力でできるのに、サポート体制が整っていないという理由でサービスが受けられないことがあるが、これはおかしい」と言っていた。
バニラ・エアの件にしても、木島さんは自力で搭乗できたにもかかわらず、「自分で歩けない人は搭乗できない」として頭ごなしに拒否されたことを疑問視し、あのような行動を取ったと考えられる(木島さんのブログでもそのように書いている)。
筆者が把握している限りでは、このことについて正しく論じていたのは、作家の乙武洋匡さんと元客室乗務員で健康社会学者の河合薫さんくらいで、大半の批判や議論は、木島さんの行動の背景にある意図が踏まえられていない、論点がずれたものだったように思える。
■大切なのは障害者への理解を深めること
障害を持つ人たちをひとくくりにして扱うことはできないし、「(彼らの)要求はすべて受け入れるべきだ」ということもない。しかしながら、障害者の人たちが、どこで不便や不具合を感じているのか? それに対して、どのような対応や支援を行うのが適切なのか? といったことは非常に見えづらく、それを理解しようと努めることは重要なことだ。
なお、筆者が所属する大学の車いすユーザーの学生に、今回の件についてどう思うか聞いてみたところ、「いまの状況では、映画館の対応はやむを得ないと思う。一方で、これまでは対応してくれたのに……という(利用者側の)気持ちも理解できる。ルールを明確にしておいていただければ、(車いすユーザーとしても)利用しやすい」とのことだった。
■設備や制度以上にコミュニケーションが重要
今回の件についても、よく事情を知らない第三者が、短絡的に「どちらが悪い」といった批判を行うことは好ましくないが、ひとつ言えることは、設備の充実や制度設計だけでなく、コミュニケーションが重要になるということだ。すべての設備をバリアフリーにしたり、いつでも対応できる人員をそろえたりするには、多大な負担が強いられてしまう。
バニラ・エアの事例では、搭乗者が事前に連絡しなかったことが批判の種となった。たしかに、事前に連絡が入っていれば、航空会社側も対応策を講じる余裕はできたかもしれない。一方で、事前に連絡していれば、その時点で搭乗拒否をされてしまっていた可能性もあった。
バニラ・エアの件にしても、今回のイオンシネマの件にしても、企業側が「原則として受け入れる」という態度を示して、利用者側が事前に連絡して対応策を講じてもらうということで解決できたはずだ。
2024年4月に「障害者差別解消法」が改正され、これまで努力義務とされていた障害者への合理的配慮が義務化される。こうした制度の変化を見越して、このような件については、ただ批判をするのではなく、問題の本質がどこにあって、どのような支援のあり方や制度づくりが望ましいのかを考えるきっかけとすべきであると思う。←引用終わり
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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。
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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)