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2024/06/24

6月23日 沖縄は79回目の「慰霊の日」を迎え、様々な思いが重なり過ぎ往き・・・

沖縄戦で旧日本軍が全滅し、
多数の沖縄県民が尊い犠牲になり、想像を絶する苦しみに耐えた90日余りの日々。


沖縄戦こそ、全く無責任で無益でただただ、32軍と沖縄県民に、
勝算のない犠牲を強いただけの、当時の「軍国日本」を鼓舞するだけで、殆ど冷静な思考能力を保持しなかった呆気の陸軍が、指図し差配する「大本営参謀本部」の無能を現す他に言葉のない戦いでした。


その激しく悲惨な地上戦が終わった日、1945年6月23日。
あれから79年の歳月が無情にも流れ去り、刹那は今も変わらず。
賑々しい明日の慰霊の日を避け1日前の今日(6/22)、数多の霊に頭を垂れ心からの誠を静かに捧げました。


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南風吹かば 摩文仁の丘に 波の音が
(はえふかば まぶにのおかに なみのねが)


那覇で首里の丘から浦添(元の沖縄西飛行場、いまUSのキャンプ・キンサー)の方向を眺望する。

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旧・日本軍は、中部の読谷(ヨミタン)に沖縄北飛行場、嘉手納(カデナ)に沖縄中飛行場、浦添(ウラソエ)に沖縄西飛行場、那覇(ナハ)に小禄(オロク)飛行場=現在の那覇空港を構え、首里に海軍の司令部を設けたが、3月末に艦砲射撃が始まり、4月初めに上陸が始まると、
32軍は、なす術もなく北と中飛行場を放棄し、南部へ転戦し撤収した。


制海権も、制空権も失った状態で、飛行場を設けても、何をどう組立て、どう戦おうと言うのか?
戦略の展望もないまま、本土防衛の捨て石にしただけで、その本土防衛戦も制海権と制空権を喪った状態で、為す術もなく敗戦したのだから、本当に救いようがない。


沖縄本島での地上戦としての組織戦は、1ヵ月も保たず、個々に個別のゲリラ戦へ転じ、
補給もないまま、強制避難させた避難民を捨て置き去りにしながら、摩文仁まで追い詰められ玉砕し果てた。


実際には、7月初旬まで散発的な抵抗をしたようでも、組織的な戦いは6月23日に終わり、沖縄は27年もの間「米軍」に占領された。
その間に、海兵隊の普天間が建設され、嘉手納と浦添を合わせ極東最大の米軍基地を形成しているワケで。


32軍の牛島司令官の打電は、
「沖縄県民は、能く戦えり、格別の名誉また措置が講じられる事、配慮を期待します」は
全く考慮されず打捨てられた。


1972年5月15日に日本が施政権を回復した後も、
未だ顧みる事なく都合良く打ち棄て、カネ儲けだけに忙しく、困難な事象は棚上げしたままで、大きな負担を要しない造形物にはチカラを注ぎ、本質には手を付けぬまま虚しく半世紀以上が過ぎ去った。


間違えちゃイケナイ! 戦略、政策、戦術、作戦、用兵、戦技、補給!
改めて、戦略と戦術また作戦は、
カテゴリーが違う事を指摘しておきます。

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先ず、
 ① 「戦略」があり、その下で「政策」が展開され。

 ② そのために、各段階毎に「戦術」が幾つも用意され、
   最も適した「兵站補給」を含む「戦術」を用い、周到に準備する。

 ③ 「作戦」は、戦術に基づき展開されるのが基本で、
   「用兵」は、個々の目標を獲得し達成する上で、
   最も効果的な方法を採る事が最良だ。
  *戦技能力は低いより高い方が望ましいのは当然だ。

先ず、何よりも、国家としての戦略の誤謬や錯誤を省みず、
個々の用兵やその戦技力や戦闘精神力を過度に鼓舞し、
個人の技量に頼る事が著しい組織は保たないのです。


それを見誤ると、再び国家としての破滅が待ち受けるのは当然だ。


最近、事実を押さえぬままに、改めて勇ましい精神論や懐古趣味の暴論が目立ち、無知で喧しいのが気に懸かるとの結論になりました。


その懸念を、「WWⅡの教訓を冷静に考える研究会」で、
各防協の志を同じくする皆様と、改めて大切な地で「外交と防衛」の一体性、重要性についての認識を共有する事ができました。

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