« 30年前も、今も「業界を握る小ボスどもは、自らが描く狭い世界に浸り、変化の大波を感じず、それを指摘する側を罵倒」するが、必ず斃され踏み付けられ | トップページ | 次々に開発される全国各地のNT(ニュータウン)は、都心と結ぶ鉄道輸送力の利便性と経済性に左右され、長期ローンを終える頃には「姥捨て山」になる »

2024/06/08

国(政府)がカネ撒きや減税すると、後に「増税」が待つ。無駄な政府(政策)支出を増やすと「増税」が待つ。国のカネを差配する「財務省」は減税でイヤミを

誰もが、ナンとなく包まれる「不満や不信」は、
毎日の暮らしの何処かに「不公正」の臭いが漂い、
何か大きな損を強いられていると感じ、声を上げないまま忸怩たる日を過ごす。
(長文ですが、ご一読いただければと)

161

そんな時に、躰を張ってハッキリと口に出し、
原因と考えられる「姿」を見えるように指摘し、
その解消を掲げる人物が現れると、彷徨える羊たちは「不満の形」に気付き目が覚め、
ハッキリと「姿」を現した「不満や不信」を解消すべく「打倒」しようと行動を興す。


それは微かな希望であり、僅かな望みであり、ボンヤリした未来でもあった。
それはチカラを必要とする側から、意図的に囁かれ、巧妙に刷り込まれる事で、結果は利用されたとも言えるワケでも。


最初は1960年をピークに、次は1970年をピークに、燃え上がりもしたが、燎原を焼き尽くす炎には至らなかった。
その後、静かな囁きの反動が全体を覆い尽くし、


「質の高い生活を目指し求めるなら、社会全体の『生産性』を高め、大きく上昇させない限り、それを持続する事は不可能」だと気づき、
いきなり殆どのエネルギーを、社会経済の構造を換える高度化に走り、中・上層部の構造は、それを成し得た。


しかしながら、根源的な「基盤」に当たる中・下層部は取り残され、上部構造が組織する裾野形成を強いられ、ヒエラルキーに組み敷かれ搾られるままに喘いでいる。


超広大無辺で巧妙なサプライチェーン網は、
地域や国境を越え組み立てられ、果たして自らのポジションの本質的な有効性すら確認できない状況にある。


そして1970年代の後半に形成された産業の傘下囲い込みは、
日本国内では1980年代に強化され完成され、1990年代からは海外へも広がり拡大し強く固められ、製品や部品は国際価格に転じ、労働価格(工賃)も国際価格が求められ抑えられるようになった。
国内に残った傘下のサプライチェーンは、悪戦苦闘しながらも卓越した技術で維持しているが、人が続かず今では「外国人労働力」に製造も設計も依拠しているのが現実で。


海外への直接投資で「生産拠点」を海外移転させた事業社は、国内に現場の作業労働者を置き去りにした事により、甚大な「失業者」を発生させた。
(日本では大阪が、その典型で、米国ではシカゴが、デトロイトが)


すると、失業給付や生活保護で、何気なく「行政職との不公平感を感じ、特に現業職員の厚遇ぶりをヤリ玉に上げ」不平・不満の吐け口としたもあり、その社会的不合理をメディアが主導し、社会全体が相互に批判し非難し合う事になり、弁明しない行政機関に対する爆発として現れた。


行政の動きの鈍さ、行政制度の無駄、行政の資金効率の無駄を、激しく追及する者が現れ、その煽り弁舌の巧みさに単純な大阪の府民も市民も拍手喝采し、支持で応えた事により「大阪維新」は社会的な政治テーマでの仕事を得た。


それから約15年が経過したワケですが、
大阪は、大阪維新が変えた様々な制度改革により、いよいよ「不振」に落ち込んでいると言えます。
最も象徴的な事は「教育の荒廃」であり、静かに進む「社会の荒廃」であり、一向に進まない「財政の健全化」です。


最も象徴的な事は[関西万博」の準備進捗状況で「大笑い」です。
呆気の「維新」が「威信」をかけ主導したものの、形成し構成された人員の陣容が余りにもお粗末で悪すぎ、現在の為体を生み、茶番を嗤う事で「維新」への不信に繋がっていると言えます。


これへの不満や不信も、静かに澱のように沈みながら、それぞれの思いが表面化する事もなく、建前は「平和」な日々が続いていますが、危機は財政も含め抑えようもないほど深刻な状況にあります。
それは「日本」が抱え直面している「国家存亡の危機」なのですが。


例えば、
国際通貨としてのユーロが金利を下げると、多少でも「円高」に動くと微かな期待をするのが、他者に依存する日本人の悪い習性で、根本的な「生産性」の低さに要因する「生産能力」の低下を、通貨の弱さを「外国為替」で反映しているのです。


その中で、凡そ30年の間「鳴かず飛ばず」で過ごし、
後半の15年は、政権を握った側が無秩序に「カネ」を競い合うように撒き続け、国の信用を貶め続けた結果なのです。


いわば「自業自得」なのですが、
2013年頃に、それを指摘すると「アホノモウジャ」どもが、
自身の無知を棚に上げ猛然と「罵詈雑言」を浴びせ続けました。


真の愛国者であるなら「国を愛す」は、
名実ともに、社会も人も生産力も「強い国」を建設しなければなりません。
一人ひとりが自覚し、国や社会に、なによりも家族に責任を持ち、
自らの立ち位置を確保し固める事が何よりでなのです。


そのエネルギーを喪い、
他者に他国に依存して空喜びで威張ってみても「詮無き事」に過ぎないのです。


大阪の改革は途上ではあるけれど、
まぁ、早いハナシが「橋下 徹」でなきゃ、あそこまでの労組を追い詰める事、
人権主張の荊領同盟傘下の現業職員を追い詰めと追い払い、彼らに懸かる分野のヤーコロどもの「貧困ビジネス」による喝上げに、ピリオドを打てなかっただろうねぇと。
その点だけでもOKだったとの意見もあり・・・


まぁ、相当(争闘)の血を流す覚悟で取り組まないと、まぁ、戦えませんワネェ!
その維新も、5万円以下はOKとするし、領収書の公開は10年後でとするし、何よりも外国人がパー券を買う事を規制しないし、
まぁ、どの顔でと馬場の顔を、日曜日に堺へ出向いて見詰めてやろうかと。


だから、イシンはフシンだと言われるワケで!?

|

« 30年前も、今も「業界を握る小ボスどもは、自らが描く狭い世界に浸り、変化の大波を感じず、それを指摘する側を罵倒」するが、必ず斃され踏み付けられ | トップページ | 次々に開発される全国各地のNT(ニュータウン)は、都心と結ぶ鉄道輸送力の利便性と経済性に左右され、長期ローンを終える頃には「姥捨て山」になる »