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2024/06/16

現在のT社は業務成績もよく市場では垂涎の経営だ これまでの過程ではナカナカのドラマというか根底での改革と抵抗勢力の徹底排除を必要とした

訪ね来た知人と大阪はナンバのホテルで会い、話を済ませた時に、
近づいてきた男から名前を確認され、どこかに何となく見覚えがあり、生半可に「はい。そうですが」と応えると・・・


懐かしそうに、
「私はT社におりましたWです。その頃はお世話になりました」と言う。
何となくボンヤリした事が徐々に姿を現し、確かな記憶が蘇ってきた。


「いやいや、此方こそ、お世話になりました」と応じたが、肚の底では「この野郎!」だった。
業務上の立場(看板と店頭の場)を利用し、いわば「優越的地位の強要を濫用」し続けていたのだった。


それは、その当時でも「不公正な強要」であり、明らかに「独禁法」に抵触する行為であった。


その当時T社は、それらの行為を、賛同者と脱法的な「握り合い」で封じ込め、相互に持ちつ持たれつの関係をピラミッド状に形成していた。
瞬間的に売上高は採れても利益は伴わず、月末や半期末になると帳尻合わせを互いに融通し合う関係を保っており、W氏は、その中でも切り込み隊長でもあった。


取引の透明性を高める事と、T社も一定のリスクを背負い自主的な「売上高と粗利益」の確保を狙い、部門毎に目標を立て抜本的な「業務改革」の断行を打ちだした。


これは長年の間に染みついた商慣習を大幅に見直す事になり、自主企画、自主編集、自主製造、自主販売、自主経営の思考を推進する事で、取引先(商品納入先)依存体質からの抜本的改革だった。


この流れに対し、巧妙に無視し反対(サボタージュ)で抵抗したのがW氏だった。
表面上は平身低頭で、その場を取り繕うが、裏面から聞こえてくる様子は、
「店頭の毎日の戦いも知らぬ側が、何をエラそうに!」と、毒を吐いていた。


ゆえに、具体的なプログラムが始まると「抵抗と反対は明らかに姿を現した」のだった。
データ化の分析と戦術活用が始まった時点で「鉛筆舐め舐め」は通用しないのだが、我流を押し通そうとした。


結局は、炙り出され配置転換という人事異動で第一線から消えた。
その実務面での後任は、部下のD係長(この人物は棲処が近隣で子供は同じ幼稚園)だった。


打って変わって業務は進めやすくなった。
その時に、D氏が言った言葉は忘れられない。
「W氏が移動になり、自分の10円禿げが治った」と言ったのだった。


今なら端的に、パワハラ、モラハラ、優越的地位の利用(強要)、タカリ行為で訴えられ「刑事事件」になる処だ。
そんな事が瞬時に生々しく蘇った。


場を変え、館内のバーへ誘い、簡単に旧交を温め合うフリをし取り繕った。

いま何をしているのか? → いまも現役で働いているそうだ。

自営業なのか? → 知り合いの事業所で老骨に鞭を打ち現役だと。

ナンの分野か? → ガードマン会社の営業(受注)業務。

自分(W氏)は「高卒」の身で、当時は田舎(郷里)で羨ましがられ入社し。

丁稚奉公でも華やかで、商売を一から覚え身に着けた。算盤は1級が誇りだった。

周りとの競争にも勝ち続け営業課長になった。

しかし商品が売れるかどうかは分からず、自信もなかった。
数字だけが全てだった。

だいたい、立てた月間予算と売買差益は計算できたが、見通しが狂う事もあった。
その時は、取引先に相身互いで「泣いて」貰った。

一度でも、その旨味に気付き嵌まると「次々に案」を考え、仕掛けるようになった。
結果的に、それが自分の首を絞めた。

アナタに言われ指摘され、無茶苦茶「反発」したけれど、その指摘は正しかった。

いま、80歳を超え、まだ働き続けないと生きられないほど、自分には財産も名誉も人望も技術もない事が分かった。

他人様の情けで生き(生かされ)ている事が、ようやく分かった。

ナンと、偶然にも「見た事がある人」と思い、懐かしさのまま声を掛けさせて貰いました。

ナンバは、自分の青春やし、誇りやったし、その染みついた栄華の幻想は捨てられんので。

仕事が上手い具合に行った時は、ここで暫く余韻に浸って帰りますので。

あの頃は、荒い事を言いましてスミマセンでした。お詫びします。


殊勝な事をシンミリと言うのを静かに聞いた。
それを機に、勘定を支払いバーを後にした。

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