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2024/11/26

「金融商品」にはリスクが付きもので、そのリスクを被る考えのない側に身を置くなら、安易に借入金をしてまで勝負に出る事は避けるべきだろうと考える

少し前のネタですが、無知の欲張りについて興味深い記述がありましたので。


投資話を斡旋してくる側は、基本的に「自身の安定した喰い扶持を求めている」のでして、
それを実現してくれるのが其奴にとり「上客」なのです。
簡単な話です。


嘗て、先代の銀行からの借り入れが過大で、返済に汲々としていた事業者がありました。
取り立てでは矢の催促で、資産売却などを平然と迫られ「万事休す」状態で、人を介し「救援依頼」を受けました。


経営状況と資金繰り状態を厳密に精査した処、まぁ健全とは言えないものの不健全という程でもなく、破綻懸念先には及ばない経営でした。
銀行が抱える、不良債権先を一律にカットし、営業成績を上げようと企む本部スタッフの意向と判明しました。


早速、
強硬に主張する銀行の本部スタッフを呼び出しミーティングをする事に。
銀行側の当該事業者に対する査定表を提出させ詳細に解説させました。


此方は、資金繰りが苦しい状態に陥る最大の理由が、
高率な「支払い金利」と「借入金返済」の多額さにあり、
しかも、その対象期間は一貫して「利息支払い」と「資金返済」を怠った事もなく「リスケ」要請をした事もないので、
何処の何がどう「破綻懸念先」に当たるのか、詳細に論理的に述べてみよと質問した。


もぞもぞ、モジャモジャ、小理屈にもならない言辞を繰り出したものの、
自行が長年にわたり金利を得てきた事実、また「貸し出し、借入れ」を相互に繰り返し多額の「利益」を獲得してきた点への言及がないため、
その「越年に渡る獲得利益の総額を示せ」と強く求め、法外とまでは言わないが借入要請者の足下を見るかのような高率利息を課した理由を述べよと迫ると、それはできないと断った。


この点を見逃さず、
「現在の発言は争った時点で重大な争点になる事を指摘しておく」とボイス・レコーダーを示す。


一気に、気力や気迫を削がれたのかトーンダウンし、
発言に勢いがなくなった。


そこで「経営を健全化」するために、
① 高率の借入利息の訂正低減
② 当面の期間(双方が合意できる)は「借入額の返済」と同等の「新規借入」を合意し双方同意の訂正した定率金利を適用する。
この2点を呑ませた文書を交わし、後日に正式な「金銭消費貸借合意契約書」を締結し交わす事で参会した。


これは決裂時に訴訟する事も含め「チカラワザ」だったとも言える。


その事実を忘れ、
当該の事業者は「借入金」を全て「返済」してしまった。
(ナンともバカな事をしたものだ)


コロナ禍で、資金に窮した際に、
件の銀行に「融資」を求めた処、既に実績がないと断られたのだった。


「金融商品」にかかる事は、
「利益」を提供する側に必要にして十分な「利益」を供与してくれる客が「上客」なのであり、
それをしない客は、いわば単なる客という通過者であり風景に過ぎないのだ。


ゆえに、相手が「自己資金」か「借入資金」かの別なく、
多くの利益を獲得できる案件を勧めるのも致し方ないし、自身の無知も考えずそれを受け入れ乗るのも自由な事だ。

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引用開始→「投資がうまくいくかどうかは運だが…」森永卓郎が指摘する、バブル崩壊で破産者になる人の共通点 (2024年11月16日 11時00分 集英社オンライン)

2023年に「資産所得倍増元年 - 貯蓄から投資へ」というスローガンが政府から発信された。税制優遇措置もあり、これまで投資に興味がなかった多くの人たちも投資を始めたが、経済アナリストの森永卓郎氏は多くの人が投資に夢中になる今の状況に警鐘を鳴らしている。

書籍『投資依存症』(三五館シンシャ)より一部を抜粋・再構成し、その危険性を説明する。

投資がうまくいくかどうかは運

投資信託を買うと、運用会社に毎年信託報酬を支払う。その料率は、比較的料率が低いインデックスファンド(S&P500とか日経平均など、すでに投資の分散先が確定しているファンド)でも、0.05%から1.7%程度だ。

一見、たいしたことがないように見えるかもしれないが、たとえば信託報酬が1.7%だと、10年間運用した場合は、投資金額の17%が運用会社の懐に入る勘定になる。

ちなみに運用会社が投資する銘柄を決めるアクティブファンドのなかには、信託報酬が2%を超えるものもある。ファンドマネージャーが、成長性の高い銘柄を選択することで、より高い利回りを実現するのだから報酬は高くて当然という触れ込みなのだが、アクティブファンドの運用成績がインデックスファンドの成績を上回っている証拠は存在しない。

私の元同僚であり、友人でもあった山崎元氏は、2024年1月に亡くなったが、生前私にこんな話をした。

「森永さん、運用という言葉は〝運を用いる〟と書きますよね。投資がうまくいくかどうかは運で決まるんです」

資産運用のプロ中のプロだった山崎氏でさえ、何に投資したら儲かるかはわからない。未来のことは、誰にも予測できないからだ。

それなのに、金融のプロは、さも自分たちには未来が見えるような顔をして、高い手数料を顧客から受け取る。しかも私がおかしいと思うのは、彼らは仕事が成功しても、失敗しても手数料を変えない。

たとえば、投資信託の基準価格が下落すれば、投資家は損失を被る。ところが、そうしたときにも、運用会社は既定の信託報酬を要求する。投資家は泣きっ面に蜂になるのだ。

私の苦情に配慮したわけではないと思うが、最近になって、成果報酬型の信託報酬を採用する投資信託が登場した。しかし、その投資信託の信託報酬の額は法外なほど高く、とても使いものにならない。金融業者というのは、それほど強欲な存在なのだ。

「借金で投機」は絶対に禁物

胴元の一人勝ちという意味では、有名なエピソードがある。

19世紀半ばにカリフォルニアでゴールドラッシュが起きた。全米から一攫千金を夢見た採掘者がカリフォルニアに集結した。彼らは、金脈を見つけて富豪になった者と金脈を見つけられずに破産した者に分かれたが、ゴールドラッシュのなかで確実に儲けた者がいた。採掘者たちにスコップを売りつけた業者だ。

金融業者が胴元として一人勝ちするという構造は、バブルの中で鮮明に浮かび上がる。それは、世界初のバブルである1630年代オランダのチューリップバブルのときにすでに始まっていた。

球根ひとつに数千万円の値が付き、富裕層から一般庶民にいたるまでが投機に熱中して、そしてバブル崩壊で軒並み破産者になった。

しかし、なぜ庶民がそんな高額投資に手を出すことができたのか。

当時、チューリップの球根は、現物の取引が中心だったが、途中から一部の高額球根には「所有権証明書」が発行されるようになり、球根そのものがまだ土中にあっても取引が可能になった。現代の言葉で言えば、セキュリタイゼーション(証券化)が行なわれたのだ。

そのことによって、チューリップの球根の所有権は分割できるようになったのだ。金融業者が発明したこの仕組みによって、庶民は高額球根投機の輪に加わることができた。それだけではない。金融業者は投機のための資金を融資して、バブルを煽ったのだ。

バブル崩壊で破産者になる人の多くに共通するのは「借金で投機をした」ということだ。自己資金だけで投機を繰り返したあとでバブルが崩壊しても、最悪自分の資産をすべて失うだけだが、借金で投機をするとそれだけでは済まない。

バブル崩壊時に資産は暴落するが、借金は一切減らないからだ。だから、「借金で投機」は絶対に禁物なのだ。

ただ、そんなことは投資の世界では常識中の常識だ。そこで胴元は、自動的に借金をさせる手段を考え付いた。それがレバレッジ(テコの原理)だ。

投資依存症 こうしてあなたはババを引く ←引用終わり

森永 卓郎

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